イーロン・マスクが「トランプ応援」に執着するワケ…「当選の見返り」のとんでもない内容

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イーロン・マスクは「大きすぎて」

今年のアメリカ大統領選はシリコンバレーにも大きな変化をもたらした。

2024年10月27日、観衆で沸くマディソン・スクエア・ガーデンにイーロン・マスクが現れた。その日開催された、ドナルド・トランプのラリーに参加し応援演説をするためだ。といっても、いつものマスク通り、その場ではしゃぐくらいで、彼がその時伝えたのは、とにかくトランプに投票しろ、今すぐ早期投票に行ってこい、そして周りの人に投票に行けと勧めろ、ということだった。

マスクは、7月に起こったトランプの暗殺未遂事件の直後、トランプの支持を表明し、マスクの組織したスーパーPAC(政治活動委員会)である「America PAC」に4500万ドルを寄付しトランプの支援活動を始めた。

マスクは、選挙戦の大詰めも大詰めで、アメリカ大統領選におけるジョーカーになった。場をかき乱す道化である。しかも、2016年に道化として政界に登場したトランプを引き合いにしながら道化をするのだからタチが悪い。

南アフリカ共和国生まれのマスクは大統領になれない。大統領の立候補資格として「アメリカ生まれのアメリカ国民」であることが必要だからだ。アメリカ国籍を持っているだけではダメなのだ。だから、オーストリア生まれのアーノルド・シュワルツネッガーは大統領選に立候補できなかったし、バラク・オバマはトランプからアメリカ生まれではないという理由で非難され続けた(いわゆる「バーサリズム」)。

そのため、マスクが今後、アメリカ政治に関わろうとしてもトランプのように大統領選に出馬することはできず、政治のステージを整えるフィクサーになるくらいしかない。ドイツ生まれのピーター・ティールがJDヴァンスを政治エージェントにしたように、マスクはトランプを自分用の政治エージェントにすると決めたようだ。アメリカの資源を使えるだけ使って、アメリカを超える世界を作ろうとする。ホワイトハウスを踏み台にして、火星に行ければそれでよい。NASAとの契約を盾に、紛争地帯でのインターネット接続を交渉材料にしてみせる。EVにせよ、宇宙開発にせよ、人工知能とBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)にせよ、他国なら政府が中心になって――少なくとも音頭を取って――開発する対象を一人の人物が占有し、国家政府に対する交渉力を確保する。

すでにワシントンDCでは、2008年のリーマンショックの際にビッグバンクについて言われた“Too Big to Fail”、すなわち、「破綻させるには(社会への影響が)大きすぎる」という形容がマスクに対して使われ始めている。マスクがときに「歩く地政学リスク」と言われるゆえんだ。SpaceXとNASAとの関わり、Starlinkとペンタゴンとの関わり、EV市場のリーダーとしての中国政府との関わり、など、「隠然」ならぬ「陽然」たる影響を、アメリカ政府に示している。マスクは、その政府側の窓口をトランプにしたいと考えた。

彼こそが「オクトーバー・サプライズ」

マスクは、生粋のMAGAリパブリカンというわけではない。ついこの間まで、トランプ支持ではなかった。当初マスクは、トランプではなく、フロリダ州知事のロン・デサンティスを共和党の大統領候補として支持していた。デサンティスの立候補表明が、マスクがホストするXのストリーミングでなされたことを記憶している人もいるかもしれない。さらに遡れば、4年前の2020年大統領選では、民主党のジョー・バイデンを支持していた。2016年大統領選でトランプの支持を表明したピーター・ティールと違って、マスクは、彼の経営スタイル通り、状況に応じながらも衝動的に支持対象を変えてきた。その意味では、トランプの暗殺未遂事件は、マスクの感情を強く刺激するだけの効果があったのだろう。子どものようにいまだにSF的なヒロイズムに惹かれるマスクらしい衝動といえる。もちろん、全く打算がないはずもなく、そこはテック界隈の住人らしく、特定のイデオロギーではなく、利得の計算、すなわち損得勘定をベースに判断してもいる。功利主義的なエンジニアらしい発想だ。

