中田英寿は「大発見だった」 時代の先駆者…元クラブ幹部が感動した「真のプロ」姿【インタビュー】
元ペルージャ幹部のリッカルド・ガウチ氏を直撃、古巣や中田英寿について言及
元日本代表MF中田英寿氏が在籍したイタリアのペルージャで名物会長として知られたルチアーノ・ガウチ氏の息子であるリッカルド・ガウチ氏は、かつてペルージャの幹部としてクラブを支え、現在はASDアッシジ・カルチョの会長を務めている。
そんなリッカルド・ガウチ氏を直撃取材。古巣ペルージャや中田氏について語り、「中田はクラブにとって、とても重要な人物だったんだ」と明かしている。(取材=倉石千種)
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ペルージャ(現在セリエC=イタリア3部)は変わるべき時が来たのだと思うよ(2012年から会長を務めたイタリア人のマッシミリアーノ・サントパードレ氏に代わり、24年9月からアルゼンチン出身のハビエル・ファローニ氏が会長就任)。これまでどこか重たい空気があったから、サポーターやペルージャの人々のためにも、新鮮な空気が必要だったと思う。
中田英寿がいたセリエA時代のペルージャ(1998年〜2000年在籍)と今とでは、まったくチーム状況が違うね。経済的にもサッカーを取り巻く環境は大きく変わった。テレビ放映権の影響もあり、経営のバランスは非常に難しかった。ユベントス、インテル、ACミランなどのビッグクラブは、ペルージャのような小さなクラブの10倍や15倍も収入を得ていた。中田英寿のようにまだ知られていない優秀な選手を探し出し、価値を高めることで当時のペルージャは成功していた。今はサッカークラブが多国籍経営になり様変わりしたと思う。
今振り返っても、中田は大発見だったよ。非常に能力の高い選手だったし、普通という枠に収まる選手ではなかった。
今でこそクリスティアーノ・ロナウド(アル・ナスル)やパウロ・ディバラ(ASローマ)のような超一流のビッグネームは、自分たちのサイトを持ったり、SNSで自ら直接ファンに語ることが当たり前の時代になった。そうした情報発信の点においても、中田は時代の先駆者だった。
中田は世界トップレベルの技術があっただけではなく、肉体や食事のケアにも細心の注意を払い、どの選手よりも常に30分や1時間早く来て準備し、最後にピッチをあとにするような徹底ぶりだった。そうした姿勢に私は感動したし、まさに真のプロだった。クラブにとって、とても重要な人物だったんだ。
一番感動したのは、中田がトッレ・アルフィーナのお城でペルージャ入団記者会見をした時だった。記者陣がものすごく多くて、場所を埋め尽くしていたのが印象深い。まるで天皇陛下が来たかのようだった。そして中田本人はと言えば、謙遜な心を持ち、チームやチームメイト、クラブやみんなのために全力を尽くす犠牲的精神も兼ね備えていた。慎みを持った最高の人物だったよ。(倉石千種 / Chigusa Kuraishi)