松屋やすき家など、牛丼チェーンでも広がりつつある深夜料金(価格)。消費者からは不満の声も出ていますが、それだけ牛丼チェーンが社会のインフラになっているということなのかもしれません(筆者撮影)

飲み会の帰り道に小腹がすいて、ちょっと牛丼屋にでも寄ろうかな、と思った。

近所の松屋は24時間営業で、いつでも私を迎え入れてくれる。タブレットで「牛めし並」を選んで注文しようとしたら、なぜか画面が最初に戻ってしまう。あれ?と思ってもう一度注文しなおすと、驚いた。さっきよりも、牛めしの値段が高いのである。妙に変だと思い、もう一度注文し直すのだが、何度押しても価格は高いまま。

ふと時計を見ると、22時ちょうど。そのとき、気づいてしまった。
これ、深夜料金だ。

人件費高騰で行われた松屋の深夜料金

牛丼チェーン大手の松屋を運営する松屋フーズホールディングスは、2024年7月から一都六県の松屋と松のや(併設店のマイカリー食堂を含む)で、深夜料金を取り入れている。22時から翌朝5時までの注文で、各メニュー7%前後の値上げを行うのだ。

たとえば、通常430円の牛めしが、460円になる。券売機での注文が22時を越すと、もう一度最初からの画面になってしまう。

【画像8枚】22時を超えると牛めしが「430円→460円」に。大盛りだともっと上がる、松屋の深夜料金はこんな感じ

同社によれば深夜料金導入の原因は人件費の高騰。労働基準法によって深夜労働は通常賃金に25%以上の上乗せをしなければいけない。

同社は24時間営業店舗を軸に展開しているので、これが大きな負担になる。それを踏まえての深夜料金導入なのである。


一部の店舗では、夜遅くに行くと「深夜22時〜5時の注文に対して深夜料金を頂戴いたします。」の文字が表示されている(筆者撮影)


左が通常時の価格で、右が深夜料金の価格。7%程度の加算なので、特盛だと「790円→850円」と、高いメニューほど値上げ額も大きくなる(筆者撮影)

松屋が深夜料金に踏み切ったのは、同業他社であるすき家が2024年4月から深夜料金を取り入れたことも大きい。同社も松屋と同様、22時から翌5時まで通常料金に7%加算された料金でメニューを提供している。

同社の担当者によれば、今回の施策は一定の理解を得ており、客離れは進んでいないという。このような結果も踏まえ、松屋は深夜料金の設定を決定したのだろう。


すき家では現在、22時から翌5時まで通常料金に7%加算された料金でメニューを提供している(筆者撮影)

これによって、大手牛丼チェーンの中で深夜料金を導入していないのは、吉野家だけになった。

消費者的には「なんともいえない」気持ち

筆者は、こうした深夜料金の導入は仕方のないことだと思う。そもそもコロナ禍以後、夜に出歩くことが習慣として減っていて、多くの店が24時間営業をやめている。その中でも深夜に営業している店は、その存在だけでもありがたいからだ。

ただ、SNSなどを開くと、「消費者のホンネ」がじんわり浮かび上がってくる。そのまま引用することは憚られるから、いくつかの投稿のニュアンスをお伝えすると、

「いつもみたいに牛丼屋行ったら深夜料金取られて損した気分になった、いや、事情はわかるんだけど……」

「『すき家』好きなのに深夜料金だから、『きらい家』になっちゃうかも……280円で食べれてたときが懐かし過ぎる」

牛丼食べるときは22時前に店に駆け込むか、吉野家かなあ」

などなど、深夜料金への理解はありつつも、値上げに戸惑う投稿が多く見られた。また、深夜料金を行っていない吉野家に流れるような投稿も見られ、今後の牛丼チェーンの展開も気になるところではある。


左が通常料金に食べた牛めし、右が深夜料金で食べた牛めし。当然、味に違いはなかった(筆者撮影)

こうした反応を見るにつけ、私は牛丼チェーンがいかに「社会のインフラ」的な存在になってきたのかを、改めて感じている。

そもそも、牛丼チェーンの始まりと深夜営業は密接だった。

牛丼チェーンが日本で勃興したのは、1960年に新橋に1号店を開いたなんどき屋がきっかけだ。当時、ほとんど食べられなくなっていた「牛丼」に目をつけ、1967年の段階で12店舗まで店舗を増やしていた。


今も、新橋のディープなエリアにある「なんどき屋」。あくまで居酒屋だが、牛めしが一番人気だ。そもそも、居酒屋で24時間営業というのが珍しい(筆者撮影)

なんどき屋の店名は、「いつ何時(なんどき)でもやっている」ことから付けられていて、その名の通り「24時間営業」スタイルを初めて採用した。つまり、深夜営業のはじまりだった。

実は吉野家は、この「なんどき屋」の影響を受けていて、1972年に24時間営業を開始した。そのスタイルを後続の松屋やすき家も踏襲して、「牛丼の24時間営業」が一般化したのである(近食文化研究会『牛丼の戦前史』より)。

