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●会社の歴史上、初めての座席指定制列車を運転

ここ10年ほどの間に、大手私鉄で一種の流行となっているのが、通勤時間帯の座席指定制、つまり、いくばくかの追加料金を支払うことによって、座れることを保証する列車の設定である。

京王電鉄も2018年春より、京王線の夜間の帰宅時間帯に新宿発京王八王子行き、新宿発橋本行きの座席指定制列車(愛称、料金など詳細は未発表)の運転を開始すると2016年3月に公表した。2人掛けクロスシートとロングシートを自動的に転換できる座席を備え、座席指定制以外の列車にも運用できる「5000系」電車を10両編成5本新製。約100億円を投資する。

従来から座席指定制の特急を運転していた小田急、近鉄といった会社は、すでに1970年代から通勤客向けの特急を運転しており、これらに加えて、2008年運転開始の東武東上線「TJライナー」や、2015年運転開始の京急の「モーニング・ウィング号」、2017年春に登場した西武・東京メトロ・東急・横浜高速鉄道直通の「S-TRAIN」などが、近年デビューした。過去には運転していなかったこうした列車を新規に設定する会社や、運転時間帯、運転系統を増やす会社が、次々と現れているのだ。京王も、この流れに乗ったものである。

○通勤ラッシュ解消の一手なのか?

座席指定制列車の拡大傾向は、タイミングとして、小池百合子都知事が提唱した「満員電車ゼロ」と合致した方向の流れと見なされたのか、「通勤ラッシュ解消」と結びつけて論じられる傾向があった。

だが、その見方はまったく正しくない。

例えば、今回注目する京王5000系の座席定員は、10両編成で438人。これに対しラッシュのピーク時、10両編成の一般的な通勤電車には、乗車率150%として1本あたり2000人以上は乗車している。単純計算でも、運転本数を5倍にしなければ全員は座れない。国土交通省の朝ラッシュ時の混雑率のデータ(2016年度)によると、京王線の最混雑区間は下高井戸→明大前間で10両編成×27本=3万7800人(1本当たり1400人)の輸送力に対し、約6万2700人の利用があり、混雑率は166%となる。どうしてここに「500人弱しか"座れない"」5000系を座席指定制で充当できようか。

●「沿線価値の向上」が座席指定制列車の目的

では、なぜこうした列車の設定が流行となっているのか。その目的は、少子高齢化社会、すなわち利用者減少時代を睨んで、各路線の沿線の魅力を高め、「住みたい、住み続けたい」と思わせることにほかならない。日ごろは満員電車で通勤していても、たまにはゆったりした座席で出社したい、帰りたいと思うことがあるだろう。しかし、そもそも利用している路線に座席指定制列車が運転されていなければ、かなわぬ夢でしかない。現在の京王電鉄京王線も、そうした路線のひとつだ。

京王の事例を考えてみるに、やはり利用者の減少を睨み、それを食い止めるための座席指定制列車導入であることには間違いない。同社の統計によると、年間の輸送人員は2007〜2016年度の10年間、6億3000〜6000万人前後で推移してきており、特に定期券客は2億6000〜7000万人前後ですっかり「安定」してしまっている。高齢化が進み就労人口が減る時代となれば、どうなるかは自明だ。2015年度から定期券以外の客が増加傾向にあるが、これは主に、著名ガイドブックへの掲載でインバウンド客の人気が高まった、高尾山への観光客の増加によるものと思われる。

○中央線快速もグリーン車導入

一方、新宿〜京王八王子間の京王線は、JR東日本の中央線快速との競合路線でもある。中央線快速には2021年度以降、全列車にグリーン車を増結する計画がある。これは座席指定制ではないものの、やはり追加料金の支払いにより定期券でも利用でき、座席を確保できる可能性も高い。京王にも、何らかの対応作が必要とされるであろう。

とはいえ、京王線と中央線快速が真に競合していると言えそうな区間は、実は高幡不動〜京王八王子・高尾間だけにすぎない。調布や府中といった主要都市は、地理的に京王の独占状態にある。また、多摩ニュータウンに通じる京王相模原線は、小田急多摩線と若葉台〜京王多摩センター間で競合しているものの、利便性などから長年、京王優位が続いてきた。だが、最近は小田急が東京メトロ千代田線直通急行を増やすなど、攻勢に出ている。

京王にとってみれば、長い距離を乗る安定した定期券客を逃したくはないという思惑は、私企業として当然ある。それゆえ、着席を保証するという、それまで運転した経験が一切ないタイプの列車の導入に踏み切ったのだ。

●沿線地域密着が京王の基本

報道によれば、新しい座席指定制列車は、新宿から乗車する場合は指定席料金が必要だが、最初の停車駅から先で乗車する場合は料金不要との同社の方針がすで示されている。ということは、新宿から、例えば高幡不動、若葉台まではノンストップ。その先は各駅停車もしくはそれに近いという、運転形態も予想されよう。競合区間、すなわち自社路線および沿線の価値向上にもっとも努めなければならないエリアがターゲットとなるのではないか。高尾山への観光客輸送でも、高尾線沿線の通勤客輸送でもなく、座席指定制列車を京王八王子や相模原線の終点・橋本へ振り向けた思惑が、この辺りに見え隠れしているようだ。

京王電鉄は、社内に不動産やホテルなどの開発部門を持ち、遠い観光地や海外にまで関発事業を展開する他社とは異なり、自社沿線に根ざした地域開発を経営の基本方針としてきた。めじろ台など京王高尾線の住宅開発がその典型例であり、高尾山の観光開発もその延長線上にある。高尾線自体も、ニュータウン建設に合わせて1967年に全線開業した路線だ。

○当面京王八王子や相模原線で運用

地域密着をうたう以上、沿線価値の向上は必須条件である。ただ当面、5本だけの5000系という限られた経営資源を活用するため、座席指定制列車の運転区間を決める際、観光地や住宅地の中心に駅があり、しばらくはアドバンテージが保てる高尾線方面ではなく、八王子市の中心部に位置する京王八王子や、相模原線へと振り向けたと考えられよう。

けれども、今回の施策が一定の成果を挙げた場合は、高尾線への観光・通勤列車の設定もありうる。その上、5000系は車両番号の下2桁が30番代となっている。これは京王では、都営地下鉄新宿線への直通運転が可能な車両を意味する。

クロスシートとロングシートの転換が可能という5000系の車内構造も、座席指定制列車に運用しない時間帯には一般の列車に充当することを考慮したもので、これは「TJライナ

ー」や「S-TRAIN」と同じ。投資の効率的な回収を目論んだもので、来春を待たず、すでに普通列車などに先行使用されている。

座席指定制列車が運転を開始し、本領を発揮する日が来れば、改めて試乗するつもりだ。また、実状をご報告しよう。