イスラエルの攻撃で破壊されたレバノン・ベイルートのダヒヤ地区。同地区はヒズボラの拠点とされる。ヒズボラの指導者だったナスララ氏のポスターが見える(写真・2024年10月2日撮影、Houssam Shbaro/Anadolu via Getty Images)

ハマスの奇襲テロによって始まったハマス・イスラエル戦争から、間もなく1年が経つ。ハマスに拉致されたままの人質は今も101人いる。

2024年9月12日、イスラエル国防軍(IDF)が、ガザ地区内のハマス最後の拠点とされるラフィアフを制圧したと宣言したが、人質は今もガザのどこかに監禁されたままだ(人質のうち約3分の1はすでに死亡していると推定されている)。

目まぐるしく変化する戦局

ここに来て、戦局は目まぐるしく変化している。2024年10月1日、イランはイスラエルに対して180発以上の弾道ミサイルを撃ち込んだ(イランは極超音速ミサイル「ファタ」を使用したと公表しているが、真偽は不明)。イスラエルのミサイル防衛システムに加え、地中海に展開するアメリカ軍のミサイル駆逐艦2隻が協力し、大半は迎撃された。

イスラエルの発表によると、今回の攻撃による死者は1人。犠牲になったのは、エリコに滞在中のガザ出身の男性だった。ミサイルが直撃したのか、迎撃された破片に当たったのかは明らかになっていないが、イランの攻撃でガザ市民が殺されるとは皮肉としか言いようがない。

攻撃の最中、イスラエルでは1800回以上のアラートが鳴った。アプリの画面を見るとわかるとおり(次ページ画像)、イスラエルの中央部から北部にかけてほぼすべてが攻撃対象になっている。イランがイスラエルを直接攻撃したのは、2024年4月14日以来、今回で2回目となる。

攻撃の直後、イラン・イスラム革命防衛隊は「ハニヤ、ナスララ暗殺への報復として、我々はシオニスト政体を攻撃した。イスラエルが反撃するなら、より壊滅的な報復を受けることになるだろう」と声明を発表した。

4月にイランがイスラエルを初めて攻撃した際は、シリアのイラン大使館敷地内で、イラン・イスラム革命防衛隊の幹部が殺害されたことへの報復だった(「ガザめぐりイスラエルとイランが戦い合う理由」参照)。

イランはイスラエルとの全面戦争を望んでいないというが、直線最短距離で1000キロメートル以上離れたイスラエルに対して2度目の直接攻撃に踏み切ったのである。

イスラエルを取り巻くここ2カ月ほどの主な動きを時系列に整理したい。


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イスラエルでイランによる空襲に警報が鳴ったことを示すアプリ。1800回以上鳴り響いた

2024年7月30日、IDFはレバノンの首都ベイルートを空爆し、ヒズボラの最高幹部フアド・シュクルを暗殺したと発表した。シュクルはヒズボラ創設メンバーの1人で、ヒズボラの最高指導者ナスララの側近だった。戦争が勃発してから、ハマスを側面支援するという名目で、レバノン南部からイスラエルへの攻撃を指示してきた人物である。

翌7月31日、ハマスの最高幹部イスマイル・ハニヤがイランの首都テヘランで暗殺された。イランのペゼシュキアン新大統領の就任式に出席するため、テヘラン滞在中のことだった。

ハニヤ暗殺に関してイスラエルは沈黙を貫いているが、ピンポイントでハニヤとその側近だけが殺害されたことを見ても、何らかの攻撃に巻き込まれたわけでないことは確かである。イランにとっては首都テヘランで堂々と「来賓」を暗殺されたわけで、面子をつぶされる形になった。

イスラエルの諜報活動が浸透

ハマスは「他国からイランに向けて発射されたミサイルによって暗殺された」と声明を発表したが、部屋に仕掛けられていた爆弾が爆発したという説もある。

いずれにしても、これが仮にイスラエルの諜報機関による暗殺だったとすれば、ハニヤの動向は完全に掌握されていたことになる。つまり、テヘランのかなり中枢にまで諜報活動が浸透していたということである。

イランのペゼシュキアン大統領は、ハニヤ暗殺について「明らかな国際法違反だ」とし、イスラエルに対して「犯罪の報いは確実に受ける」と報復を宣言した。その一方で、「イランは地域の紛争や危機を拡大するつもりはない」とも述べた。

8月6日、ハマスはハニヤの後継としてヤヒヤ・シンワルを組織のトップに任命したと発表。シンワルは、2023年10月7日のテロ計画を首謀した人物として、イスラエルの最重要指名手配者となっている。

