「先延ばし」をどうしてもやめられない人の頭の中
(写真:Graphs/PIXTA)
人間関係の些細なすれ違い、職場での小さなトラブル、子供の頃や学生時代の苦い思い出……「えっ、そんなことで?」と思うような出来事が、実はあなたの人生に重大な影響を与えているかもしれません。イギリスの心理学者メグ・アロールの著書『なぜか「なんとなく生きづらい」の正体』(野中香方子訳)は、近年、心理学や臨床心理の領域で注目され始めた“小さな心の傷”=「スモール・トラウマ」とその対処法に光を当て、世界40カ国以上で刊行される超話題書となっています。同書より、「スモール・トラウマ」による「完璧主義/先延ばし」の原因と対処法を、一部抜粋・編集の上ご紹介します。
「不適応的な完璧主義」対「適応的な完璧主義」
「不適応的な完璧主義」と「適応的な完璧主義」を区別することは有益です。なぜなら多くの人は、「自分の完璧主義は生涯を通じて、仕事を確保したり、パートナーを見つけたり、あるいは単に他の人に必要とされていると感じるために役立ってきた」と考えているからです。それらは適応的な完璧主義で、確かに人生において役に立ち、「適応」という目的を果たしています。
しかし、不適応的な完璧主義では、間違ったりしくじったりすることへの恐れが精神を緊張させ、しばしば先送りをもたらします。それは私が診療室で最もよく目にする問題の1つです。
このように完璧主義には2つのパターンがあるため、それを崩すのは難しく、人々は完璧主義にしがみつこうとします。完璧主義が自分の助けになったときを思い出す一方、完璧な結果を出すための苦しさを過小評価するのです。完璧主義とは基本的にミスは許されないという信念なので、完璧主義者はミスを避けるために多大な努力を払い、それが相当な負担になります。
加えて、内なる完璧主義が、ミスを犯す自分は無価値で、成功できず、愛される資格もないと感じさせるため、ミスを犯すことのリスクは確かに高いのです。このような理由から、多くの人にとって完璧主義は先延ばしの根本的な原因になっています。
先延ばしは怠惰や無能ではない
先延ばしについては、「〜ではない」と表現した方がわかりやすいでしょう。先延ばしは、怠惰でも、 下手でも、無能でも、無関心でもない。むしろ、その逆です。先延ばしにする人は往々にしてかなり良心的で、ミスを恐れるから先延ばしにするのです。当人は自覚していないかもしれませんが、するべきことをしないで、食器を洗ったり、引き出しの整理をしたり、SNSをスクロールしたりするのは、自分はうまくやれないかもしれないという不安と、それが皆にばれてしまうのでは、という恐怖から目をそらすためです。
そういうわけで、ストレスが限界に達するまで仕事を放置し、あと数時間で一日が終わる頃になって、ようやくその仕事に取り掛かり、このプロジェクトは本当に大変だ、私はまったく愚かで、そもそもこの仕事に就くべきではなかった、と自分に言い聞かせます。身に覚えはないでしょうか?
けれども、親愛なる先延ばし屋さんは、この時点までに、その仕事について悩んだり、気を散らすために他のことを考えたりして、とてつもない量の精神的エネルギーを費やしています。そうやって身体的・精神的・感情的資源を大量に消費し、燃え尽きたようになって初めて、先延ばしが不適応であることに気づくのです。
「なぜ、さっさと取り掛かれないのか!」「次はこうならないようにしよう、もっと早く始めて、こんなことにならないようにしよう」
もしあなたが先延ばし屋なら、自分が先延ばしすることに気づかないどころか、大いに気にしているはずです……そうであれば、おそらくあなたは完璧主義という煉獄に陥っているのです。
先延ばしは良いこと?
