営業はあらゆるビジネスの最前線。その力を上げるためには?(写真:hilite / PIXTA)

「足で稼げ」「人情勝負だ」「3年で辞めろ」「迷惑だ」「ダサい」――。

「営業」という職種について、世間一般からはこれらの言葉をよく耳にします。

営業はほかの職種と比べて一段低く見られる風潮がありますが、事業と顧客をつなぐ営業というプロセスがなければ、どんなビジネスも回りません。いわば営業とはすべてのビジネスの中心であり、最前線でもあるはずです。実際に世界の企業、特に熱量のあるアジア新興国では、営業こそ実力のある人間に任されているのが現状です。

その重要性とは裏腹に軽視され続けている日本の営業が、世界レベルに追いつき、そして追い越すためには、何が必要か。拙著『営業 野村證券伝説の営業マンの「仮説思考」とノウハウのすべて』にも詳しく解説していますが、それは(1)仮説思考力、(2)因数分解力、(3)確率論的思考法、(4)PDCAを回し続ける力、の4つです。

あらかじめ問題の本質にあたりをつける

(1) 仮説思考力

仮説思考とは、課題に直面したときに「ボトルネックはここだろう」と推論を立て、それを実証するために行動を起こすマインドセットのことです。ボトルネックとは、ワインなどの瓶(ボトル)に入った液体が通る狭い首(ネック)のように、全体の能力や速度を低下させてしまう部分を指します。

この仮説思考の目的は「いち早く動き出すための最適解を見つけること」です。一般的には経験を積み上げていけばだんだん答えが見えてくると考えがちですが、それでは結果が出るまでに時間がかかりすぎてしまいます。

その点、あらかじめ問題の本質にあたりをつける仮説思考は、仮説が当たっていればいきなり問題の核心に迫ることができるし、「間違えていたら修正すればいい」という前提なので、解決策を試す際の躊躇がなく、仕事のスピードがとにかく速くなります。

この仮説思考が本領を発揮するのは、顧客の課題(ニーズ)を特定する場面です。限りある情報から顧客の課題を推測して、初めてコンタクトを取るときにいきなりその仮説をぶつけるというのが私の営業スタイルの最大の特徴でした。

これが当たると「どうしてそんなにこちらの事情がわかるの?」というリアクションをいただくことも多くありました。「何かお困りのことはありませんか?」と課題を聞き出すことから始まる御用聞き営業と比べると、相手に与える印象(信頼度)も違うし、初対面でいきなり深い話からスタートできるのです。

たとえば、新しい商材が出てきたときに、仮説を立てるクセが身に付いていると「この商材はどの業界が欲しがるだろうか」という思考の深掘りが勝手に始まるようになります。そして同じことが何度か起こると、仮説が型へと進化して、自分のなかの必勝パターンの1つとなります。

これが仮説なしの場合では、「とりあえず上場企業を片っ端から当たる」といった場当たり的な発想に陥ってしまうのです。

仮説思考自体は、「思考のクセ」のようなものなので、日頃から自分が探偵になった気分で因果関係を推測する習慣さえ身に付ければ、誰でも習得できるものです。ぜひ、試してみてください。

思考を整理する

(2)因数分解力

因数分解力は思考を整理したり、課題の見落としを防いだりするときに欠かせないスキルで、これができれば必然的に仮説の精度も上がります。

まずは手始めに「営業」を因数分解してみましょう。どうやって分解すればいいか迷ったときには、プロセスで分解するのがいちばん簡単で確実です。営業のプロセスを分解すると、まずマーケティングとセールスに分かれ、それぞれが細かい要素に分解されます。


さらにここに「情報収集とニーズの仮説構築」「見込み顧客管理」「紹介」などのプロセスが適宜入ってくるのが営業の流れです。この分解作業には、1分もかかりません。

こうやって営業プロセスを可視化するだけでも「自分はプレゼンが得意だけど、リスト選定は結構適当にやっているかも」といった改善ポイントが見えてくる人がいるのではないでしょうか。これこそ因数分解の強みです。

