老いた自分と対面「老化アプリ」想定外の利用価値
老いた自分を体験できるVRや老化アプリも各種ある(写真:ほんかお/PIXTA)
「10年後、20年後の自分はどうなっているか?」と、考えたことはないだろうか?
「できることなら知りたい」と思う人や、まったく想像がつかないという人もいるだろう。実際、今の自分の写真を老いた自分の姿に加工してくれるアプリはすでにたくさん出回っている。
驚くべきは未来の自分と対面すると、「衝動買いをやめる」「お金を貯める」「食べすぎない」といった「今すぐできる好ましい行動」につながるというのだ。
未来をありありと想像するだけで、今の自分をよい方向に変えられる――。その理由について、全米でベストセラーになっている『THINK FUTURE 「未来」から逆算する生き方』著者のハル・ハーシュフィールド氏は、未来の自分との絆を実感できるからだと語る。
仮想現実の世界で対面する「私」
「未来の自分」と話せるとしたら、何と話しかけるだろうか。その結果、何が起こるのだろうか?
願わくば、未来の自分との出会いが、暗澹たるものでないことを祈っているし、有益であってほしいとも思う。しかしその結果、実際にあなたの生活が変わることはあるのだろうか。
この疑問に答えるため、私は数年前からあるプロジェクトに取り組んでいる。必要なのはカメラとライト、近未来的なデザインのゴーグルだ。
被験者にゴーグルを装着させ、さまざまな仮想現実(VR、バーチャルリアリティー)の空間に送り込む。そして、バーチャルミラーを通して白髪としわだらけの、老いた自分と対面させる実験だ。
もし仮想現実の世界で未来の自分と出会い、話ができたら、未来の自分に対してより強い絆を感じるのではないか。それをきっかけに彼らとの関係性が深まれば、未来の自分のために貯金をしたり、健康的な食生活を送ったりと、現在の生活を改善できるのではないか。私はそう考えた。
バーチャルリアリティーで未来の自分と出会ったくらいで、「現在の自分の生活が改善されるのか?」と思う人もいるだろう。私には、そう思える理由があった。
ここで北カリフォルニアの大学生、アンモル・バイドの話をしよう。パンデミックに突入してからの1年間、彼の食生活は惨憺たるものだった。
自分の老けた顔を見た若者の非行が減少
なにしろほとんど毎日シナモン味のシリアルとチキンサンドウィッチしか食べていなかった。この怠惰な食生活があだとなり、彼は13キロ近く太ってしまった。従来のダイエットで減量を試みたものの、効果が出ない。そこで彼が目をつけたのが私たちの研究だった。
彼が私にくれたメールによると、研究についての話を読んで、新たな戦略を立てたのだという。それは、未来の自分の理想的な容姿をオンラインツールで入手することだった。
バイドは自分の食欲にブレーキをかけるため、その画像を浴室の鏡と冷蔵庫のドアに貼った。「アイスクリームが食べたくて、キッチンのある1階に降りると、その画像が目に入るので、しぶしぶ自室に戻った」そうである。彼はその画像の容姿に近づくために低カロリーの食事や有酸素運動、ウェイトリフティングをこなし、その結果、体重を大幅に減らすことができた。
バイドの体験には、科学的な裏づけがある。研究者のサラ・ラポソとスタンフォード大学のローラ・カーステンセン教授の研究によると、老け顔に加工した自分の画像を見た成人は、画像を見ていない成人に比べて、運動量が増えたという。
この老け顔の画像は、道徳的な分野にも効果があった。私と同僚が研究室で作成したゲームで遊んでいた者は、自分の老け顔のカラー画像を見た後、ゲームで不正をするチャンスがあっても真面目にゲームに取り組むようになった。実際にフェイスブックで40代の自分の画像を1週間にわたって見続けた高校生は、その週に非行に走る確率がわずかながら減ったという結果も出ている。
