「ハンバーガー大学」での教育は、店舗スタッフの育成にとどまらない(写真:shima-risu/PIXTA)

バブル崩壊後から約35年を経た現在でも、いまだその傷跡が癒えることのない日本。そんな日本経済が抱える課題を解決するためには、現在の日本の社会・経済・企業文化(経営方法や労働環境など)が抱えている問題点を明らかにする必要があると、株式会社KUREYON代表取締役の中澤一雄氏は指摘します。

45年の長きにわたり外資系企業を渡り歩いた中澤氏が体験してきた、マクドナルド社の「フランチャイズ戦略」と「徹底した教育システム」が浮き彫りにする、日本企業に足りない「文化」とは。

※本稿は、中澤氏の著書『ディズニーとマクドナルドに学んだ最強のマネジメント』から、一部を抜粋・編集してお届けします。

名だたる経営者が名乗りを上げた「日本マクドナルド」

日本においてマクドナルドをフランチャイズ展開する日本マクドナルドを創業したのは、藤田田氏です。藤田氏は、アメリカでマクドナルドがものすごい人気になっているのを目の当たりにし、この流れは必ず日本にもやってくると予見していました。

折しも海外進出を目指していたマクドナルド本社には、ダイエー創業者の中内㓛氏をはじめ日本の名だたる経営者や企業が、マクドナルドのフランチャイズ展開をさせてほしいと接触していました。

ところが、もともと東京大学卒でGHQの通訳として働いた経験があり、国際感覚に優れ、英語に堪能だった藤田氏を、マクドナルドの創業者であるレイ・クロックは最終的に選んだのです。その理由は、どんな大企業よりも、無名であってもマクドナルドのために専業で全力を注いでくれる人に任せたかったからだということでした。

1971年の日本マクドナルドの創業以来、マクドナルドは日本でもフランチャイズを拡大し続け、2023年12月期で直営店舗数878、フランチャイズ店舗数2104の合計2982もの店舗を経営するまでになりました。

ところで、みなさんはマクドナルドのことを「外食産業」だというふうに認識していますでしょうか?

アメリカには、NYダウと呼ばれる株式指数があります。アメリカの株式市場に上場しているアメリカ有数の企業30社の株式を集めた指数で、通称「ダウ」「ダウ平均」などと呼ばれています。マクドナルドは、このNYダウの30銘柄に選ばれているのですが、どんな業種の企業として登録されていると思いますか?

実は「外食産業」ではなく「不動産業」で登録

実は、マクドナルドは不動産業で登録されているのです。それはなぜか。理由は、マクドナルドのフランチャイズ・ビジネスのやり方にあります。

現在、アメリカには1万2000店舗ほどのマクドナルドのドライブスルーが存在していますが、それらの土地・建物はすべてアメリカのマクドナルド本社が所有しています。

アメリカ本社の場合は、80〜90%の店舗がフランチャイジーによる運営で、残りが直営店舗というところまで、フランチャイジーの比率が上がってきています。

そのため、アメリカ本社の売上の大部分を握っているフランチャイジーが、本社の指示をあまり聞かなかったり、いつ行ってもマクドナルドの理念とはほど遠い不潔な店舗を運営していたりした場合、売上が急減してしまうことになります。

そこで、アメリカ本社はこう考えました。フランチャイジーが運営する店舗の土地・建物は、本社がすべて所有してフランチャイジーに貸すことにし、何か問題があればすぐにキックアウトして別のフランチャイジーと契約を結べるようにすればいい、と。

このようなわけで、マクドナルド本社は無数の不動産を所有しており、それをフランチャイジーに貸すという業態を取っているため、NYダウには「不動産業」として登録されているのです。

このマクドナルドのやり方は実によく考えられていて、店舗オーナーに土地を借りさせたり、所有させたりする日本流のやり方とは一線を画していると思います。ちなみに、私が勤めていた日本マクドナルドでは、日本の土地・建物がアメリカに比べて高いため、アメリカ本社とは少し違う方式を採りました。

まず、日本マクドナルドが土地のオーナーと賃貸借契約をします。そして、土地のオーナーはその保証金で建物を建て、その建物を日本マクドナルドに貸します。さらに、その建物を日本マクドナルドがフランチャイジーにサブリースするという方式なのです。

これなら、アメリカ本社と同じくフランチャイジーに問題があったらすぐにキックアウトすることができます。

この本社が不動産を握るというフランチャイズ経営こそが、マクドナルドの強みだったのです。

「教育の徹底」こそが、マクドナルドの強み

フランチャイズ・ビジネスを世界規模で展開し成功したマクドナルドの強みは、その独自のフランチャイズ運営方法にとどまりません。

フランチャイジーを増やし、なおかつどの店舗においても同じクオリティのサービス・商品を提供するために欠かせないものがあります。それは、マニュアルです。マクドナルドと言えばマニュアルを思い浮かべる人も多いのではないかと思いますが、それくらいマクドナルドでは徹底したマニュアル教育を行っているのです。