あなたはどう思うでしょうか? 明日できることなら、今日しなくてもいいのでは? そんなことは考えただけでぞっとするという人もいるでしょうが、実のところ、先延ばしが良策になる場合もあります。計画的な先延ばしや、仕事を遅らせることは、しばしば有益な戦略になるのです。
たとえば、あなたは今日、メールやメッセージをいくつ受信するでしょうか? あなたが子育てグループや職場グループのメンバーなら、きっと大量に受信するでしょう。では、グループ・メッセージに返信しないとどうなるか、試したことがあるでしょうか? おそらく、「至急」とされる大多数は、あなたの返信がなくても解決したでしょう。けれども、返信しないことは難しく感じられるかもしれません。なぜなら、スモール・トラウマがあなたをグループの「調整役」になるよう駆り立てるからです。
子どもの頃、あなたは、何ごとも自分が仕切らなければならないと感じていたのではないでしょうか? もっとも、あなたが頼られることに生きがいを感じていて、それが燃え尽き症候群や極度の疲労といった問題を引き起こしていなければ、それはそれでいいのです。
とは言え、実際には、スモール・トラウマによる「先延ばし」という行動パターンが、かなり不快な症状を引き起こしているのを、私は毎週、診察室で見ています。しかし、計画的な先延ばしによって、それを好転させることができます。特にあなたが、1日24時間では足りないと感じているのであれば、そうすることをお勧めします。
なぜなら、タスクの多くは、あなたが思うほど重要ではないからです。いくつかの仕事、たとえば意思決定の前に十分な情報を集めるといった仕事は、先延ばしすべきではないとしても、それ以外の仕事は、思うほど重要ではありません。メールやメッセージの大半は重要でないのです。
日々の暮らしには、洗濯、洗い物、無数の家事など、片づけなければならない細々とした仕事がたくさんあります。この種の仕事に忙殺されるのは、何かをやり終えると、それが些末なことであっても、良い気分になれるからです。たとえば洗濯物は、映画「グレムリン」のモグワイのように増えていきますが、その山を仕分けして、すっかり片づけると、少量のドーパミンが放出されます。それと同等のドーパミンを、1万語のレポート、売り上げ目標、KPI (重要業績評価指標)などで得るのは難しいでしょう。
もっとも、洗濯物を片づけて得られる満足感はほんの一瞬で消えてしまいます。そしてあなたは、本当にしなければならない仕事の方はまったく進んでいないことに気づくのです。
自分の行動パターンが、計画的な先延ばしのように適応的なものか、それとも不適応なものかを見分ける簡単な方法があります。それは、次のように自問することです。
「これは自分にどう役立つだろう?」
あるタスク(メールが届いたらすぐ返信するようなこと)を前にして、少しでも躊躇するようなら、そのタスクは他の人が片づけてくれる可能性が高いでしょう。あなたはそれを放っておいていいのです。ハイテクが生活の邪魔になっていることを、私たちはしばしば話題にしますが、「これは自分にどう役立つだろう?」と自問すれば、すぐ返信する性質が自分の役に立っているのか、それとも、スモール・トラウマから目を逸らすために忙しくしているだけなのかが見えてきます。
そう自問することは、目標に追われる社会に生きる誰にとっても有益であり、完璧主義と先延ばしが自分のプラスになっていないことを教えてくれます。実のところ、このスモール・トラウマの症状は燃え尽き症候群につながりやすいので注意が必要です。
燃え尽き症候群の兆候
2019年、「燃え尽き症候群」が世界保健機関(WHO)の健康と病気のバイブルである「疾病及び関連保健問題の国際分類」に初めて記載されました。つまり、燃え尽き症候群はごく最近になって、ようやく公式に認められたのです。奇妙に思えるかもしれませんが、目に見えない病気にはよくあることです。 医学と実践の歩みは遅く、人々の経験に追いついていないのです。
燃え尽き症候群は、「健康状態に影響する因子」のカテゴリーに記載されていますが、それは決して誇張ではなく、私が診察した人の中には回復までに何年もかかった人や、関連するさまざまな健康問題を抱える人、仕事や人間関係や生活の基盤を失った人がいました。
WHOは燃え尽き症候群を職場のストレスと関連づけていますが、他にも、皆を幸せにしようとする、他人の期待に応えようとする、環境との相性が悪い、など、燃え尽き症候群の原因は無数にあります。したがって、深刻な健康問題が生じる前に、この症候群の兆候に気づくことが大切です。
燃え尽き症候群の兆候をチェック
次のことに思い当たるようなら、あなたは燃え尽き症候群への道を進んでいるかもしれません。
◎ ドタキャンする──しかも、その頻度が増えていく。
◎ どのタスクも理想通りに達成できたと思えなくて、自分を責める。
◎ 1日24時間では足りず、友人と過ごしたり、趣味や娯楽に費やしたりする時間はないと感じる。
◎ 常にマルチタスクの必要性を感じている──「一度に1つのことしかしない人などいるだろうか?」
◎ セルフケアに費やす時間はほとんどないか、まったくない──「セルフケアって何のこと?」
次に挙げる兆候が見られたら、すでに燃え尽き症候群になっているかもしれません。
◎ 怒りっぽくなり、大切な人や家族やペットに八つ当たりする。
◎ 以前は気にならなかったことに対して過敏になる──たとえば、広告を見て泣いたりする。
◎ 以前は完璧にこなせていた状況で、プレッシャーに圧倒され、対処できないと感じる。
◎ 部屋に入った理由を忘れる、短い時間も集中できない、くだらないテレビ番組を見ることさえ苦痛になるなど、認知機能に問題がある。
◎ 仕事のパフォーマンスが落ちている。
◎ よく眠れない──寝つきが悪い、夜中に目が覚めて眠れなくなる、のいずれか、または両方。
◎ ほぼ毎日、「神経が高ぶっているが、疲れている」と感じる。
◎ 疲れ果てて、消耗したと感じているが、心を休めることができない。
◎ ストレスに駆られて、あるいは上の空で飲食する。特に、ビスケット、パスタ、チョコレートなどの甘いものや炭水化物を多く含む食品を多く食べる。アルコールを飲む人は、夕食時にワインのボトルを空けたりする。
◎ 体重の変動(自分でわかるほど増えた、あるいは減った)。
(メグ・アロール : 臨床心理士・心理学者)