「長谷川は、負けたことに対し一切言い訳しません。ただ、ジムのために、母親のために、日本ボクシング界のために、勝ち続けなければいけなかった。しかもスリリングに。一度だけでいい。何も背負わずに戦わせてあげたい」

 しかし、そんな願いは骨折のため叶(かな)わず、神に問いかけることは許されなかった。

■自分の進む道は、自分で決めます

 今年1月、長谷川は練習を再開した。

「答えが出ないまま終われないですから。今度は必ずリングに立って確かめます」

 ただ、4月6日の試合は1年ぶりの試合となる。現役生活最長となるブランクに、不安や恐怖はないのか?

「まったくないです。怖いとも思わないし、試合勘が鈍っているわけでもない。それに、結果的に1年間休めたメリットのほうが精神的に大きいです。ブランクというよりリセットできた感覚です。ここ最近で一番強い自分を見せられます」

 あらためて聞きたかった。もう一度、世界王者を目指す気はないのか?

「今はないです。まず目の前の試合をすることだけ。その後のことは何も決めていません。『もう一度ベルトを目指す』と宣言しないボクサーの生き方に、自ら舞台から降りたと思う人もいるかもしれない。それでもいい。自分の進む道は、自分で決めます」

 いくつもの勝利と、いくつかの敗北を喫したからこそ、たどり着いた境地が長谷川にはある。

「世間はホンマに勝手なんです(笑)。俺のこと、力が衰えた、もう過去の人と思ってる人も多いと思います。次の試合、勝ったら勝ったで『強かったな』。負けたら『完全に終わったな』って、結果しか見ない人もいる。もちろん、結果は大事です。だけど、人生、それだけじゃ納得できないことがある。俺はボクシングが好きです。だから、自分のボクシング人生を満足して終わりたい。それだけです。自己満足に向かって進んでいく。その道は世間や誰かが判断することじゃない。自分がそれでいいと思ったらそれでいい。人の意見なんてクソ食らえです。それが、俺が勝ったり負けたりして感じたことです」

 ひとつ聞きたかったことがある。長谷川は2月のロードワーク中、乗用車とバイクの接触事故に遭遇し、負傷者を救助している。それは、長谷川がボクシングを続けたから救えた命があったことを意味するのではないか。つまり、「まだ戦い続けろ」という神様からのメッセージとは取れないだろうか?

「そんなこと全然ないです。俺以外にも、手を貸した人、ふたりおったし。俺がいなくても負傷した方を運べたでしょう。俺はなんもしなかったようなもんです。(消防署から)表彰されたのも抵抗ありました。進むべき道は自分で決めます。結局、自分が出した答えが正しい。そこに向かって進むだけです。自分のためにだけするボクシングがある。でも、それは誰かのための、俺にしか紡(つむ)げない物語になるはずだから」

■俺が歩んできた道を、この背中を見てほしい

 4月6日、長谷川の対戦相手は、18戦全勝10KOの戦績を持つWBCスペイン語圏フェザー級王者のフェリペ・カルロス・フェリックス。同日、WBC世界スーパーフェザー級王者の粟生隆寛(あおう・たかひろ)、同バンタム級王者の山中慎介は防衛戦を行なう。つまり、かつて“絶対王者”と呼ばれた男が、メインイベントとしてではなく前座としてリングに上がる。

 だが、「時代は巡っていくものだから」と長谷川は気にも留めない。そこには、今もオンリーワンである自負がある。

「誰々がニューチャンピオンになりました。それは、ボクシング界では大きなニュースです。でも、世間では『また増えたんや』程度の反応。西岡(利晃)さんがラスベガスで防衛した。井岡(一翔/かずと)は、次戦は統一戦ともいわれている。でも、世間的には、なんのこっちゃようわかってない。今、ボクシング界が盛り上がっているかといったら、盛り上がっていない。結局、ボクシングを取り巻く状況って、俺がチャンピオンだった頃から何も変わってないんです。ボクサーが、どれだけ汗を流し、どれだけのものをかけてリングに立つか伝わってない。世間の知名度でいったら、みんな亀田(興毅)は知ってるけど、『次は?』って聞かれれば、『誰かな?』って反応だと思います」