「ご近所は“家と車だけ”が立派な方ばかりでした」地方移住10年、資産1.6億円の60歳FIRE夫が漏らした本音…温泉・スキーで遊ぶだけ遊び、見切りをつけて東京へ戻った夫婦が〈山手線の内側〉で得た安息
「FIRE(早期リタイアと経済的自立)をして、生活費の安い田舎暮らしをすれば余裕ある人生が送れる」。そう考える人は意外と多いようです。50代までに一定の資産を作り、運用をしながら生活費を抑えつつ生活すれば、労働せず生きていくことができる――そんなFIREの夢とセットで捉えることが多い「地方への移住」。たしかに、海や山が近い場所に居を構え、SUVに乗り、サーフィンや釣り、スキーや温泉巡りなど楽しそうな生活が簡単にイメージできます。東京都心でビジネスと投資を必死に頑張ってきたのだから、第二の人生は田舎暮らしでストレスフリーを極めたい……そんな夢もいいもの。しかし実態はそう簡単ではないかもしれません。東京から東北地方へ移住した夫婦の事例から、地方の実態に迫ります。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
「FIRE+地方移住」の理想と現実
田舎暮らしはイメージと異なり、生活費が高いというのが現実です。その原因は自動車の所有にあります。一般財団法人自動車検査登録情報協会の調査(2024年)によれば、福井県や富山県など地方都市では、1世帯あたりの自家用車保有台数が1.6台を超え。つまり実質的に「1人1台」所有しているということになります。地方では家族全員が自動車を所有しているケースが珍しくありません。ちなみに東京都では0.41台で、全国最少です。これは島嶼部(とうしょぶ)を含めた東京都全体の数字であるため、山手線の内側のような都心に限定すると、さらに劇的に少なくなるでしょう。
では、自動車の維持費はどれほどでしょうか。総務省の家計調査(2024年公表分)によると、地方での自動車関連支出(購入・維持費)は、月4〜5万円程度。それは平均的な年収に対して13%〜15%の占有率です。この数字には住宅ローンの返済費用も含まれているため、もし高額な自動車を購入しているとしたら、占有率は20%を超えているケースでもあるでしょう。
東京都での平均的な世帯年収に対して、占有率20%に相当する支出はなにかというと、「家賃」です。東京都での賃貸の家賃と、地方での自動車関連支出はトレードオフの関係になっています。
この自動車の維持費が、地方での生活を苦しくさせる原因のひとつです。ここからは、東京から地方に移住し、その現実にぶつかった夫婦の事例を紹介します。
資産1.6億円…50歳で決断した、東北地方へのFIRE移住
<事例>
夫Kさん 現在60歳 大手IT企業を退職
妻Rさん 現在56歳 主婦
10年前、夫Kさんは50歳を迎えるとき、長年勤務したIT企業を早期退職しました。役員であったため退職金が5,000万円だったことと、預金が6,000万円、さらに勤務先の自社株の配当が年間約400万円あること、自宅マンションが5,000万円で売れる見込みがあったことから、早期退職を決意したのです。
あまり贅沢をするタイプではないため、生活費を年間400万円以下にすれば、退職金を含めた手持ち資産が目減りすることなく安全に生きていけると考えました。そのためには地方移住がいいのではないかと妻に相談を持ち掛けます。
夫Kさんも妻Rさんも東京都心の育ちですが、夫Kさんは大学生のときに、日本酒の杜氏(とうじ)になることを夢見ていたほど、田舎暮らしに憧れがありました。特に、北陸地方や長野、東北地方や北海道への憧れが強かったようです。妻も賛同してくれて、Kさんの退職後、子供がいなかったこともあり夫婦はすぐに移住を実行に移しました。
いくつか候補はありましたが、最終的に決めたのは、北東北地方の人口25万人の都市でした。いわゆる「山あいの集落」や「海辺の漁村」など、田舎暮らしのイメージままの場所を選ばなかったのは、閉鎖的な雰囲気と人間関係で苦労して移住に失敗した友人がいたからです。
そのため、地方とはいえ人間関係が希薄な地方の都市を基点にして生活しようと考えました。不動産会社を回り、築25年の延床面積50坪の広い家を借りることに。家賃は10万円。東京の都心でこの広さの物件を借りたら、家賃は30万円近くするでしょう。