そこから「深夜営業」も一般的なものとして浸透していく。

単身者の食事を支えてきた牛丼

なんどき屋が24時間営業を開始した1960年は、地方から東京に向けて多数の若者が働きにくる「集団就職」がもっとも盛んな時期だった。

1964年の流行語は、そんな彼らを表現した「金の卵」。多数の若者が都市部に急激に集まってきた。

その多くは単身者で若者であり、金銭的にも決して恵まれていなかったし、夜遅くまで働くことも多かった。そんな彼らの受け皿として、「やすく」「はやく」「いつでもやっている」、なんどき屋が重宝されたのだ。

それに影響を受けた吉野家も、こうした都会に流入した単身の若者たちに大いにウケただろう。当初から、一般的な時間には食事を食べることができない人々のための「インフラ」的な側面が強かったのである。

その後も牛丼チェーンは、こうした単身者を中心として「社会のインフラ」の一つとして機能していく。特に単身世帯は、1960年の358万世帯(16.2%)から一貫して増加し続けており、2010年には日本全国の32.4%が単身世帯だといわれている。

集団就職の時代から一貫して、こうした単身者を受け入れる業態の需要は存在し続けてきたわけだ。

こうして「社会のインフラ」としての牛丼屋はどんどん広がっていく。

1973年に吉野家がフランチャイズチェーンをはじめてから、すき家、松屋、なか卵などが続き、全国どこでも牛丼が食べられるようになった。当初は都心店を中心とする展開だったが、徐々にファミリー層も取り込みながら郊外店も生まれてくる。現在も牛丼屋全体の数は微増を続けている。こうした展開を経ながら、牛丼屋は「社会のインフラ」的なポジションを保ってきたといえるだろう。

実は近年では、牛丼チェーン各社も「社会のインフラ」であることを意識的に押し出している。

すき家を運営するゼンショーホールディングスは「食のインフラ」として店舗営業を行うことをホームページで述べている。あるいは吉野家も2020年にファミリーセットを開始する際、「人々の生活に寄り添い、“牛丼”という日常食を提供する社会インフラとして可能な限り食事を提供することが、吉野家が果たすべき役割だと考えております」と述べたのだ。

企業側もこうしたことを意識するぐらい、「24時間営業している牛丼屋」は私たちにとって「慣れた」ものになってきた。ある意味、牛丼の深夜料金設定は、公共料金の値上げのようにさえ、受け取られているのではないか。

牛丼屋は生活に馴染みすぎた?

牛丼屋がいかに日本人の意識に染み付いているかは、2010年代からネットスラングとして使われる「チー牛」という言葉にも表れている。これは、「牛丼屋でチーズ牛丼を食べてそうな男性」のことで、「オタク」「ネクラ」「陰キャ」を表す隠語。

実は、同じような属性の男性を表す言葉は世界各国にあるが、日本ではそれに「牛丼」の名前が冠されているのだ。例えば、韓国語では「淘汰男」というらしい。こうした単語に牛丼屋で扱われるメニューが登場するぐらい、日本人にとって牛丼屋が浸透しているのだ。

水道や電気が通っていることを意識しないのと同じように、私たちは知らず知らずのうちに24時間やっている牛丼屋を「ふつう」のものとして捉えている。

しかし、当然のことだが、社会が移り変わるとともに、24時間営業の弊害も出てくる。すき家で話題になった「ワンオペ」の弊害など、その歪みが徐々に明るみに出てきたのだ。

というより、そもそも深夜営業が前提になっている状況に無理があったともいえるかもしれない。

深夜料金の設定もそうだが、こうした状況に対応して各社がいろいろな戦略を取っているのが現在の状況だ。


すき家では現在、一部の店舗にて、店内飲食でもプラスチックや紙の容器で提供されている。人件費の削減や、働きやすさ向上による人材確保などが狙いで、通っていても一定の成果が出ているように感じる(筆者撮影)

「ディストピア容器」として有名になったすき家のプラスチック容器は、従業員の人々の皿洗いの手間を省くために導入されたもので、各社こうした「インフラ」を持続していくためにさまざまな施策を行っている。

牛丼屋24時間営業はいつまで続くのか?

あまりにも私たちは牛丼屋が24時間やっていることに慣れすぎてしまって、それが少しでも変化しようものなら戸惑ってしまうのだ。それが、前述したようなSNSの声に表れている。


コロナ禍に一度は廃止された深夜営業だが、2023年3月から徐々に復活していった。とは言え、24時間ではなく、2時などで閉まる店も多く、24時間営業がなくなっていく流れは変わらなさそうな印象だ(筆者撮影)

同じレストラン業態で24時間営業をしている場所といえば、ファミリーレストランだが、こちらも「24時間営業」は普通のものではなくなっている。


2020年にはファミリーレストラン大手のすかいらーくグループが24時間営業を全廃した。2023年には一部店舗で再開されたものの、全体的な流れとして、24時間営業がなくなっていくのは確かな流れである。

牛丼屋も、現在では「インフラ」を維持する方向で対策が取られているが、24時間営業でなくなるのも時間の問題なのかもしれない。

それがいつになるか、まだわからないが、ひとまず24時間営業を続けてくれている各社に感謝しながら牛丼にありつきたいものだと思うのだった。

(谷頭 和希 : チェーンストア研究家・ライター)