Frederic Legrand - COMEO/Shutterstock.com


 宇宙開発企業スペースXとEVメーカーテスラを率いる起業家、イーロン・マスク氏。ツイッター買収によって新たな注目を集める中、その大胆な経営手腕を目の当たりにした日本人がいる。元ツイッタージャパン社長の笹本裕氏だ。新たなトップは笹本氏に何を求め、組織をどう変容させたのか。本連載では、『イーロン・ショック 元Twitterジャパン社長が見た「破壊と創造」の215日』(笹本裕著/文藝春秋)から、内容の一部を抜粋・再編集。知られざるエピソードとともに、希代のイノベーターによる組織マネジメントの一端に迫る。

 第1回は、トップダウンのイメージとは異なる、マスク氏流の問題解決プロセスを紹介する。

<連載ラインアップ>
■第1回 「俺は元の数字が見たいんだ」いきなり本質をつかむ、イーロン・マスク流の問題解決法とは?(本稿)
■第2回 「すべての経費を止めろ」ツイッター大変革のためにイーロン・マスクがとった「常識破り」の行動とは?
■第3回 「心臓を替えようぜ」経営のセオリーにない、イーロン・マスクならでは企業改革の発想とは?(11月25日公開)
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■ ストーリーテリングの力

『』(文藝春秋)


 彼は一人語りこそしませんが、そのストーリーテリングの力には強力なものがあります。よくも悪くもイーロンの発言は、シンプルで、無邪気で、誰でもわかるようなものになっています。「ロケットを飛ばして火星に行くぞ」とか「化石燃料を使わずにクリーンな車を作るよ」「速くてかっこいい車を作るよ」というように、ものすごくわかりやすい。だから誰しもが与しやすい。これはストーリーテリングの力です。

 彼のストーリーテリングは、プレゼン形式ではなく、ディスカッションベースで行われます。彼のビジネスやプロダクトに関わる人は、彼のストーリーテリングを理解し、継承することで、彼とディスカッションできるようになります。

 コツは、単純に定性的なストーリーだけでなく、定量的な部分と組み合わせて話すこと。定性的な話だけを長々と喋ってしまうと「で、結論は何なの?」と言われてしまいます。逆に、数字だけの話になってしまうと「それって何を意味するんだっけ?」となる。彼とストーリーを紡いでいくには、定性と定量を組み合わせ、かつ、簡潔に伝えないと相手にはしてもらえません。

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イーロン流問題解決法

 イーロンは情緒的で定性的な話もしますが、一方で非常にロジカルで数字に対してもすごく敏感です。どちらもあるのは、彼の強みです。

 驚いたことがありました。

 Twitter社が買収されて、1週間も経っていないときのこと。収益事業の責任者4〜5人だけの最初のミーティングがありました。そこでイーロンはデータをパッと見て「日本の利用数ってすごいね。でも、売り上げはまだまだだね」と言ったのです。

 Twitterの日本での売り上げは世界で2番目です。だから私としては「そこそこの売り上げは達成している」という自負はありました。ただ人口比で言うと、日本の利用者はアメリカの3倍です。それに対して、売り上げがアメリカの3倍あるかというと、そうはなっていなかった。そもそもアメリカの広告市場は日本の3倍くらいあるはずなので、アメリカの売り上げにはまだ匹敵していません。そこを一発で指摘されたのです。そして「その差が課題だね」と言ったのです。

 就任から1週間足らず。しかもデューデリもせずに買収したのに、いきなり本質を突いてきた。彼は大量のデータをバーッと見て、大づかみで「ここが問題だ」と素早く判断できるのです。これはすごいなと思いました。

■ 俺は元の数字が見たいんだ

 彼の数字に対する姿勢には驚かされます。こんなこともありました。

 買収のあと、いきなりリストラを始めたせいで、売り上げのデータを管理していたファイナンスの人たちも解雇してしまっていました。売り上げのデータがバラバラになっている状況で、データを探さないといけない。

 イーロンはミーティングで「その数字はどこにあるんだ?」と聞きました。誰かが「タブローにありますよ」と返すと、「タブローはそもそも『元の数字をどう見せるか』のソフトウェアだろ。俺は元の数字が見たいんだ」と言うのです。