そのマスクが、表舞台に出て政治活動、いや、政治パフォーマンスに勤しむ。SpaceXやTeslaの経営に取り組むのと同じ熱量で、トランプのキャンペーンに加わった。

マスクのトランプ支援が本格したのが10月だったため、金に糸目をつけずにトランプの勝利のために動く彼の姿を見て、マスクこそが今年の大統領選の「オクトーバー・サプライズ」だ!と評する声も出てきた。「オクトーバー・サプライズ」とは、その名の通り「10月の驚愕」。大統領選の投票日がある11月の直前月である10月に起こる、選挙戦の流れを一気に変えるような大事件のことを指す。過去には、ハリケーンの襲来などが大きく取り上げられた。それが今年はイーロン・マスクだ、ということだ。

マスクは、トランプが7月に銃撃されたペンシルヴァニア州バトラーで再びラリーを開催した10月5日、会場に現れ、トランプとのツーショットを決めた。子どもがはしゃぐようにジャンプして腹を見せるマスクの姿は瞬く間に拡散した。その日以来、マスクは、持ち前の執拗さで、ペンシルヴァニアを始めとする激戦州7州での「投票促進活動」に加わるようになった。

ここでもマスクの行うことは物議を醸した。America PACを通じて、100万ドルの小切手が当たるキャンペーンを始めたからだ。具体的には、「言論の自由と武器を持つ権利を支持する請願書」なるものを用意し、この請願書に署名した中から無作為に選ばれた人に、投票日である11月5日まで毎日100万ドルを配るというものだ。ただし、署名者は、激戦州7州で選挙登録した有権者に限られる。

ひとつ補足しておくと、スーパーPAC(super political action committee:特別政治活動委員会)とは、アメリカの政治資金管理団体であるPAC(政治活動委員会)の一つ。2012年のシチズン・ユナイテッド訴訟で認められた新種のPACで、それまでのPACと違い、特定の候補者への支援ではなく、ある政治信条の主張に限定することで、候補者支援にはあった献金額の上限を外したものだ。先のマスクのAmerica PACなら憲法修正第1条と第2条の絶対擁護が、このスーパーPACが推す政治信条となる。もともとスーパーPACは、特定の候補者に限られない「政策」の主張のためにつくられたが、付随的にその政策に反対する候補者に対する批判も認められた。そのためスーパーPACは、事実上、ある政治家や候補者に対するネガティブキャンペーンを展開する母体となっている。

実は巧妙なキャンペーン

マスクの請願キャンペーンが巧妙なのは、表向きは署名者が共和党員として登録されていることを要求していないことだ。民主党登録者でも参加できる。だが、請願の中身として憲法修正第1条(=表現の自由)と第2条(=武装の自由)に焦点を当てることで、潜在的なMAGA賛同者にアピールしているのは明白だ。日頃マスクが所有するプラットフォームXで主張している原理主義的な「表現の自由」の保護の考えに賛同する者や、銃の所有に対して制約をつけられることを嫌う者なら、気分良く請願書にサインできる。両者を掛け合わせることで、今や絶滅危惧種扱いされる中道穏健派の共和党支持者も排除できる。

実質的に、この請願キャンペーンは、MAGAシンパではあるが選挙に行くのは面倒だと考えている怠惰なMAGAリパブリカンに、投票するための最低条件である選挙登録をさせることを目的としている。あとは彼らに実際に投票に行ってもらえればよい。もちろん、登録した人が全員、投票するとは限らない。それでも、潜在的な投票者を増やすことは、今年の大接戦の大統領選にとっては少しでも勝率を上げる努力の一つになる。