因数分解のクセがついていない人や、因数分解の粒度が粗い(=思考の深掘りが苦手な)人ほど、絶えずボヤッとした状態で課題を抱えているものです。課題が不明瞭では打ち手がわからないし、いくら頑張っているつもりでも結果につながらないため、モチベーションは下がるばかりで自信もつきません。

営業に限らず多くの人がこのような悪循環に陥っていますが、この悪循環もたった1分の因数分解で断ち切ることができるかもしれないのです。

(3)確率論的思考法

営業とは、初めから失敗の山から成果を生み出すことが運命づけられている職種です。普通の営業が100件テレアポをして1件成約できるのであれば、トップセールスでもせいぜい3件くらいでしょう。97件は同じように断られているのです。それなのに、多くの営業はテレアポですら、1件断られるたびに自分が否定されたような気分になって落ち込んでしまいます。

ここで有効なのが、数字のとらえ方を変えることです。日頃から数字を追っていて「100件かければ1件取れる」とわかっていれば、電話をかけるたびに「この会社はその1%の会社なのか、99%の会社なのか」とリトマス試験紙で調べていくような感覚を持つはずです。

たとえそこでどんなにきつい言葉で断られたとしても、一瞬、不快な思いはするかもしれませんが、すぐに気持ちを切り替えて「よし、この会社はリストから消せる。正解に一歩近づいた!」と前向きにとらえることができます。

これは少し大げさに聞こえるかもしれませんが、確率論という考え方が本当にしみ付くと「断ってくれてありがとう」くらいの感謝の気持ちが湧いてきてもおかしくはありません。

私はまさにこの感覚で仕事をしていたので、テレアポも飛び込みも苦ではありませんでした。いや、むしろそういったメンタルになれたのは「いかにしたら苦と感じなくなるか?」という仮説を洗練させ続けた結果かもしれません。苦痛と感じた瞬間に、手が止まったり、1件目や2件目にかけるまでもたもたしたりと、生産性が著しく落ちることがわかっていたからです。

もちろん、1%の確率を2%、3%と上げていく努力は絶えず続けないといけません。しかし、それも仮説ベースで改善策を考えて現場で検証していくわけなので、リトマス試験紙と何ら変わりはないのです。

仮説の基本的な立て方

(4)PDCAを回し続ける力

PDCAとは、ある目的を達成するときにPLAN(計画)、DO(実行)、CHECK(検証)、ADJUST(調整)というフェーズを循環させることで最大効率を実現する思考のフレームワークです。

ここで重要なのが、「P」=PLAN(計画)はすべて仮説だということです。今回はこの仮説の基本的な立て方を紹介します。全部で7つのステップがあります。

(ステップ1)ゴールを定量化する

まず、あらゆるPDCAは、たどり着きたいゴールを決めることから始まります。その際のポイントは3つだけです。「期日を切ること」「定量化すること」、そして「適度に具体的なものにすること」。

期日が変わるとそれを実現するための戦略も変わるし、危機感が生まれません。

そして、ゴールは必ず数字に落とし込む必要があります。営業の目標は、すでに数値化されている場合が多いものですが、なかには「経営者層に認められるレベルの人間になる」といった定性的なゴールもあります。そうした目標も「経営者と30分以上経済の話ができるようになる」といったように、自分なりに数値化することが重要です。

最後の適度に具体的なものにすること」についてですが、たとえば営業マンが「年間売上高」の数値目標を立てたとしても、それでは目標が大きすぎて課題が増えすぎてしまい、施策が中途半端になりかねません。そこで「売上高」を構成する因子を考える必要が生まれます。

といっても何も難しい話ではありません。この場合、新規顧客数を増やすのか既存顧客の単価を上げるのかで方法は分かれます。そこで前者が最も効果があると判断したら、ゴールは「月の新規開拓数10件」くらいまで具体的にすべきでしょう。

