日本のEV市場が「失われた5年」になる強い懸念
シャープが「SHARP Tech-Day 24」で世界初公開した、EVコンセプトモデル「LDK+」の実車(筆者撮影)
「EVシフト」は、これからどうなっていくのか?
その問いに対して、「短期的には踊り場だが、中・長期的には確実に進む」という見方をする人が、自動車産業界には少なくない。
直近では、経済安全保障推進法によって、EV向けバッテリー製造に対し、政府から日本の自動車メーカー各社に手厚い補助金の支給が決まった。これによって、日本にとってのEVシフトに向けた地盤固めが進む。
ところが、欧州では今、EVシフト減速の流れが鮮明化している。
ベンツ「市場環境がまだ整っていない」
これまでEVシフトの牽引役だった、欧州グリーンディール政策の政策パッケージ「Fit for 55」については、「2035年までに欧州域内で乗用車新車100%ZEV(ゼロ・エミッション)化」という法案整備が宙に浮いた状態になっているからだ。
欧州連合(EU) がいうZEVとは、BEV(バッテリー駆動の電気自動車)とFCEV(燃料電池車)だが、ドイツが合成燃料を使う内燃機関(エンジン車、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車)の併存も認めるよう求めている。
日本でも販売されるメルセデス・ベンツのプラグインハイブリッド「C350eスポーツ」(写真:メルセデス・ベンツ日本)
その影響は欧州の自動車メーカー各社に広がっており、直近ではスウェーデンのボルボが、現地時間の9月4日、これまで掲げていた「2030年までに新車100%EV化」という目標を事実上、撤回したことがニュースとなった。
また、ドイツのメルセデス・ベンツも今年2月、これまで掲げてきた「市場環境が整えば、2030年までに新たに導入する新車は100%EV化する」という方針において、「市場環境がまだ整っていない」との解釈を示している。
あわせて、アメリカではテスラについて、「新しい技術を先取りするアーリーアダプターの需要が一巡した」という見解が経済界に広まったり、フォードやGM(ゼネラル・モーターズ)がEVシフトの方針を修正し、アメリカで需要が高まっているハイブリッド車の重要性に注目し始めたりしている。
こうしたグローバルで変化が起こる中、日本では8月上旬に一部報道で「トヨタがサプライヤーに対してEV生産台数の中期目標の下方修正を知らせた」という情報が流れた。ただし、これについて、トヨタから正式なコメントやプレスリリースはない。
一方で、EV市場に対する新たなチャレンジャーとして注目されるのが、日本の大手家電メーカー、シャープだ。
ハイエース級サイズに「リビングルームの拡張空間」
シャープは、「SHARP Tech-day」(2024年9月17日〜18日、東京国際フォーラム)で、EVのコンセプトモデル「LDK+(エルディーケープラス)」を初公開した。
ボディサイズは「ハイエース級」だという「LDK+」の外観(写真:シャープ)
車体や電動機器を含むEVプラットフォームは、シャープの親会社である台湾の鴻海(ホンハイ)科技集団(Foxconn)がすでに公開している「Model C」がベース。ボディ形状は、スライドドア式のミニバンで、シャープ関係者によると寸法は「ハイエース級」だという。
開発コンセプトは「リビングルームの拡張空間」。LDK(リビング・ダイニング・キッチン)にプラス(拡張)という発想だ。
「LDK+」のインテリアは名前の通りリビングルームのよう(写真:シャープ)
シャープは、今年5月14日に公表した「2023年度決算及び 中期経営方針」の中で、2025年から2027年を再成長期として位置付けた。Foxconnとのさらなる連携を深めることで、AI(人工知能)、次世代通信、そしてEVを将来事業の3本柱とする方針を打ち出している。
電気・IT業界では、ほかにもソニーとホンダが2020年後半を目指して次世代EVの量産準備を進めるなど、中・長期的な視野でEVに注力する姿勢を示しているところだ。
では、EV市場の“現状”は数字のうえでどうなっているのか。詳しく見ていこう。
オーストリアの自動車関連機器大手の日本法人であるAVL(エイヴィエル)ジャパンが、9月4日に早稲田大学と協力する社会連携講座「自動車用パワートレイン開発プロセスおよび開発手法シンポジウム2024」で取り上げたデータを紹介したい。
自動車用パワートレイン開発プロセスおよび開発手法シンポジウム2024の様子(筆者撮影)
それによるとグローバルでは、2024年7月の乗用車市場におけるEV割合は14.4%。若干の増減は見られるものの、過去3年間でみると「おおむね横ばい」の状況だという。
地域別では、中国が23.6%ともっとも割合が多く、次いで欧州が11.1%、アメリカが8.5%と続き、日本は1.3%にとどまる。
PHEVが支える中国、大統領選で未知数のアメリカ
中国では、EVを含めた新エネルギー車(NEV)と呼ぶ次世代車が売れており、この中にはEV、プラグインハイブリッド車、さらにEV機能を主体として内燃機関を発電機として使うレンジエクステンダーが含まれる。
中国地場メーカーが製造するプラグインハイブリッド車とレンジエクステンダーの価格競争力は高まっており、中国国内のEV市場を下支えしている状況だ。
気になる欧州では、前述の「Fit for 55」に関連したEV・FCEVの導入義務化法案の施行時期や内容について、「先行き不透明」という見解が示されている。
ドイツのEV割合は、2023年の18.5%から2024年は12.5%へと下落した。これは、政府からの新車購入補助金の段階的な減額による影響が大きい。
筆者が以前、試乗したメルセデス・ベンツのEV「EQA」(筆者撮影)
一方、ノルウェーは、2023年の82.4%からさらに伸びて、2024年は85.6%に達した。有料道路や公営駐車場など、日常生活の中での「EV優先」の施策が奏功している。
アメリカについては、バイデン政権でのインフレ抑制法(IRA)に対して自動車メーカー各社が事業の適合化を急ぐと同時に、大統領選挙の結果次第で「自動車産業関連施策が大きく転換するリスクがある」との分析だ。
では、自動車産業界全体としての見方はどうか。
自動車メーカーの業界団体である日本自動車工業会(自工会)が9月19日に実施した定例会見の際、筆者は「EVシフトに対する認識と今後の方針」について聞いた。
自工会を代表して回答した、同副会長で本田技研工業・代表取締役の三部敏宏氏は、「乗用EV市場(の伸び)が鈍化している」と現状を表現。そのうえで、各国のEVに関する補助金の実施や内容の変更などによって、当面の間は「(EV需要の)浮き沈みがあるが、(市場全体としての)流れは変わらない」とした。
2024年9月19日に行われた日本自動車工業会の定例会見(筆者撮影)
また、自工会としては「2050年(のカーボンニュートラル)を目指して、あらゆる技術によるマルチパスウェイで臨むスタンスは変わらない」とこれまでの基本方針の維持を明言した。
自工会では今、自工会そのものの改革と、自動車産業界の課題解決に向けた構造改革をともなう施策を推し進めているところだ。
「自動車産業のカタチ」はそれでいいのか?