地方というと、なにもない不便な田舎を想像しがちですが、夫Kさんは物件を探している際にその利便性が決して悪くないと思えました。コンビニはあまり利用しないけれど徒歩圏内に3店舗、スーパーは2店舗、車で少し走れば大きな総合病院があり、ドラッグストアやホームセンターまで……。「十分便利な場所よね」と妻Rさんは気に入った様子。その家を基点に、夫婦で趣味の温泉巡りやスキーを楽しもうとはしゃぎます。利便性を犠牲にせず田舎暮らしを楽しむという「現実的な田舎暮らし」アイデアは悪くないと思いました。
仕事は完全にリタイアしようと考えていましたが、現役時代の知人を通して現地の高校の先生と知り合い、学校でIT関係の講義をすることに。評判を呼び、複数の学校や市民講座などで定期的に講義するようにもなりました。まったく負担感なく、若い学生たちと話をすることが増え、むしろ気分転換にちょうどいい仕事です。50歳で引退したことを話すと、子供たちが口を揃えて「かっこいい」と感嘆するのが面白いのと同時に、昔と感覚が違うんだなと痛感しました。
隣家の高級ミニバンと「残価設定ローン」
趣味に仕事にと、充実した生活を送っていた夫婦ですが、移住から数年たったころからちょっとした違和感を覚えるようになります。
それは、若い家族が、東京の同世代の家族と比べて明らかに「貧しく」見えたこと。言葉はきついですが、「所得が低い」のではなく「貧しい」と感じてしまうのです。もちろん東京と世帯所得は100万円単位で違うでしょうが、東京は家賃が高いので、実質的な生活費にそう大きい違いはないはず。それなのに、仕事で接する若い夫婦はそろって「貯金はゼロに近い」といいます。最初は浪費のせいなのかと思いましたが、みな真面目そうにみえて決してそうではないようです。
その答えがみえたのは、隣の敷地に新築の家が建ったときのこと。地元の工務店が30坪くらいの二階建ての家を建て、30歳くらいの夫婦と子供2人が引っ越してきました。駐車場には黒塗りの高級ミニバンと、白い大きなSUVが停められています。
「お金のある夫婦なんだな、この田舎でどんな仕事をしているのだろう」と夫Kさんは不思議に思っていました。しかし、偏見かもしれませんが、外見だけをとると高所得の職業に就いているようにはみえません。こちらから挨拶をしても、目も合わせず、首をちょっと動かすだけ。正直なところ、印象がよくありません。
お隣さんのように見た目はお金を持っているように見えないけれど、所有物が高額な人たちを多く見かけます。その疑問について、付き合いのあるFPに質問してみました。するとその答えは明快なものでした。
「いわゆる、残価設定クレジットで車を買うのが流行っているのです。リースのような仕組みで、ローンの一部だけを支払って、数年後には車を返却する契約です」
残価設定クレジットによって、フルローンで購入するよりも相対的に毎月の支払いが安くなります。そのため高級車でも手に入りやすくなりますが、満期が来ると車の乗り換えで再び新しいローンが始まる仕組みです。つまりどこかで新車の購入をやめない限り、永遠に自動車ローンを返済することになります。
自動車ディーラーは常に見込み客の数と時期を予測でき、中古車部門も定期的に仕入れが確保されているという売り手には最高のマーケティングでしょう。年収に対して、自動車ローンと維持費の割合が20%〜30%におよぶ家庭もめずらしくないとのこと。
「東京でいうと、世帯年収600万円の家庭が、家賃15万円の賃貸マンションに住むのと同じ感覚ですね」と夫Kさん。
「自動車だけを抜き取るとそうですね」とFPがいいます。「しかし問題は、そのうえに住宅ローンまで抱えていることが多いのです」。
土地込みの新築住宅の住宅ローンに、自動車関連費用と合わせると世帯年収に占める割合が50%を超えることもあります。東京都の世帯年収600万円の世帯が、家賃25万円のマンションに住むのと同じでしょう。手取り38万円のうち、生活費で使えるのは13万円だということ。かなり無理があるということは、誰からみても理解できるでしょう。
公的なセーフティネットが必要な生活保護水準の生活費は、東京都では月26万円とされています。青森県でも月18万円です。生活費が13万円しか残らないというのは、公的なセーフティネットの基準に近い「貧困レベル」の生活です。
「でも、そのレベルの家計がめずらしくないのが、現代の地方の会社員世帯なんです」
家と車だけ立派なご近所
「家と車だけが立派、でも生活は貧困レベルということか……」