戦争が始まってから1度も表舞台に姿を現しておらず、今もガザトンネルのどこかに身を潜めていると見られている。

2023年11月下旬、人質解放交渉によって解放されたイスラエル人の証言によると、解放の直前にシンワルが姿を見せ、流暢なヘブライ語で挨拶したという。

シンワルは1988年にイスラエル兵殺害などの罪で終身刑を言い渡され収監されていたが、2011年に人質・囚人交換で釈放され、ハマス幹部として活動を再開した。シンワルは23年におよぶ獄中生活でヘブライ語を修得している。

イランはイスラエルに対する報復攻撃を宣言していたが、目立った動きもなく時が過ぎていった。

8月25日、ヒズボラによる大規模攻撃の兆候を察知したイスラエルは、ヒズボラの拠点を先制攻撃。準備を整えていた数千に及ぶミサイル発射ポイントをIDFが破壊した。

ヒズボラによるイスラエル攻撃

ヒズボラは2023年10月8日から、イスラエルに対して計9000発を超えるミサイル攻撃を続けており、6万人超のイスラエル北部住民は今も避難を余儀なくされている。イスラエルは、北部の安全を取り戻すための攻撃と声明を出した。

9月17日、ヒズボラメンバーの所持するポケットベルが一斉に爆発。少なくとも34人が死亡、約4000人が負傷した。翌日には同じくヒズボラメンバーの所持するトランシーバーが爆発し、少なくとも25人が死亡、600人以上が負傷した。

ヒズボラやレバノン政府などはイスラエルのテロとして非難したが、イスラエルは公式にコメントしていない。

9月27日、IDFはベイルート南部のダヒヤ地区にあるヒズボラの中央本部を空爆。これにより、ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララが死亡した。

9月30日、IDFはレバノン南部で地上作戦を開始。イスラエル国境沿いの村々に点在するヒズボラの拠点を叩くのが目的である。そして翌10月1日、イランはイスラエルへの直接攻撃に出た。

イランの攻撃に対してイスラエルのネタニヤフ首相は、「イランは大きな過ちを犯した。代償を払うことになる」と報復を宣言している。イスラエルは必ずイランを攻撃すると見られるが、当然のことながら規模や時期は不明である。

イランの核施設をターゲットにするとの意見もあるが、恐らくそれはないだろう。全面戦争に発展する可能性が一気に高まるからである。

イスラエルはどの方面とも全面戦争を望んではいない。「鉄の剣」と命名されたこの度の戦争の目的は、拉致された人々の奪還、ハマスの壊滅、そしてテロ脅威の排除である。

ここで見落としてならないのは、10月1日、イランからの攻撃とほぼ同じタイミングで、テルアビブのヤッフォで銃撃・刺殺テロが発生したことである。2人のテロリストが7人を殺害、17人を負傷させた。

10月3日、ハマスとカッサム旅団が、イランの攻撃に合わせた襲撃だったと声明を発表した。

西岸地区でも見られるテロ集団の動き

イランの支援を得て、ガザ地区のハマスだけではなく、西岸地区でもテロ集団が蠢(うごめ)き出している。中東報道研究機関MEMRIは8月中旬、次のような記事を掲載した。

この2年間、西岸地区北部を発端とするテロの脅威は着実に増大している。ハマス、イスラム聖戦、ファタハの軍事部門アルアクサ殉教者旅団が、西岸地区北部で、それぞれ陣地構築を進めるとともに、協力体制を固めつつある。これにより、パレスチナ自治政府(PA)はこの地域における統制力を失い、統治体制が崩れつつある。武装テロ集団はイランの支援を受けてインフラ作りを進めつつあり、2023年10月7日にイスラエル南部でハマスが行った攻撃と同様の攻撃を実行する意思さえ表明している。(MEMRI Special Dispatch No.11507)

イスラエルでは10月3日、ユダヤ暦5785年の新年を迎えた。10月12日は最も神聖なヨムキプール(贖罪日)、10月17〜23日はスコット(仮庵祭)、そして10月24日にはシムハット・トーラー(モーセ五書を1年かけて読み終わる喜びの祭り)と祭日が続く。

2023年10月7日、ハマスのテロ攻撃があったのはこのシムハット・トーラーの祭日だった(ユダヤ暦は太陰太陽暦なので、西暦とのズレが生じる)。

筆者は10月のお祭り期間に惨事が起きないことを祈っている。イランを筆頭に、自ら「抵抗の枢軸」と名乗るレバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派、そしてガザ地区のハマスに加えて西岸地区のあらゆるテロ組織と、イスラエルは何正面もの対テロ戦争を強いられている。圧倒的な軍事力を誇るイランやヒズボラだけではなく、西岸の動きにも要注意である。

(谷内 意咲 : ミルトス代表)