日立が「イノトランス2024」に出展した高速列車「フレッチャロッサ・ミッレ」の前であいさつするイタリア鉄道旅客部門(トレニタリア)CEOのルイージ・コッラーディ氏(撮影:橋爪智之)

世界最大の鉄道総合見本市「イノトランス」。鉄道メーカーにとって、2年に1回行われるこの見本市は、全世界の人に自社の最新製品をお披露目する絶好の機会となる。そして会場で最も注目を集める花形は、やはり鉄道の主役たる車両である。

ヨーロッパの鉄道市場へ進出し、これまで多くの実績を残してきた日立製作所および日立レールも、9月に開催された「イノトランス2024」に車両を持ち込んだ。

「フレッチャロッサ・ミッレ(1000)」――2015年にデビューしたこの車両は、今やイタリアを代表する高速列車の主力となり、フランスやスペインにも活躍の場を広げている。しかしデビューからすでに9年、開発を始めた2010年からは15年を迎えようとしている。

なぜ、開発から10年以上経過した車両を今さら展示会場へ持ち込んだのだろうか。

2015年デビューの高速列車

理由を語る前に、まずフレッチャロッサ・ミッレについて簡単におさらいをしておこう。この車両の開発が始まったのは2010年。1990年代から運行している初代「フレッチャロッサ」ETR500型の後継車両としてイタリア鉄道が入札を行い、選ばれたのはボンバルディアとアンサルドブレダ(いずれも当時)の連合チームだった。

【写真】日立が2024年の「イノトランス」に展示した高速列車「フレッチャロッサ・ミッレ」。真っ赤な外観やイタリアンデザインの内装、従来車と違うのはどこ?

鉄道部門本社をドイツに構えていたボンバルディアは、欧州向け高速列車プラットフォーム「ゼフィーロ300」をこの新しい高速列車に採用、車体デザインを含めた製造をイタリアの老舗アンサルドブレダが担う「独伊連合」で、この入札を勝ち取った。

ところが間もなく、アンサルドブレダの親会社フィンメカニカは、鉄道部門の業績悪化で同社の売却を決定。数社による競合の末、売却先に選ばれたのは日立だった。アンサルドブレダは日立レールとして再出発することになり、新型車のプロジェクトは「ボンバルディア+日立」という形に変わったのだ。

紆余曲折あったものの、2015年にデビューしたフレッチャロッサ・ミッレは当時の最新技術を詰め込み、カーデザインで知られるベルトーネによる車体デザインも相まって大好評となった。今ではイタリア都市間輸送に欠かせない存在となり、2021年にはフランス、2022年にはスペインへと運行網が拡大し、そのたびに追加発注されている。


日立が「イノトランス2024」に展示した高速列車「フレッチャロッサ・ミッレ」(撮影:橋爪智之)

外観は同じでも中身は大変化

今回展示された車両は、ドイツ方面への直通運転を開始するための準備として、2023年11月8日にトレニタリアと契約を交わした8両編成30本(追加オプションとして+10本)で、足回りと内装に大幅な変更を加えたビッグ・マイナーチェンジ版として誕生したものだ。この増備によって、フレッチャロッサ・ミッレは8両編成90本以上の大所帯に成長した。

誕生からずっと「ボンバルディア+日立」という形で製造が続けられてきたが、ボンバルディアはアルストムへ吸収合併され、ゼフィーロ300プラットフォームは日立へ譲渡されることが決定。今回発表された新型からは日立が単独のサプライヤーとなり、製造銘板も従来のボンバルディアなどの社名が入ったものから「Hitachi Rail STS S.p.A.」という表記に改められている。

技術面で具体的に変わった点としては、従来の車両では旧ボンバルディア由来だった主電動機とパワーユニットを日立で再設計したことが挙げられる。これによってより高いエネルギー効率を実現しており、さらにこの変更に合わせて台車や列車制御監視システムも新しくなっている。


台車とパワーユニットは新規設計されている(撮影:橋爪智之)


製造銘板は「日立レールSTS」に表記が改められた(撮影:橋爪智之)

これらの変更点に日本の技術を取り入れたのかが気になるところだが、技術的な部分は完全に日立製となったものの、技術開発および製造そのものはすべてイタリアで行ったという。「日本ブランドのイタリア製」というわけだ。