その一方で、このような射幸心を煽るプログラムに疑問が持たれないわけもない。有権者への投票に対するインセンティブの提供、という点で連邦の選挙法に抵触する疑いがあると、まずは連邦司法省が警告レターを送付した。だが、警告はあくまでも警告に過ぎないと捉え、請願プログラムを続けていたところ、今度は、ペンシルヴァニア州の「ロッタリー法」に違反しているという理由で、フィラデルフィアのローレンス・クラズナー地方検事(DA)から起訴され、速やかな差止めが請求された。だが、それでも選挙登録を促した事実は変わらない。10月に入って激戦州のほとんどで大接戦が続いている以上、その効果は無視できない。結局、DAの訴えは、投票日前日の11月4日の裁判でマスクたちの勝利で終わった。

「政府効率化省」の役職

それにしても、なぜここまでマスクはトランプにご執心なのか。

マスクは、冒頭で触れたマディソン・スクエア・ガーデンで、政府予算を2兆ドル削減する、と宣言していた。すでにトランプから、政府の効率性を見直す役職をもらう約束を取り付けているという。その組織名はマスクによるとThe Department of Government Efficiency、すなわち「政府効率化省」。だが、もっぱらマスクは略称の「DOGE」の方を使っている。マスクの言動に明るい人なら、この略称が、マスクの大好きなDogecoin(ドージコイン)から取ったものであることにすぐ気づくだろう。変顔をした柴犬がトレードマークのクリプトカレンシーである。

したがって、DOGE構想についても、ふざけているだけなのか、どこまで本気なのか、疑いたくもなるのだが、Twitterの買収後に、それまでのTwitterのシンボルであった「鳥」の代わりにDogecoinの柴犬を本当に使って、ユーザーの失笑を買ったことがあったのを思い出せば、政府の効率化のための大幅予算削減もマスクの頭の中では冗談ではないのかもしれない。ちなみに「省」というのは盛りすぎで、始めるにしても「委員会」の立ち上げくらいからのようだ。

マスクによれば、バイデン政権の予算規模は6兆5000億ドルというから2兆ドル削減とは、予算の3割を削ることを意味する。マスクの意図が単年度での削減なのか、それとも長期にわたる削減なのか、はわからないが、いずれにせよ、本当にそんなことがなされれば、アメリカ経済がひっくり返ると言われている。

トランプからは、火星への挑戦にもお墨付きを得られているというから、どこまで行ってもマスクは、自分の欲望に忠実だということだ。

かように今後は、マスクというジョーカーにもジャーナリズムは真顔で対処しなければならなくなりそうだ。そのせいか、マスクに対して、起業家としての最初期の活動が不法労働だったという報道や、NASAやペンタゴンと契約関係があるにもかかわらずロシアのプーチン大統領と何度も連絡をとっていたことを指摘する報道など、マスクを牽制する動きが早くも出始めている。

金で政治的賛同を買う時代

それでもマスクには、自前のメディアとしてのXもあり、世論の誘導という点で、今代のルパート・マードックのようなポジションを確保しつつある。即座に自分にとって都合の良いメッセージを世界中のフォロワーにばらまけるだけでなく、どのようなタイミングでどのような手段でばらまくか、までマスクの意のままにできる。

もっとも、メディアといえば、マスクの影に隠れて、もっと根深いところでテックと政治の関わり方をジリジリと変える動きも今年の大統領選では見られた。こちらのほうが、すでに現実なだけに看過しがたいかもしれない。

ワシントン・ポストとロサンゼルス・タイムズが、編集部門が予定していた「カマラ・ハリスのエンドース」を、オーナーであるビジネスマン、すなわちワシントン・ポストはジェフ・ベゾス、ロサンゼルス・タイムズはパトリック・スーン・シオンの意向で取りやめることになった。特にワシントン・ポストは、2017年からのトランプ時代を迎えてから“Democracy Dies in Darkness(民主主義は暗闇の中で死ぬ)”というモットーを掲げたことで、オンライン時代の経営的逆境に抵抗し、加入者を増やしてきただけに、ショックは大きかった。ポスト自身が「闇に屈した」ように見えた。カマラ支持の論説文を用意していた編集委員の数名が退職し、25万人の読者が即座に契約を解除した。