マクドナルドのマニュアルでは、すべてのメニュー製造と提供過程が8つのポジションに細分化され、製造業務・清掃業務・サービス業務に至るまで約2万5000にも及ぶ項目が記されています。

このマニュアルはCDP(クルー・ディベロップメント・プログラム=クルーの教育計画)と呼ばれ、分厚い完璧な内容のマニュアルになっています。現在では、デジタルCDPという、タブレット端末を使ってクルーを教育するツールも使われています。

私が日本マクドナルドに入社した当時、日本マクドナルドにもすでに詳細なオペレーションマニュアルが存在しており、それに従って教育を受けました。

入社して1週間ほどは、当時代々木にあったオリンピック村の施設で集合研修を受け、その後は御茶の水にあったマクドナルドの教育機関「ハンバーガー大学」(のちに詳しく説明します)で、BOC(ベーシック・オペレーション・コース)を勉強しました。その後は、店舗での研修を受けました。

ちなみに、あなたは「オペレーション」という言葉の意味を正しく理解していますか?

オペレーションとは、きちんとしたマニュアルが存在している状況で、そのマニュアルの内容を100%遂行することができる運営能力のことを言います。

完璧なマニュアルと、それを実行するオペレーション。この両輪ががっちりと嚙み合うことで、マクドナルドではどの店舗においても同じ高品質のサービスと商品をお客様に提供することができるのです。

多くの方は、マクドナルドの分厚い完璧なマニュアルを見たことがないでしょうから、あまりピンとこないかもしれませんが、はっきり言ってあのような精緻なマニュアルは日本人には作れないと思います。

なぜなら、日本人は「ゼロからイチを生み出す」のが苦手だからです。マニュアルと聞くと、単なる手順書だろうと軽く見ている人も多いかもしれませんが、マクドナルドの店舗運営における混乱をなくし、誰もが完璧なオペレーションができるようなマニュアルを作れと言われたら、それがどれほど大変な作業になるか、想像できるでしょうか。

マクドナルド本社では、マニュアルを作るための専用の研究所(ラボ)があるくらいなのです。そのラボで実際の店舗と同じサイズの店舗を作って、どの動き方、どの動線が最も効率的かを、あらゆる角度から動画を撮影して、それを検証するという方法で日々研究しているのです。

効率性を追求するために、マクドナルドはそこまでやるのです。

マニュアルはあくまでも「指針」に過ぎない

ちなみに、マクドナルドでは完璧なマニュアルを使って徹底したクルー教育を行っていますが、店舗運営のすべてがマニュアルによって規定されているわけではありません。マニュアルはあくまでも、現場の混乱をなくし、誰でも同じ高品質のサービス・商品を提供できるようにするものであり、いわば「指針」のようなものです。

マクドナルドの店舗では、店長は自分で売上目標を設定し、その目標を達成するための資材の発注、クルーの給与、店舗改装をはじめとする維持コストの捻出などをコストコントロールして経営者として利益を出さなければなりません。

要するに、マクドナルドではマニュアルを重視しているものの、そこで働いている人々はマニュアルに縛られた「マニュアル人間」になっているわけではないということです。マニュアルはあくまでも「指針」に過ぎず、日々の経営に関する「決断」は店長に一任されているからです。

もちろん、ハンバーガーの作り方や、マックフライポテトの作り方に関して、店長の裁量が入り込む余地はありませんが、店舗運営における、特に経費や人事のコントロールに関しては、店長の裁量に任されているのです。

さて、こうしたマクドナルドにおける徹底した教育は、先ほど少し触れたように、「ハンバーガー大学」という機関で行われています。

「ハンバーガー大学」が育むリーダーシップ

ハンバーガー大学とは、マクドナルドが運営する全日制トレーニングセンターのこと。初めて設立されたのは、1961年のことでした。設立当初は、「ハンバーガー大学」という名称があまりにも大げさに聞こえたためか、揶揄されることもあったようです。


ところが、アメリカの有名雑誌「ライフ」の記者がハンバーガー大学を直接取材し、その内実が明らかになると、全米の人々はマクドナルドがいかにハンバーガー作りに対し、真剣に取り組んでいるかを知って衝撃を受けたそうです。

ハンバーガー大学のカリキュラムは、まず、ポテトやパティなどの食材に関する知識を得ること、ハンバーガー、マックフライポテト、マックシェイクなどの全商品の知識を得ること、店舗のフロアスペース、厨房設備、調理機器の構造と使用方法を知ること、マクドナルドの経営理念、実践的なストア・オペレーションに至るまで、ハンバーガー作りに携わる人間が知っておかなければならないあらゆる知識と技術が網羅されています。

しかも、ハンバーガー大学では、最新の教育理論や手法が用いられており、単なるマクドナルドの店舗で働くスタッフを育成するというだけでなく、生涯にわたって有益となる「リーダーシップ」を学ぶことができます。スタッフに求められる能力だけでなく、マネジメント能力も身につけることができるのです。

マクドナルドの店舗で働く社員全員がハンバーガー大学で学ばなければならないという規定になっています。それほど、マクドナルドでは社員教育に力を入れているのです。

(中澤 一雄 : 株式会社KUREYON代表取締役)