最近、北朝鮮が弾道ミサイルを頻繁に発射しているが、その背景には何があるのだろうか?

 張成沢(チャン・ソンテク)粛清に端を発した一連の粛清劇により、金正恩(キム・ジョンウン)政権は多くのテクノクラートを失った。これが金正恩政権の将来だけでなく関係国に与える影響は大きい。北朝鮮は既に崩壊プロセスに入っているからだ。

 張成沢は金正恩の地位を脅かすほどの権力を握っていた。だからこそ、それに脅威を感じた金正恩は張成沢のみを更迭して失脚させるのではなく、影響力を完全に絶つために張成沢に近い人物をも多数処刑したのである。つまり金正恩は自国の生存よりも、自らの権力維持を優先するという矛盾した行動に出たのだ。

 中国に近い人物であった張成沢と、彼に繋(つな)がるパワーエリートを処刑したことにより、金正恩は北朝鮮の生命線ともいえる中国との関係悪化に歯止めをかけることが出来ないでいる。しかし、金正恩はそれを修復するのではなく、韓国攻撃用であるスカッドミサイルや多連装ロケットを発射することで韓国とその関係国を恫喝している。

 核実験やミサイル発射、大規模な軍事演習、戦闘機や爆撃機の前方展開等により、戦争勃発が現実のものになるという危機感を煽ることで韓国や関係国を恫喝し、食糧やエネルギー支援を得るという短絡的な手法は過去には通用した。しかし、韓国と中国の関係緊密化により、この手法が通用しなくなる恐れが出てきた。中韓の緊密化は金正恩政権にとって想定外の出来事であったことだろう。

 粛清により政策立案者を失った金正恩は、もはや国家を立て直すための整合性の取れた政策を展開することができなくなった。そこで軍部が主導権を握り、軍事力による恫喝で援助を獲得しようという古びた手法を引っ張り出してきたのだ。

 中韓の急接近に代表されるように北朝鮮を取り巻く環境が変化した現在、冷戦思考的な手法は通用しない。粘り強い外交交渉で解決すべき事項を、弾道ミサイルの発射等、軍事力の誇示による恫喝で解決することはできない。

 中韓の急接近は、国家再建の道を事実上放棄した金正恩政権崩壊を意識してのことだろう。北朝鮮崩壊による周辺国への影響は大きい。中韓だけでなく日本も連携して「その時」に備えておく必要があるだろう。(執筆:宮田敦司/編集:如月隼人)

【プロフィール】
宮田 敦司(みやた・あつし)
1969年生。日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。航空自衛隊資料隊にて13年間にわたり資料収集及び翻訳に従事。退職後、ジャーナリスト、フリーランス翻訳者。著書に『中国の海洋戦略』(批評社)ほか。