仕事と住まいを失い、上野公園にいたところを貧困ビジネス業者にだまされたミキオさん。「今は後悔しています。(施設を)出たくて、出たくて、何とか仕事を探しました」という(筆者撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

正社員として働き、親に仕送りもしていた

夕飯は塩コショウで炒めたモヤシと醤油をかけた豆腐半丁とご飯。「本当は卵かけご飯を食べたい。でも、卵、高くなりましたよね。あまり買わなくなりました。卵かけご飯、本当は好きなんですけど」とミキオさん(仮名、41歳)は話す。肉や魚を口にするのは1カ月に1度くらい。「最近、いつ食べたか? 年末だったかな。たしか豚汁を作ったときに食べたのが最後です」。

ミキオさんはいわゆる貧困ビジネスの被害者だ。今も生活保護を利用しながら、東京23区内にある元学生寮だったという施設で暮らす。生活保護の生活扶助費は毎月約7万6000円のはずだが、業者から手渡されるのはなぜか3万〜4万5000円。保護費が振り込まれる預金通帳を取り上げられているので、残りのお金がどうなっているのかはわからないという。

施設の定員は「4、50人くらい」で、入居者のほとんどは生活保護利用者。「タバコを吸う人は施設から直接渡されるんですが、その分は保護費から差し引かれます。だからなのか、中には月に1万円しか渡されない人もいますよ」。

これでは施設を出たくても、自分でアパートを借りるための初期費用を貯めることができない。また、家賃が生活保護の上限とほぼ同額の5万3000円に設定されているので、それを払い続けることができるだけの給与水準の仕事を探すのも簡単ではない。物価高に歯止めがかからない中、日々の食費を抑えることでやり繰りするしかない。

ミキオさんがこの貧困ビジネス業者と出合ったのは3年前の冬。寒空の下、東京の上野公園で時間をつぶしていたときのことだ。近寄ってきた中年男性から「住むところ、あるの? なかったらあるよ。生活保護も受けられるよ」と声をかけられた。

中学を卒業してからずっととび職として働いてきたミキオさん。このときは15年以上、正社員として働いてきた土木建築会社をクビになったばかりだった。

ミキオさんは「仕事は好きでしたよ。年収は400万円くらいで、親に仕送りもしてました。東京オリンピック関連の現場にかかわったこともあります」と誇らしそうに振り返る。

ただその会社は異常な長時間労働だった。「早朝から夜10時までということも珍しくなかったです。人が足りないと言われると、断れなくて。3カ月近く休みがなかったこともありました」とミキオさん。激務に加え、緊張を強いられる現場では人間関係はすさみがちだ。ささいなことで親方と言い争いになり、そのままクビを通告されたのだという。

不当解雇ではないか。私がそう指摘すると、ミキオさんは「でも、今度喧嘩をしたら解雇という約束だったので」と言葉少なに語る。

貧困ビジネスの被害者に

クビになった後は社員寮を追い出され、親戚宅に身を寄せていたが「なんとなく気まずくなって」家を飛び出した。すぐに所持金は尽き、ネットカフェなどで寝泊まりするのも厳しくなっていく。男に声をかけられたのは、ちょうどそんなタイミングだった。

男はミキオさんの不安に付け込むように「お風呂もあるよ。お酒も飲めるよ。家具も食料もあるよ」と畳みかけてきたという。

当時、生活保護という制度を知らなかったミキオさんは男に尋ねたが「教えるとみんな嫌がるから」とはぐらかされてしまう。男は翌日早朝の集合時刻と場所を伝えると、周囲にいた路上生活と思われる人たちにも声をかけ始めた。翌朝、集合場所にはミキオさんを含めた数人が現れた。

ミキオさんたちはワゴン車で東京郊外のマンションに連れていかれ、「待機部屋」と呼ばれる一室に収容される。1週間ほど雑魚寝状態が続き、その間、1日500円と袋めん2つが与えられたという。その後、今度は東京23区内の施設に入居させられ、その足で生活保護の申請に行くよう指示された。

役所には業者のスタッフが同行。スタッフは窓口で自らのことを「支援者です」と告げたという。「申請はすんなり通りました」とミキオさん。このとき担当のケースワーカー(CW)から説明され、初めて生活保護制度のことを知ったという。

「元気な自分がどうして? って感じました。安心したというよりは、悪いなと思いました」

ただこのときは、早く自立すればいいとも考えた。しかし、一度陥った“蟻地獄”のような仕組みから逃れるのは想像以上に難しかった。この施設で3年間も暮らすことになるとは、ミキオさん自身も思っていなかったという。


一時は正社員として安定した収入を得ていたミキオさん。長時間労働や不当解雇のすえ住まいを失ったところに、貧困ビジネス業者に付け込まれた(筆者撮影)

施設を出ようと思っても出られない

ミキオさんが遭遇した業者の運営母体は株式会社。最初に驚いたのは、スタッフからマイナンバーカードと、生活保護費を振り込むための預金通帳を新たに作り、施設に預けるよう指示されたことだ。毎月保護費から家賃を差し引いた生活費を渡すのが会社のルールだと説明された。カードや通帳を預けることについての同意書は書いていないという。

預けるのは不安だと訴えると、マイナンバーカードは取り返すことができたが、通帳は「なくしてしまう人もいる」という理由で返却を拒まれた。通帳についてはその後も何度か交渉したが、そのたびに「会社が決めたルール」「従えないなら今日中に出ていってもらう」と脅し文句のようなことまで言われ、諦めるしかなかったという。

