「リカーズハセガワ」の陳列棚にも全国の多彩なクラフトウイスキーが並んでいる

写真拡大 (全4枚)

【前後編の後編/前編を読む】「マッサン」放送から10年、ブームがジャパニーズウイスキーにもたらした影響は 市場に起きた大変化

 ジャパニーズウイスキーが国内外で人気となり、サントリー「山崎」「響」、ニッカウヰスキー「余市」などの年代ものを筆頭に、異常なまでの価格高騰が見られるようになって久しい。前編では、サントリーが仕掛けた2008年の“角ハイボール作戦”や、今年で放送10周年を迎えたNHK朝ドラ「マッサン」が牽引したジャパニーズウイスキーブームにまつわる市場の変化を取り上げた。後編では、世界における日本のウイスキーの評価や、全国に増えているクラフトウイスキー蒸留所の奮闘、生産現場が抱える課題にも着目し、ジャパニーズウイスキーの未来について考えていきたい。

「リカーズハセガワ」の陳列棚にも全国の多彩なクラフトウイスキーが並んでいる

【画像】3児の母になっていた!10年経つ今も変わらぬ美貌の「シャーロット・ケイト・フォックス」

 今回も、東京・中央区の酒販店「リカーズハセガワ本店」の店長かつ4代目マスター・オブ・ウイスキーであり、ウイスキースクールなどで講師も務める、倉島英昭さんにお話を伺った。

ジャパニーズウイスキーの国際的な評価と輸出額の変化からわかること

 国内でのウイスキー人気は高度経済成長期にぐっと高まり、1983年には国内消費量がピークを迎え、その後、減少の一途をたどりつつも、2008年頃からまた伸びに転じたことは、前編でも触れた。

 海外に目を移すと、ジャパニーズウイスキーが国際的に注目されるきっかけとなったのは、2001年に英国のウイスキー専門誌が初開催した「ベスト・オブ・べスト」(現ワールド・ウイスキー・アワード。通称:WWA)で、ニッカの「シングルカスク余市10年」が総合第1位を獲得したことだろう。国内では消費量が減少し“冬の時代”が続いていた中で、スコッチ、アメリカン、アイリッシュなど各国を抑え、ジャパニーズウイスキーが“世界最高峰”だと認められたことは、製造者や日本のウイスキーファンらに大きな勇気を与えた。

「リカーズハセガワ」店内の様子。最近品数が安定してきたジャパニーズウイスキーは店頭で試飲が出来るようになっている。味を見てから購入できる

「その後、2003年にインターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)で『山崎12年』が『金賞』に輝き、翌2004年には『響30年』が最高賞である『トロフィー』を受賞。2008年には『シングルモルト余市1987年』がWWAで『ワールド・ベスト・シングルモルトウイスキー』を獲得しています。2010年以降になると、『山崎』『響』『余市』『竹鶴』『白州』シリーズなどを筆頭に、日本ブランドが毎年、国際的なコンペティションの上位に名を連ねるように。どれも日本人ならではの繊細な感性を生かし、丁寧にブレンドして作られた、バランスと香りが絶妙な商品ばかりですから、世界中で評価されるのにも納得です」(倉島さん、以下同)

 ジャパニーズウイスキーの価値が高まっていくにつれて、輸出額も増加。2014年には約58.5億円だったが、2017年には約136億円、2021年は約461億円、そして2022年には過去最高の約560億円を記録し、前年比21%増という成長を遂げた。輸出先はアジアとアメリカ市場が上位を占めている。

リカーズハセガワ本店では、ジャパニーズシングルモルトウイスキー、ジャパニーズグレーンウイスキー、ジャパニーズブレンデッドウイスキー、ワールドブレンデッドウイスキーという札を製品ごとにつけ、一目でどんな製品かわかるようにしている

 大きな伸びを記録してきたジャパニーズウイスキーも、2023年の輸出額は約501億円(前年比マイナス約11%)と、18年ぶりに減少に転じた。最大の輸入国であった中国における景気の減速も一因とみられている。

