大ブレイクを経ても安定した活躍を続ける中田敦彦

写真拡大

長い歴史のある吉本興業お笑い芸人の中でも、前例がない爆発的な売れ方をしたオリエンタルラジオ。東京NSC(吉本総合芸能学院)在学中から仕事が入りだした彼らは、同期と深い溝が出来てしまったと言われている。しかし本当は売れる以前から中田敦彦が、同期のほとんどから嫌われていたというのだ。

渡辺直美はオリエンタルラジオの2年後輩で、同じ東京NSC出身。彼らと同期の先輩らから、中田敦彦がどれだけ嫌われていたのかは聞かされていたという。「同期は全員ライバル、仲間ではない」という姿勢の中田は誰とも口を利こうとせず、その頑な態度で周りから疎まれていたのだ。

5月9日放送の『祇園笑者』(読売テレビ)で渡辺からこの話を聞かされたトータルテンボスの大村朋宏だが、中田のことは“真っ直ぐだから、信用がおける後輩”だと嫌われていたことに首を傾げる。反対に大学の後輩にあたる藤森慎吾(オリエンタルラジオ)は、憎めないがチャラい、お調子者と大体世間と同じ評価をしている。

学生時代藤森と一緒に学園祭でトータルテンボスの漫才を見てから、中田は彼らを尊敬し慕うようになっていた。その尊敬の念はオリエンタルラジオが売れっ子になってからも変わらず、2007年の漫才コンテスト『M-1グランプリ』の舞台で圧倒的な実力を見せつけたトータルテンボスの優勝を、中田は誰よりも信じてその瞬間を敗者復活戦会場で待っていたのだ。

だがこの年の優勝はサンドウィッチマン。史上初の敗者復活からの優勝が決まると、敗者復活戦会場は“自分たちの代表が勝った!”と大盛り上がりに。だが中田だけはもの凄い形相で歯を食いしばっていたという。サンドウィッチマンの伊達みきおが後にDVDで当時の映像を見た時、中田の様子があまりにもおかしいので大村に、「何であんな顔をしているのか、聞いてくれないか」と頼んできたほどだった。その中田の横では「サンド、サンド」と拳を振り上げ、周りと一緒に盛り上がる藤森の姿があった。彼は“憧れていたトータルさんが完全なネタを披露して、1本目も2本目もすごいウケたのに、最後サンドさんに持ってかれた”と、悔しくて悔しくてあんな顔になってしまったと説明したそうだ。その言葉が大村にとって、どんなに嬉しかったことか。

そんなオリエンタルラジオのブレイク期間はあっという間に終わり、ルミネtheよしもとの舞台にも立たなければならなくなった。渡辺直美はある日、オリエンタルラジオと同期の芸人らと一緒のバスに乗り合わせた。“大丈夫かな”と緊張しながら座っていると、中田を一番嫌っていた芸人から「俺思ったんだけど、やっぱオリラジ面白いわ」との声が聞こえてきたという。そして「今までゴメン、これから応援するから」と詫びると、中田も「俺もNSC時代、つんけんして悪かった」と頭を下げ、2人は握手をしていたという。その会話を聞きながら「同期ってイイなぁ」と感激していた渡辺。

「自分に利益があるかどうかが、人付き合いの基本」。この言葉は中田が藤森とコンビを組む前、一緒に大学でお笑いの道を志していた幼なじみに言い放ったものだ。だがこの幼なじみは仕事が無くなった中田を心配し、何度冷たくされても“友達だから彼の力になりたい”と願い続けていた。このように同期や幼なじみから差し伸べられた温かい手は、中田の心の深いところを揺り動かしたと信じたい。全盛期と比べ冠番組こそ無いが、現在のオリエンタルラジオは多数のレギュラー番組を抱えるほどに復活した。まだ2人とも30歳を超えたばかり。これからも成長が期待できるお笑いコンビである。
(TechinsightJapan編集部 みやび)