 タブローというツールのことまでちゃんとわかっているのはすごいなと思いました。果たして何人の日本の経営者がタブローのことをわかっているでしょうか? セールスフォースを自分で使ったことがある経営者すら、けっこう少ないと思います。

 イーロンは自分で全部のソフトウェアを使いこなして収益を見ています。もちろん勘所もすごいのですが、自分でツールを使っているからこその勘所なのかもしれません。

■ 相関関係を見抜いて問題解決をする

 イーロンが見ているのは「相関している数字の動き」なのだと思います。そこから、収益の変化に気がつく。

 だから「本来は日本の広告市場はこれだけあって、これだけの利用者がいる。だから広告売上の数字もこれくらいになるはず。なのに、上がっていない」といった違和感に気がつくわけです。本来は数字が一緒に変わるはずなのに「なんでここはついて来ていないんだ」というのを見抜く。こうして「相関関係」を見抜いて対策を講じていけるところが、イーロン・マスクのビジネスセンスなのでしょう。

 もう少し詳しくお話ししましょう。

 アメリカと日本の広告の大きな違いは「eCPM(広告における1000インプレッションあたりの課金額)」の単価の違いです。これが原因で差が出てしまう。「なぜ、eCPMによってそんな違いが出てしまうのか?」というのはまた別の話になりますが、とにかく日本とアメリカではそもそも広告市場の成り立ち方などが違っているのです。

 だからイーロンが相関を見ているとき、こちらとしては「eCPMが違うからこの数字なんです」とちゃんと伝えることが大切です。すると彼は「ああ、そうなんだ。じゃあ、なぜ?」というように話を進めてくれます。さらにどんどん、他の相関関係の話になっていく。最終的には根本の問題に辿り着いて「そこに対してこうしよう」と解決策が提示できます。

■ ディスカッションで答えを探っていく

 解決方法を探っていくなかで、私は「本当に人の話をよく聞く人だな」と思っていました。「こういう相関があって、こういう問題があるから、この結果になっている」という説明がついても、イーロンは自分で回答を出さないのです。「じゃあどうしたらいいんだ?」とまわりに意見を求めます。

 イーロンには「ああしろ、こうしろ」と細かいところまで指示するトップダウンのイメージがあります。たしかに、大きな流れのなかではそうなのですが、細かいところについては、けっこう任せてくれるのです。というか、人の話を聞いてくれる。提案したことが彼の勘所にちゃんと刺されば、資金のベットにつながり、その後の動きは一瞬です。

 たとえば、「eCPMが低いことに問題がある」と言われたら、そういうことが起こる原因を追求していく。そして「数字が一緒に動くはずのところが動いていない。それはなんでなんだろう」という問いを立て、人に回答してもらう。そして、その答えが「これだ」と思えば、一気にそこに向かっていく。これが、問題解決に関するイーロンの一連の動きです。

 そして一連の動きは、ディスカッションのように進んでいきます。きちっとしたプレゼンテーションを用意して「日本のeCPMがこうだから」といったものを見せる必要は、ぜんぜんない。そういう点では、すごく人を信じてくれるのです。

 イーロンがプレゼン嫌いなんて意外だと思われるかもしれません。

 でも彼は共変関係の中から、因果の構造を見抜いて「この原因をどうやって解決していこうか?」とキャッチボールしながら問題を解いていきます。そして「これだ」となったものを実行していく。このやり方を取る以上、一方的な「プレゼン」とは距離が生まれるのは必然なのかもしれません。

<連載ラインアップ>
■第1回 「俺は元の数字が見たいんだ」いきなり本質をつかむ、イーロン・マスク流の問題解決法とは?(本稿)
■第2回 「すべての経費を止めろ」ツイッター大変革のためにイーロン・マスクがとった「常識破り」の行動とは?
■第3回 「心臓を替えようぜ」経営のセオリーにない、イーロン・マスクならでは企業改革の発想とは?(11月25日公開)
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筆者:笹本 裕