●定量化されたゴール

3カ月後には月10件、新規開拓案件を成約しよう

ゴールが決まったら…

(ステップ2)現状とのギャップを洗い出す

ゴールが決まったら、次は現状とのギャップを確認します。

ここでさっそく威力を発揮するのが、先ほど行ったゴールの定量化です。現状も同じ基準で定量化することによって、ギャップは明確なものになるのです。

たとえば、ある営業マンが新規開拓で月平均5件であるものを、自発的に、2倍の10件に増やしたいと思ったとします。このときの定量的なギャップは「5件増」となります。

●ゴールと現実のギャップ

先月までは平均5件なので、2倍にしないといけない

(ステップ3)ギャップを埋める課題を考える

ゴールと現状のギャップが見えたら、そのギャップを埋めるための課題を考えます。

個人レベルでPDCAを回す場合は次のような問いを自分に投げかけながら、頭に思いつくことを紙やホワイトボードに書き出してみることをおすすめします。

「ゴールから逆算すると、自分は何をすべきなのか?」

「あらかじめ手を打っておくべきリスクはないか?」

「周りでうまくいっている人は、どんな工夫をしているか?」

チーム単位で動いているのであれば、全員で思いつく課題をポストイットなどに書き、壁にどんどん貼りつけていくといいでしょう。

●課題のアウトプット

・プレゼン勝負に勝てない
・スケジューリングがヘタで1日に3件しか回れない
・ヒアリング能力が低い
・早口になってしまう
・第一印象が悪い

「やらないこと」「やること」

(ステップ4)課題に優先度をつけて3つに絞る

ゴール設定にもよりますが、課題をリストアップするとかなりの数になるはずです。しかし、人はタスクを同時に抱えすぎるとフォーカスポイントがあいまいになって成果が思うように出せなくなります。

よって、ここで重要なのは適宜、選択肢をふるいにかけ、「やらないこと」を決めると同時に、「やること」について優先度づけを行うことです。目安として、上位3つを決めておくといいでしょう。

●絞り込まれた課題

・プレゼン勝負に勝てない
・スケジューリングがヘタで1日に3件しか回れない
・第一印象が悪い

(ステップ5)各課題をKPI化する

課題が絞り込まれたら、次はそれらの課題を数値化していきます。

これがKPI(Key Performance Indicator)、つまり結果目標です。これはPDCAを回すうえで最終的なゴールにどれだけ近づいているか、客観的に進捗状況を把握するためのものです。

ある課題をKPI化しようとすると、たいていの場合、複数の選択肢が考えられます。すべてのKPIを追う必要はないので、この時点で各課題のKPIを1つに絞るといいでしょう。つまり、3つの課題からは3つのKPIが決まることになります。


KPI化された課題

解決案を考える

(ステップ6)KPIを達成する解決案を考える

KPIを決めたら、その数値を達成するための解決案を考えなければなりません。解決案とは「KPIを達成するための行動の、大まかな方向性」のことです。

KPIによっては解決案が共通する場合もあるので、解決案を書き出すときはKPIごとに分けて書く必要はありませんが、最終的には1つのKPIにつき、最低1つは案を考えるべきです。


KPIを達成するための解決案

(ステップ7)解決案を優先度づけする

最初はたった1つのゴールから始まったこの計画フェーズも、ここまでくると複数の解決案が紙に並ぶ状態になります。

ここに残った解決案は少なくともやったほうがいいものであるはずなので、理想はすべて実行に移すことですが、すべてを抱えて中途半端に終わりそうなら、ステップ4と同じように優先度をつけていきましょう。


絞り込んだ解決案

PDCAを習慣づけるコツ


PDCAで最も難しいことは、仮説を立てるPLANでも、計画をやり遂げるDOでも、検証や調整をするCHECKやADJUSTでもなく、PDCAサイクル自体を続けることです。

PDCAを習慣づけるコツは実はシンプルで、いきなり大きな課題に取り組まないこと、そして同時に多くのPDCAサイクルを回さないことです。

営業が最終的に回すべきPDCAの対象は多岐にわたります。それは雑談力かもしれないし、顧客リストの質を上げることかもしれないし、見栄えのいいパワーポイントの資料をつくる能力かもしれません。営業成果につながる課題は、すべてPDCAの対象になりうるのです。