そうした踏み込んだ議論を経たうえでの、国や地域における社会情勢を加味した「マルチパスウェイを主体とした方針は揺るがない」という自工会としての視点は、十分に理解できる。
しかし、その視点は「従来の自動車産業」のカタチから大きく変わらない。
“本格的なEVシフト”に必要なのは、新車というハードウェアの製造・販売・2次流通といった「EVありき」や「インフラの兼ね合いも重要」といった視点ではなく、「社会体系ありき」や「エネルギーの有効活用ありき」を起点とした「自動車からモビリティへ」という“産業構造の再定義”ではないだろうか。
充電インフラがあるかどうかではなく、社会の中で「エネルギーをどのように使っていくか」が求められる(筆者撮影)
自工会は、あくまでも製造者による業界団体であり、販売や修理などを担うディーラーをはじめとした“地域社会に直結する事業者”との意識上の距離が、まだ残っている印象がある。自動車メーカーの事業形態が「製造・卸売販売」に特化した、いわゆる「製販分離」だからだ。
過去10年間を振り返ると、コネクテッド/自動運転/シェアリングなどの新サービス・電動化(CASE)や、モビリティ・アズ・ア・サービス(MaaS)といった、欧州発の新しい考え方が日本自動車産業界にも急激に広まった。
これを、一般的には「100年に一度の自動車産業変革」と呼んできた。
CASEは、メルセデス・ベンツを発祥として広まった言葉だが、果たしてこれからは…(写真:Mercedes-Benz)
だが、EVシフトの浮き沈みで実証されたように、実際には欧米中の政治的な思惑とそれにまつわる投資が大きく影響している。日本自動車産業界は、それに翻弄されているような印象が強い。
また、社会変化に応じた「製販分離」を抜本的に見直すような具体的な動きも事実上、生まれていない。
そうした中、日本政府は自動車産業界と連携して「モビリティDX(デジタル・トランスフォーメーション)」という表現を使い、2030〜2035年に向けた日本の自動車/モビリティ産業の勝ち筋を模索している。
足元では、2024年10月15〜18日に幕張メッセで開催される「Japan Mobility Show Bizweek 2024」で、自動車産業界とベンチャー企業との化学反応を支援する舞台を準備している。
2020年代後半を「失われた5年間」にしないために
EVシフトは、単なる“クルマの電動化”ではなく、地域社会におけるユニバーサル・エネルギーである“電気を活用する社会変革”だと、筆者は認識している。
いま、EVシフトはたしかに踊り場であるが、ここから中・長期的な伸びが始まるという流れではない。社会変革をともなう急激な変化が、世界のどこかを起点に一気に始まるのではないだろうか。
2030〜2035年の勝ち筋という、自動車産業界と日本政府による市場の先読みは、結果的に童話「うさぎと亀」の「うさぎ」になりかねない。
2030年代に入って過去を振り返ったとき、2020年代半ばから後半を「失われた5年間」と称さないためにも、自動車産業界はモビリティ産業界に向けた思い切った意識改革が必要だ。
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なお、自工会は10月2日、「令和7年度税制改正・予算要望の概要、及び自動車税制抜本見直しの改革案」を発表した。
この中で、車体課税については、所得時の課税は消費税に1本化。現在の環境性能割は、廃止を要望。保有時では、重量をベースに課税標準を統一。環境性能に応じた増減の仕組みでCO2削減を目指すとした。
EVの場合、航続距離を長くするには搭載する電池容量を増やす必要があり、車重が上がる。そのため、保有時での税金も上がる方向だが、その中でCO2削減への貢献度をどう描くのか。
また、今回の改革案に向けて、バリューチェーン全体としてのモビリティ産業への変革についても強調している。現在の「生産〜新車売り切り型」という事業体系をメーカーとして考え直す準備が、税制の抜本見直しをトリガーとして加速しそうだ。
(桃田 健史 : ジャーナリスト)