そして入居から1週間ほどが過ぎると、スタッフから施設の清掃の仕事をやらないかと声をかけられる。以来週1回、早朝5時から12時まで。シャワー室などの共用スペースも1人で掃除するので、かなりの重労働だ。賃金は日当5000円。

5〜12時の7時間労働で日当5000円? 時給に換算すると714円である。東京都の最低賃金1113円を400円近く下回る。私がそう指摘すると、ミキオさんは最低賃金の仕組みを知らないという。「ニュースでなんとなく聞いたことはあったんですが……。(自分の働かされ方は)法律違反だったんですね」と驚いていた。

さらにもうひとつミキオさんにとって足かせになっているのが「施設を出るときは3カ月以上前までに申告すること」というルールだ。実はミキオさんはこの半年間で2度引っ越しを試みた。コツコツと引っ越し費用を貯め、自力でアパートを見つけ、入居日も決めた。生活保護利用者の不動産探しは物件も限られるため、容易ではない。ミキオさんにしてみると、施設を出たい一心だった。

しかし、いずれも施設側に報告すると、「退去はすぐには無理。違約金を払ってでも(契約を)キャンセルしてきて」と言われてしまう。不動産会社側に「3カ月先の入居の予約はできるか」と聞いたこともあるが、もちろん断られた。施設側のルールに従って退去するには、路上生活になることを覚悟して部屋を探すか、3カ月間、施設とアパートの家賃を二重に払うしかないと、ミキオさんは訴える。

少し話が戻るが、施設清掃の仕事による収入は法令違反とはいえ月2万円にはなる。こちらは手渡しなので、施設から支給される生活費と合わせると、もう少しましな食事ができるのではと思ったが、ミキオさんはこの中から引っ越し代を貯めていたのだという。しかし、転居できないのでは、その努力も報われない。

貧困ビジネス業者に対して行政の対応は?

ほかにも問題を上げるときりがない。部屋の壁紙は入居当初から破れてコンクリートがむき出しになっているし、生活音もダダ漏れ。「壁紙はいくら言っても直してくれない。壁が薄いせいか、台所の換気扇を付けただけで、(別の入居者から)すごい剣幕で『ぶっ飛ばすぞ!』『もっと気ぃ使えよ!』と怒鳴られます。僕自身、部屋が(共用の)トイレの近くなので扉の開け閉めがうるさくて眠れません」とミキオさん。節約のためにもっと自炊をしたいが、それもままならないという。


壁紙が破れてコンクリートがむき出しのままの室内に加え、トイレとシャワーは共用。これで家賃5万3000円はいくら都内とはいえ、相場より割高にみえる(写真:ミキオさん提供)

こうした実態をCWは知っているのだろうか。

ミキオさんによると、「早くここを出たほうがいい」と心配してくれるCWもいたが、業者の追及まではしてくれなかった。後任のCWは、最近も窮状を訴えたうえで「このままでは施設からいなくなるしかない」と業者への対応を求めたが、「いなくなられると困るんだよねー」と他人事のように言われておしまいだったという。

私は取材の中で、施設がある自治体の担当職員と話をする機会があった。なぜ貧困ビジネス業者を規制しないのかという質問に対し、おおむね次のような答えが返ってきた。

「施設に入ったのも、通帳を預けたのも無理やりではなく、一応ご本人の意思ですよね。われわれには業者を指導、処分するための法的な根拠がない」

私が、処分や指導までしなくても、マイナンバーカードや通帳の取り扱いなどについて不満の声を聞いていると伝えるだけで抑止力になるのではと重ねて尋ねると「うーん」と言ったきり黙ってしまった。

生活保護費の財源には限りがある。本当に税金を節約するつもりなら、保護費を搾取し、利用者の自立を阻む貧困ビジネス業者を牽制したほうがよほど効果があるのではないか。現行の法制度の下でも、行政ができることはあるはずだ。

ミキオさんは生活保護制度のことも、不当解雇のことも、最低賃金の仕組みも知らないと言った。そして「もう少し自分に知識があれば」とうなだれた。

だまされる側が悪いのか

世間はミキオさんが貧困ビジネス業者にだまされたのは、自己責任だというだろうか。私はそうは思わない。自分の家族や友人であれば、好きに説教すればよい。しかし、社会的にはだまされる側より、法律を犯してだます側のほうが圧倒的に悪い。


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貧困ビジネスの問題を考えるうえで、個人のいたらなさをあげつらう行為は、業者の悪質さから目を背けさせるだけでなく、告発しようとする被害者を委縮させる。結果的に業者を利するだけだ。だまされる人がいなくなれば、貧困ビジネスも悪質企業もなくなるという意見は一理あるかもしれないが、それは義務教育や社会人教育のあり方という別の話である。

最近、ミキオさんは仕事が決まった。この間もハローワークには通い続け、職種や正社員にこだわらず探したつもりだが、安定した収入や社会保険があることなどを条件にすると、面接を受けても不採用が続いた。しかし、ついにホテルのベッドメイクの仕事が決まったという。

「こんなところ、たとえ家賃を二重払いすることになっても、今度こそ出ます」。ミキオさんがいつになく強い口調で言った。しばらく卵かけご飯は食べられそうにない。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

(藤田 和恵 : ジャーナリスト)