そして最大のポイントは、AIを活用したデジタルプラットフォーム「HMAX(エイチマックス)」の搭載を可能としたことだ。

HMAXは、日立が今回のイノトランスで発表した最も注目される技術の1つだ。半導体大手のNVIDIA(エヌビディア)との協力によるもので、架線、線路などのインフラや車両の状態を記録、AIを活用してほぼリアルタイムで処理し、工場や保線現場へ送信。故障や不具合の発生を未然に防ぐことにつなげる。

架線の状態をチェックするカメラや台車の振動などを記録するセンサーなどはすでに実装しており、前段階の運用が行われている。現在は、記録した情報を工場へ持ち帰って処理しているが、HMAXが搭載されれば、その場で情報が解析され、処理速度が飛躍的に向上することになる。

内装も変わり、最上級のエグゼクティブクラスは座席数を大幅に増やし、シートや照明などのデザインも新しくなった。デザインは日立社内で行っているが、イタリアの著名なデザイン会社、ジウジアーロ・アルキテットゥーラ(GIUGIARO ARCHITETTURA)の工業デザイナーからサポートも入っているという。エグゼクティブクラスではケータリングサービスの内容も一新する予定となっている。


座席数が大幅に増えデザインも変更された最上級の「エグゼクティブ」(撮影:橋爪智之)


新しくなったビジネス(1等)の車内(撮影:橋爪智之)

完全な「新型」登場の可能性は?

外観デザインは従来とほぼ同じながら、技術面を中心に中身は大きく変わった今回のフレッチャロッサ・ミッレ。だが、完全な新型ではないマイナーチェンジ車両であることは確かだ。今後、フルモデルチェンジされた新型車両が登場する可能性はあるのだろうか。

日立製作所執行役専務で、鉄道ビジネスユニットCEOのジュゼッペ・マリノ氏は、「(外見以外の)中身は完全に新しくなっており、今回発表したこの車両こそがニュージェネレーション(第2世代)の車両だ」と前置きをしつつ、「しかしもちろん、われわれはこれからも歩みを止めることなく進化を続け、来るべき未来へ向けて仕事を進めていく」と語った。


日立の鉄道ビジネスユニットCEO、ジュゼッペ・マリノ氏(撮影:橋爪智之)

では、顧客であるイタリア鉄道は日立製車両に満足しているのだろうか。そして、今後の日立との関係性についてはどう考えているのだろうか。

イタリア鉄道旅客部門・トレニタリアのCEO兼マネージングディレクターであるルイージ・コッラーディ氏に、まずフランス、スペインそしてドイツへの参入が完了した後の未来について尋ねると、「それはとても難しい質問で、夢ばかりを語るわけにもいかない。現在は計画されている仕事に集中しなければならないが、他の国へ進出するという夢は持っている」との答えだった。


展示された「フレッチャロッサ・ミッレ」の前であいさつするトレニタリアCEOのルイージ・コッラーディ氏(撮影:橋爪智之)

もし他国進出によってさらに追加の車両が必要になった場合、日立との関係性、パートナーシップを今後も継続していく考えなのだろうか。

コッラーディ氏は、「だからこそ、今私たちは(最新世代となった車両の発表という)この場にいる」と述べ、「われわれの戦略は全体に統一された車両を使うことで、それはイタリアだけではなく、(同社が今後進出を考えている)他国でも同様だ。この車両は全ヨーロッパで運行ができる規格で製造されており(※現在、すでに7カ国で認可を取得済み)、われわれの考える戦略を達成するために日立とのパートナーシップは絶対必要だ」と力説した。

「あらゆる高速列車と比べてベスト」

そして、日立製車両に満足しているかとの問いについては、「もちろんだ。快適性、信頼性、スピード、美しいイタリアン・デザイン、すべてにおいて高次元にバランスの取れた、世界中のあらゆる高速鉄道車両と比較してもベストな車両だ」と語った。


インタビューに答えるルイージ・コッラーディ氏(撮影:橋爪智之)

今、イタリアで公共交通を利用すると、鉄道のみならず地下鉄やトラムなど、あらゆる場所で「HITACHI」の文字を見かける。今後も進化を止めることなく実績を積み重ねていけば、イタリア、そしてヨーロッパの鉄道市場での日立ブランドの存在と立場はより盤石なものとなるだろう。


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(橋爪 智之 : 欧州鉄道フォトライター)