『パンク侍、斬られて候』主演の綾野剛とマドンナ役の北川景子(写真:dTV)

Netflix、Amazonプライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

「配信オリジナル」から動き出した

今回紹介するのは『パンク侍、斬られて候』です。現在公開中の映画で、配信番組ではありませんが、エイベックス通信放送が運営する配信サービス「dTV」のオリジナル番組として当初、企画していたものを映画化したそうです。いったいどういうワケなのでしょうか。Netflixが映画製作にも乗り出していますから、そんな流れを追ったものなのでしょうか。実はそこには動画配信サービス戦国時代を生き抜くための戦略が見え隠れしていました。


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まずは簡単に『パンク侍、斬られて候』についてご紹介しましょう。原作は町田康の小説。主演は旬な俳優、綾野剛。それからマドンナ役には北川景子。脇を固める俳優も主役級が並び、東出昌大、染谷将太、村上淳、若葉竜也、近藤公園、渋川清彦と続きます。さらに浅野忠信に永瀬正敏、國村隼、豊川悦司も出演しています。このキャスト陣がほぼほぼ決定した段階でもあくまでも「dTV」の配信オリジナルとして企画が進んでいたそうです。製作陣に至っても企画段階から石井岳龍監督、宮藤官九郎脚本で話が進んでいたと言います。

配信事業者「dTV」が手掛ける初の実写映画ということで、てっきり「キャスト、制作陣をこれでもかと揃えました!」というスタンスかと思いきや、『パンク侍、斬られて候』を企画・プロデュースした、エイベックス通信放送コンテンツプロデュースグループオリジナルコンテンツユニットシニアプロデューサーの伊藤和宏氏から意外な答えが返ってきました。

「3年前から企画が動き出し、配信事業者が企画制作するとにかく面白いもの、目立つものを作りたいという思いから始まりました。ですから、映画化をはじめから視野に入れていたわけではありません。海外ではNetflixやAmazonが映画と匹敵するような予算とクオリティのオリジナルコンテンツをすでに作り出していますから、日本でも映画並みのコンテンツを配信事業者が手掛けることで、話題になるのではないかという思惑もありました」(伊藤氏)

「劇場ファースト」を選択する理由

では、なぜ劇場ファーストを選択することになったのでしょうか。現在、『パンク侍、斬られて候』』は全国約300スクリーンで展開されています。目標の興行収入は10億円。製作費は明かされていませんが、CG部分などは仕上げのポスプロ作業を含めて約1年にもわたって時間をかけ、配信オリジナル番組の数本分の製作費を費やしています。

さらに、たとえヒットしない場合でもリスクヘッジできる分散型の製作委員会方式ではなく、「dTV」がほぼすべてを被る1社提供です。余計なお世話ですが、初参入の割に思い切ったチャレンジになるのではないかと、「dTV」の番組ラインナップ全体を統括する同社コンテンツプロデュースグループゼネラルマネージャーの笹岡敦氏に採算性について聞いてみました。


國村隼(写真右)の“超キュート”な役どころも見どころです(写真:dTV)

「脚本が完成し、劇場ファーストでも勝負できるコンテンツであると判断し、限定上映なども含めていろいろなスキームを考えました。結果、dTVとして初の試みになる劇場ファーストを選択しました。全国の劇場で公開することによって、dTV会員も足を運ぶ体制も作れます。1社提供にした理由は映画だけでなく、2次利用、3次利用の展開を含めたビジネスモデルを構築しているからです。トータルで考えれば、大きな財産になります」(笹岡氏)

コンテンツの出し口を考えるウインドー戦略は、数年前、Netflixが配信ファーストでオリジナルの連続ドラマを展開したことをきっかけに、世界的に多様化されていった経緯があります。それから、出口のスキームにとらわれないIP(知的財産権)を育てることが優先されている動きが高まっています。でもそれは音楽業界畑のエイベックスグループにとっては当たり前のことでもあるようです。

「エイベックスはモノ作りの会社から始まっています。音楽も映像コンテンツもIPを持って商売することが念頭にあります。ですからdTVのIPをしっかり育てていくという意味でも、今回の『パンク侍、斬られて候』が劇場ファーストで展開することに迷いはありませんでした」(笹岡氏)

定額制の映像配信は「ファンビジネス」

さて、戦略が見えたところで、肝心のコンテンツの中身についても触れると、原作の世界観を踏まえながら、本格時代劇とアクション、ギャグ、ラブストーリーの要素がすべて盛られています。「アナーキーな映画だな」というのが筆者の正直な感想です。公開直後早々から口コミは賛否両論に分かれています。それも狙ったうえでのことだったのでしょうか。


エイベックス通信放送コンテンツプロデュースグループオリジナルコンテンツユニットシニアプロデューサーの伊藤和宏氏(右)とゼネラルマネージャーの笹岡敦氏(筆者撮影)

「平均化したコンテンツは面白いと評価されますが、平均3点のコンテンツは毒にも薬にもなりません。1点のものは毒にもなるかもしれませんが、記憶に残ります。5点は熱烈なファンを作ることができます。エンターテインメントビジネスは人の人生を強烈に変えるようなものを提供することも一つの使命にあると思っています。そのためには誰も見たことがないエンターテインメントをつねに模索し続け、作り続けることが役割にあると思っています」(伊藤氏)

会員ビジネスの映像配信サービスは、ファンビジネスでもありますから、『パンク侍、斬られて候』が「面白い」と思わせたファンを1人でも会員として獲得または継続できたのなら、それは成功と言ってもいいのかもしれません。こんな振り切った考え方で作られていることも、このコンテンツの魅力の一つなのかもしれません。エンタメ好きでまだご覧になっていない方はそれを確かめる価値はありますよ。