マスクだけでなくこのベゾスの振る舞いも含めて、プルートクラシーの陰がアメリカを覆いつつある。「プルートクラシー」とは、「金権政治」と訳されることが多いが、アメリカにおいては文字通り「富者支配」のほうが合っている。そこから派生して「プルート・ポピュリズム」という言葉もある。「富者のポピュリズム」、要するに金をばらまいて関心を直接買うポピュリズムで、マスクが、ペンシルヴァニアを皮切りに激戦州7州で始めた「100万ドルの小切手が毎日一人に当たる!」キャンペーンが、まさにど真ん中の事例を示した。富者の金で政治的賛同を買う時代。まさに「ディール!」。そもそもトランプの選挙資金の拠出者からして、富裕層に偏ったのが今年の大統領選だった。

エコノミストの上位互換に?

ここまで見てきたように、今年の場合、大統領選をきっかけにして、シリコンバレーの、テック界隈の将来ビジョンにズレや亀裂が生じた。最も目立ったのがイーロン・マスクだが、クリプト・ブロの動きも目についた。

シリコンバレーの右派は、規制によって会社内部のコンプライアンスを細かく求めてくる、進歩的なバイデノミクスに反抗して、それ以前の好き放題にできた新自由主義経済の維持を求めた。よくも悪くも「指図されない」「拘束されない」「報告を求められない」ようなピュアな「自由」を理想視する、ある種、単純で原理主義的な、いかにもテッキーな自由主義者たち。

ただし、そうした朴訥さのイメージを盾にして、わざとあえて原理原則に固執し、妥協の余地がないことを強調するところもある。マスクが、仰々しくも憲法修正第1条(表現の自由)と修正第2条(武器を所有する自由)を引き合いにするのがその典型だ。

多分、学生の頃から政治哲学や法哲学、文学に触れ、自らもそうした論文を執筆し公表してきたピーター・ティールならそんな単純な議論はしないだろう。ティールにはある、保守主義者特有の「憂鬱さ」がマスクには微塵も感じられない。このあたりの2人の違いは頭の片隅に置いておくのがよい。テック界隈のトランプ支持は、あくまでも反民主党から発している。ある意味、二大政党制が強いた選択だ。

だから、民主党の側にも変化の動きはある。政府主導のインフラ整備などの「巨大公共事業」の性格の強いバイデノミクスに対して、大統領候補としてバイデンを引き継いだカマラ・ハリスは「オポチュニティ・エコノミー」を唱え、アントレプレナーシップの礼賛へと、経済政策の基調を変えてきた。サンフランシスコが地盤のカマラ・ハリスらしい旋回といえる。もちろん、アントレプレナーシップには、シリコンバレー的なテック界隈のスタートアップも含まれる。小さく始めながら早期にスケールして巨大化する、という大成功の幻想を引き続き残そうとする。「希望」という空手形は、選挙戦に常に必要なアイテムのひとつだから。

シリコンバレーは、今年の大統領選を通じて、政治的影響力、政治的攻撃力を持つセクターに様変わりした。ウォール街同様、保守とリベラルが常に代理戦争を展開する場と化した。テクノロジーの政治化。文化戦争も、テクノロジーとタッグを組むことで、従来のアイデンティティ・ポリティクスから離れ、徐々にシステムの実装戦争へと変貌し、とたんにきな臭くなってきた。

テクノロジーを誰が握るかによって社会のあり方は容易に変わり、富の行き着く先も変化する。そのダイナミクスにアメリカ政治も飲み込まれつつある。マスクはその先鋒として名乗り出たにすぎない。テクノロジーが政治の舵取りに影響を与える流れは今回だけで終わるとは思われない。90年代に富が流れ込んだウォール街が政治を左右するようになったのと同じことが、情報社会化の拠点であるシリコンバレーで起こりつつある。クリプト・ブロがウォール街をも飲み込もうとするのなら、シリコンバレーはウォール街の上位互換として、アメリカの統治機構の手綱を握ることになる。統治システムの祭祀についても、エコノミストの上位互換としてテクノロジストが台頭するのもそう遠くないことなのかもしれない。イーロン・マスクは、その点でも、次代を切り開いたジョーカーとして記憶されることになるのだろうか?

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