昨年11月の吉田カバン展示会で発表された新商品のリュック(編集部撮影)

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最近、「スーツにリュック」という格好のビジネスパーソンが目立つ。ユーザーの要望を受けて、メーカーも「ビジネスリュック」の品ぞろえを増やしている。この流れは今後も続くのだろうか。人気メーカーの「吉田カバン」と「土屋鞄製造所」に聞いた――。

■もはや「通勤の定番」に

「スーツ姿にリュックを背負って電車通勤する人が増えた」――と初めて記事に書いたのは2016年の冬だった。これ以降もリュック姿のビジネスパーソンは増え続けているように感じる。利用者の声を受けて、メーカーも「ビジネスリュック」の品ぞろえを増やしている。

この動きは女性にも広がっている。たとえば昨年、大手製造業の支社を取材した際、2人の広報担当の女性社員は「今日は2人ともリュックで出張してきました」と語っていた。

服装のマナーとしては、スーツには手提げのブリーフケースが定番だ。だが、手提げでは重い荷物を持ちづらい。このため肩掛け用のストラップのついたカバンをもつビジネスパーソンも多い。普段は手提げで、荷物が多いときは肩掛けにすればいい。ただし片側の肩だけを使うのは疲れる。リュックなら両肩を使えるから、より多くの荷物を効率的に持ち歩ける。問題は「スーツ×リュック」は服装のマナーとしてアリなのか、という点だ。

メーカーはどう対応しているのか。人気ブランド2社の動きとあわせて、この現象を考えてみたい。

■増加しているのは「四角いタイプ」

「ポーター」などのブランドを持ち、性別や世代を超えてビジネスパーソンに人気の吉田カバン(株式会社吉田※)が、昨年11月に東京都内の本社ビルで、2018年春夏シーズン向けの「新商品展示会」を開催した。今年3月頃に発売予定の新商品のラインナップでは、リュック型も目立っていた。

※正式表記は「吉」の字が「土」に「口」。

「以前よりは、デイパックやリュックサックが増えています。当社の小売店に来られるお客さまからは『外出先でも、スマホに仕事関係のメールが来るし、初めて行く場所はスマホの地図を頼りに歩くので、両手が空くリュックは使い勝手がよい』という声もあります」

吉田カバンの阿部貴弘氏(広報部兼プロダクトマーケティング部マネージャー)はこう語り、次のように説明する。

「これも少し前からの傾向ですが、当社に限らず市販のリュックは四角いタイプが増えました。書類が曲がらずにきちんと入る長所に加えて、カジュアルさが薄まるのも人気の理由だと思います。横型のいわゆる3WAYタイプからの変化といえそうです」(同)

「3WAYタイプ」とは、「手で持つ/肩にかける/背負う」といった3用途の使い方ができるカバンで、「肩にかける/手で持つ」タイプは「2WAY」と呼ぶ。荷物の量やその日の気分でカバンの持ち方を変えたい人が好んで使用している。3WAYタイプでも「肩にかける機能を必要とせず、手で持つ、背負うの2つの機能で十分と考える人が増えた」(阿部氏)という。四角いリュックは、新たな「2WAY」タイプとして人気を博しているというわけだ。

「リュックやデイパックは、必ずしも通勤時のスーツスタイルを意識したものではなく、カジュアルでの使用を想定した商品も多い」と前置きする吉田カバンだが、ビジネスユースライン「ポーター タイム」シリーズの新型として、国内外の出張に使いやすいトロリーバッグ(スーツケース)などとともに、デイパック(税別2万8000円)も投入した。13インチのパソコン(PC)が入るほか、高さが異なるポケットもあり、タブレット端末も一緒に入れられる。

■人気を博す「大人ランドセル」

他社でも“リュック”は人気だ。1965年の創業時は子供用ランドセルの工房としてスタートし、現在は革カバンメーカーとして多彩な商品を展開する土屋鞄製造所は、3年前から「OTONA RANDSEL(大人ランドセル)」という商品を限定販売している。イタリア製の高級レザーを使用し、ビジネス現場でも違和感のないデザインだ。価格は10万円(税込み)と高額だが、反響も大きい。

「2015年に弊社が創業50年を迎えたのを機に、大人ランドセルを発売しました。約2カ月ごとに数量限定で販売するたび、数日以内で完売しています。お客さまの年齢は幅広いですが、中心は30代と40代の男性。なかには女性もいます。男女問わず、スーツスタイルにも合わせやすいとのお声をいただいています」(同社広報室・三角茜氏)

 

そもそも、なぜこれほど「通勤でリュックを使う人」が増えたのか。筆者は時々、放送局や新聞社からも解説を求められるが、次のように説明している。

(1)ビジネスシーンにおける「カジュアル化」
(2)どこまでも仕事が追いかけてくる「IT化」
(3)気象の変化とそれに伴う「消費者意識」

(1)でいえば、服装との関係も無視できない。ビジネス現場でも、以前に比べてスーツ姿で執務する職種が減った。毎年春から秋にかけて実施される「クールビズ」の影響もあり、大企業オフィスや金融機関の店舗でも、入り口に「当社は×月までの間、クールビズで執務させていただいています」と看板を掲げる会社が目立つ。盛夏には、都心のオフィスでもポロシャツ姿の人をよく見る。

IT企業や小売業の店頭など、冬でもスーツを着ない職種も増えている。矢野経済研究所によると、スーツ市場は、2007年度の3099億円をピークに市場が縮小し、13年度は2183億円となった。6年で約3割も市場が縮んだのだ。今のところ、その後も市場が回復する気配はない。

■「両手が空く」利便性の重要さ

(2)は、外出や出張の多い人ほど思い当たるはずだ。外出先でも仕事のメールや書類、資料を見られるようになった半面、どこまでも仕事が追いかけてくる。かなり前から、平日の東海道新幹線の座席は“移動オフィス”となっている。クラウド化が進んだことで「PC持ち出し禁止」の会社も減った。ノートPCやタブレット端末を持ち歩く人は、以前よりも確実に増えている。

もうひとつ指摘したいのは、(3)気象の変化とそれに伴う消費者意識だ。地域を限定した詳細な気象情報が増え、天気予報の的中確率も高くなった。たとえば「夕方から雨が予想されるので、お出かけには折りたたみ傘を持ったほうが安心できます」という情報を入手すれば、傘をカバンに入れて出かける人が増える。こまめに水分を取る人も多く、通年でペットボトル飲料を持ち歩く人も増えた。リュックも飲料の収納が“標準機能”となった。

傘を使うにしても、ペットボトルを飲むにしても、「両手が空く」というリュックは便利だ。「消費者の心理的な障壁を取り除くこと」はマーケティング理論の王道である。「カジュアル化」「IT化」「消費者意識」という3つの点で、リュックは現代のビジネスパーソンに支持されている。スーツにリュックを背負う人は、今後も増えそうだ。

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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。

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(経済ジャーナリスト 高井 尚之 写真=iStock.com)