これらの道徳的な行動に関する研究については、サンプル数が少なく、その効果も比較的緩やかなものだった。道徳的な行動を起こす要因にはさまざまな要素が絡んでおり、未来の自分の画像はパズルの1ピースにすぎない。それでも重要なピースである可能性はある。
未来をイメージさせると計画性が高まる
オランダの犯罪心理学者で私の共同研究者でもあるジャン・ルイ・ヴァン・ヘルターは、有罪判決を受けた犯罪者に老け顔の画像を見せる取り組みを行った。その結果、仮釈放に移行しても自滅的な行動(飲酒や薬物使用など)は減少が、暫定的ではあるが、確認されている。
「未来の自分」を可視化することで、人は自分自身をよい方向に変えられる。その内容も貯蓄から道徳的な行動、健康的な生活まで多岐にわたる。
未来の自分との対面は、小さな子どもにも影響を与えるようだ。就学前の子どもに未来の自分自身(といっても1日後だが)についてのイメージを思い描いてもらい、それについて説明させたところ、計画性が高まったという結果が出ている。
具体的には1泊の旅行に持参する持ち物について、適切な判断ができるようになったという。1泊旅行の計画は、豊かな老後生活への計画に比べれば単純なものだが、3歳や4歳の子どもの相手をした人ならおわかりのとおり、幼い子どもたちが将来の計画を立てるのは、大変なことだ。
こうした結果を受けて、大手企業も動き出した。メリルリンチは「フェイス・リタイアメント(Face Retirement)」というウェブサイトをつくった。
ユーザーが自身の顔写真をアップロードすると、60年後の老いた自分の顔写真が、そのころのガソリンの想定価格とともに表示される(そのころも化石燃料自動車を利用している可能性があるため)。同社は未来の自分について想像させることで、年金用の口座開設や掛金拠出のきっかけになると期待している。
だからといって画像は万能ではない。重要なのは老け顔の写真ではなく、その背景だ。
たとえば顔写真を変換するアプリ「FaceApp」は2019年の夏ごろから話題を呼び、インフルエンサー、さらには世界中のSNSユーザーが自分の顔写真を加工した結果、SNSが「老け顔」の投稿であふれた。自分の写真が瞬時に老人に変換されるため、同アプリは大きなトレンドになった。
自分を変えるにも、人はラクな道を選ぶ
だからといってそうした人々が、年金口座の掛け金を増やしたり、ドーナツをやめてサラダを食べたりするようになったのだろうか。
おそらくそんなことはないだろう。社会心理学者は「水はもっとも単純な経路を流れる」ということわざを好んで使うが、単純な道を好むのは人間も同様で、人は歩きやすい道を選ぶものだ。
自分の好ましくない行動(衝動買いをする、長期的な貯蓄ができない)を変えたいのなら、軌道修正のためのプロセスは簡単でなければならない。しかし老け顔アプリの画像は貯蓄のためのアプリや食事管理のプログラムなど、手軽に利用できるツールと連動していないので、行動を変えるのは難しい。
さらに重要なのは、こうした老け顔アプリは老いた自分を知る契機にはなっても、それ以上のものではないということだ。研究者ダニエル・バーテルズとオレグ・ウルミンスキーは、行動を変えるために認識すべき点が2つあると述べている。
1つは、年月が経てば誰でも未来の自分になること。そしてもう1つは、現在の自分の行動が未来の自分の人生を左右すること、である。
そうした認識が十分にできていれば、老け顔の画像は行動を変える助けになるはずだ。メガネが視力を調整し、人工内耳が聴覚を補助するように、老いた画像は想像力を刺激し、未来の自分を重要視するようになり、共感力を高めてくれる。
つまり、未来の自分をより身近に感じさせてくれるツールであり、脳内タイムトラベル力をアップさせるための1つの戦略といえるだろう。
(ハル・ハーシュフィールド : UCLAアンダーソン・スクール・オブ・マネジメント教授)