地方は自動車が必需品という主張をSNSなどで多く見かけます。たしかに自動車がなければ買い物にも行けない場所に居を構えている人は多くいます。しかし、だからといって年収に見合った自動車関連費用に収め、住宅ローンを含めて年収の25%以内に収めようという意識が見られない人は問題でしょう。
「健全に家計を回すには、世帯年収が600万円の場合、自動車ローンと住宅ローンの返済は多くても月12万5,000円以内に抑える必要があるのですが……」とFP。
マネーリテラシーがあまり身についていないのかもしれません。生活費に使える費用が少なければ、子供の教育に使える金額は限られ、大学進学は奨学金頼りとなるでしょう。老後資金に備えた資産運用をする余裕もありません。さらに、万が一のときに備えた生命保険も計算されていなければ、大病をしたときに家計が崩壊するリスクがあります。
地方特有の“貧困の連鎖”
自宅のメンテナンスも費用をかけられないため放置し、建物の寿命を短くしてしまうことも。将来ボロボロになった自宅を子供が相続することになりますが、子供世代が裕福になっていない限り、実家を解体する費用も捻出できず、放置し続けることに。さらにその子供も、住宅ローンと自動車ローンを重ね、貧困が世代間連鎖していきます。持ち物だけが立派というのが、現代の地方都市にありがちな光景なのです。
「地方は自動車の所有が必須」なのは事実ですが、「高級車や新車の購入は必須」ではありません。中古車にするか、新車で買って15年〜20年ほど乗り続ける選択をするだけで、家計は変わるはずです。古い車は維持費がかかるといいがちですが、新車を買って利息も払うよりは、はるかに節約できます。
自動車を節約すれば、自宅建物の性能の向上にお金をかけられます。メンテナンス費が少なく済む建物にすることも可能です。自動車に予算を奪われ、安さとデザインだけの建物を買ってしまうことも、生活が苦しくなっていく原因の一つでしょう。
夫Kさんが仕事で高校生と接していると、親の経済的な事情で奨学金を簡単に選択することに驚いてしまいます。偏差値が極端に低く、大学を卒業しても高収入の職業に就くことが難しい傾向の子供さえ、奨学金を借りて大学に行こうとするのです。奨学金の返済に自動車ローンに住宅ローンまで重ねたら、本人だけでなく、その子供はもっと苦しむことになるのにと、苦しい思いをしながらもそれを本人にアドバイスすることはできませんでした。
実は自分たちの家計もそれなりに…
夫Kさんと妻Rさんの夫婦も、あらためて自分の家計を計算してみると、家賃と自動車関連費用を合わせると毎月十数万円になっています。自動車はローンを借りていませんが、維持費とガソリン代を含めれば決して安くはありません。
「東京で、月20万円程度の家賃の賃貸マンションで生活するのと、ほとんど同じかもね」という妻Rさんの言葉にはっとする夫Kさん。浪費するつもりがなくても、自分も相当高いコストがかかる生活をしていることに気づきました。
「遊び飽きたら、東京にまた戻ろうか」いつのころからか、それが夫婦の共通認識となっていました。移住からちょうど10年後、仕事もひと区切りついたこともあって、東京に引っ越すことを決意したのです。
究極のコスパ「山手線の内側」
夫Kさんと妻Rさん夫婦が東京で購入したのは、文京区にある中古の板状マンション。車は所有していません。地方に移住していた10年間はいろいろな遊びができたし、想定外で教育の仕事もできました。楽しくて大きな人生経験になったので後悔はありませんが、東京に住み続けるよりもコストがかかる生活をしていたことに、複雑な思いがあります。
文京区のマンションは、ある程度の年齢になったらまた売却して、老人ホームの費用にしてもいい。地方と違うのは出口戦略が立てやすいこと。地方で高額な費用で維持した2台の自動車は、売却時は2台で6万円にしかなりませんでした。おそらく土地と建物を賃貸ではなく自己所有した場合も、同じように二束三文となっていたでしょう。
山手線の内側では、不動産の流動性と生活の利便性だけをとっても、地方よりコストパフォーマンスが高いという意外な結論です。
「東京の、特に山手線の内側であれば、地方に住むよりも結果的にお金を減らさない暮らしができるんだな」
意外な結論に、驚きを感じる夫婦でした。地方移住は節約ではなく、コストをかけてあえて不便な田舎暮らしをするという理解も必要のようです。
長岡理知
長岡FP事務所
代表
