「やる気がないなら身売りしてくれ」 西武、中日を買収できる“救世主”はどの企業か
広告媒体として魅力
今年のペナントレースで、球団史上初の3年連続最下位に終わった中日ドラゴンズと、こちらも球団史上ワーストの91敗を喫してダントツ最下位に終わった埼玉西武ライオンズ。屈辱を味わった2チームのように、球団が低迷期に陥ると「やる気がないなら身売りしてくれ」という声もファンからは生まれてくる。だが過去の事例を分析してみると、資金力と情熱を備えた“救世主”はそう簡単には現れない。【大宮高史/ライター】
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西武・中日とも親会社含めて球団の懐事情は寒い。今年の所属選手総年俸は、西武は12球団中9位、中日も8位である。西武は主力選手のFA移籍を止められず、中日も外国人やFA選手獲得のためのマネーゲームには及び腰だ。
ホークス(南海からダイエー)やベイスターズ(TBSからDeNA)のように、身売りによって球団体質が改善され、復活する事例があるのだから身売りは確かに選択肢ではある。ライオンズも過去には、西武鉄道が福岡から球団を買い取ったことで黄金期を築いた。しかし、そもそも球団を保有したいという企業が現れなければ始まらない。球史を紐解くと、球団買収に乗り出す企業にはこんな共通点がある。
・新興の業界、企業である
・経営者がいわゆるサラリーマン社長ではなく、創業者やそれに近いオーナー的存在
・まだ一般的な知名度が広がっていない
親会社にとってプロ野球球団は、これ以上ない広告塔になる。鉄道会社であれば沿線の球場に集客し、食品会社ならば球団を持つだけで自社の商品をPRできる。逆に言えば、すでに一般消費者に浸透しきった大手企業が、NPBへの預かり保証金だけで25億円を要する球団経営に、リスクを冒して乗り出すメリットは多くない。
この観点で最も成功したケースは、阪急ブレーブスを1988年に買い取ったオリックスだろう。当時は社名もオリエント・リースといい、社名もリースという社業の知名度も経済界の外ではゼロに等しかった。ほとんどの野球ファンはブレーブスの身売りで初めて社名を知り「一体なんの会社?」と面食らった。同社は翌1989年に社名をオリックスに変更。保険・金融・不動産などにも進出して総合サービス業を手がけるオリックスグループに成長した。
もともと創業25周年の1989年に社名をオリックスに変更することが決まっており、阪急ブレーブス売却の噂を聞きつけて知名度アップのために買収に踏み切ったと、オリックス初代オーナーの宮内義彦氏は述懐している。上り調子の企業が球団を保有することでブランド力も上がるのは、21世紀のソフトバンク、楽天、DeNAにもあてはまる。
アクの強い経営者
今年からウエスタンリーグ、イースタンリーグに加入したくふうハヤテベンチャーズ静岡と、オイシックス新潟アルビレックスも同様。前者の親会社のハヤテグループは資産運用ファンドが本業、後者のスポンサーのオイシックスは食材宅配を手がけている。ベンチャー企業にとっては、プロ野球は広告媒体としてまだまだ魅力的だ。
また、1970年前後にヤクルト・ロッテ・日本ハムと食品業界から立て続けに3社が球界に参入した。この3社とも、オーナー系企業かつ食品業界では新興という共通点がある。
ヤクルトは創業者ではないが松園尚巳・直巳の両氏が戦後にヤクルトレディによる販売システムを立ち上げるなどして全国展開に成功、球団でも2人が長らくオーナーを務めた。
ロッテは重光武雄氏がチューインガム販売をきっかけに1948年に創業し、ガムやチョコレートを主力商品にして急成長した。ロッテグループ、球団ともに現在まで重光家が重役に就いているし、同業の江崎グリコや明治製菓が大正時代の創業なのに比べればお菓子メーカーとしては後発のグループでもある。
大社義規氏が1942年に徳島で創業した日本ハムグループでは、野球好きの同氏が1973 年にファイターズを買収してオーナーに。創業は徳島で本社は大阪だが、球団の本拠地は東京から北海道へと移り変わった。
いずれも、企業の成長期に舵取りをした個性の強いトップが、球団保有に乗り出し、長くオーナーを務めた。アクの強い経営者でなければ、やはりプロ野球球団を保有し続けることは難しい。同じ通信業界でも、国営企業由来のKDDIやNTTドコモではなく、ソフトバンクや楽天が球界に参入できた所以でもある。
こういった事情を考慮すると、俗にJTCとも称される古い体質の大手企業や業界、具体的にはインフラ系や重厚長大な製造業、あるいは財閥系の老舗がリスクの大きい球団経営に乗り出す必然性はない。例えば中日が低迷するとファンから愚痴めいて「身売り先候補」になるトヨタ自動車もその典型。すでに絶大な知名度を持ち、サッカークラブ(名古屋グランパス)も傘下に持っている同社が、これ以上“道楽息子”を増やしても足手まといになるだけだ。日本ハムとファイターズの関係のように地元企業である必然性はないが、東海地方が製造業の強い土地柄であることも身売りの可能性を低くしていよう。
かつてのオリックスなどがそうであったように、今後球界参入を試みる企業が出るとしたら、耳なじみの薄い新興企業となるだろう。親会社の消極ぶりに忸怩たる思いがあっても、「白馬の騎士」は身近にはいない。だからこそ、今運営を担っている各球団のスタッフにはファンに恥じない球団経営を望みたい。
デイリー新潮編集部