今回の取材にご協力いただいた「リカーズハセガワ本店」店長の倉島英昭さん

「ついにブームが落ち着いてきたのかなと。ただ、これは悪い側面ばかりではないと思っているんです。ジャパニーズウイスキーは、品薄と価格高騰によって、人気銘柄の入荷・販売が困難な状況が続いていました。実は、今でも3日に1度くらいは『余市』などの在庫があるか問い合わせをいただいたりしますし、ホテルのコンシェルジュさんからも、毎日のように電話でさまざまなお問い合わせを受けるんです。“宿泊客が『山崎』や『響』を所望されているが、手に入らないか”とか。海外の方がわざわざ店頭にまで足を運んで、ジャパニーズウイスキーを求めてくれることもあります。その度に、本当に欲しがっている方々に商品を届けられないことを、非常に心苦しく感じていました。

 ですが、今年に入ってからは、今まで売り場に姿がなかった銘柄も、少しずつ並べられるようになってきました。私たちの店は試飲もしているので、実際に味わって納得したものを買っていただけるのはやっぱり嬉しいですね。もちろん、先ほど挙げた『余市』『山崎』『響』などは依然として流通が少なく、ご案内が難しい場合も多いのですが、『嘉之助』『静岡』『YUZA』『あかし』など、専門家たちも太鼓判を押すクラフトウイスキーのシリーズが、4000円、5000円〜1万5000円くらいまでの“適正価格”で販売できており、喜ばれています」

全国のクラフト蒸溜所が大健闘。今後のジャパニーズウイスキー界を支えるカギは

 現在のウイスキー市場を支えるクラフトウイスキーだが、この言葉が日本で使われ始めたのは、2013年以降だという。一般的にクラフトウイスキー蒸留所とは、自社で本格的な製造設備を持ち、その地域に根付いた独自のウイスキーを原酒から作る取り組みをしている蒸留所を指すが、もともとクラフトウイスキーのムーブメントは1960年代にアメリカ西海岸にて始まり、1980年代に本格化した。

 日本における小規模ウイスキー蒸留所の先駆者とも言えるのは、2007年に創業したベンチャーウイスキーの「秩父蒸溜所」だ。肥土伊知郎氏が立ち上げた同社は2008年2月に生産を開始し、同時期に始まったウイスキー消費増の気運に乗り、「イチローズモルト」などは短期間での急成長を見せた。この成功を受け、各社もクラフトウイスキー作りに向けて動き出し、それが表面化したのが2015年から2016年頃にかけてだそう。

「この時期に『ガイアフロー静岡蒸溜所』『安積蒸留所』『厚岸蒸溜留所』『マルス津貫蒸溜所』をはじめとするクラフトウイスキー蒸留所の誕生が相次ぎ、その後も年々増えています。日本のウイスキー蒸留所の数は、2015年には大手も含めて10か所ほどであったのに対し、2024年は計画中のものも含めると100か所以上と、約10倍もの広がりを見せているんです」
 
 クラフトウイスキーは、その土地ならではの水質や気候、風味を生かし、それぞれ個性的な仕上がりとなっているのが特徴だ。注目の蒸留所を、倉島さんのコメントと共にいくつかピックアップする。

【厚岸蒸溜所(北海道)】
 樋田恵一氏が、「アイラモルトのようなウイスキーを作りたい」という思いを胸に創業。アイラ島に似た冷涼で湿潤な気候をもち、牡蠣がとれる厚岸町にて2016年から生産を開始した。スコットランドの伝統的な製法を使い、スモーキーでピートの効いた独特の風味を持つウイスキーにはファンも多く、「厚岸」シリーズはISCを始めとする国際的なコンペティションで金賞を受賞。

「『厚岸』は問い合わせも多く、かなりの人気ですね。そのため入荷の際には抽選販売を行うのですが、webではなくハガキでの応募に限定しているにも関わらず、入荷数を大幅に上回る枚数が届きます。地産地消にこだわり、すべての原料を地元で賄うウイスキーを作ろうとしていて、今後の展開も楽しみです。個人的には、『秩父蒸溜所』とともに、ジャパニーズウイスキー界を引っ張っていく両巨頭となりうる存在なのではと思っています」

【江井ヶ嶋蒸留所(兵庫県)】
 清酒「神鷹」の醸造元として有名で、親会社・江井ヶ嶋の創業はなんと江戸時代の1679年。山梨県にワイナリーも持つ。代表ウイスキーとなる「あかし」は、蒸留所が明石海峡に面していることから名づけられた。近年のウイスキーブームで生産量を大きく増やし、シングルモルトの製造にも力を入れている。

「ここ数年の『あかし』は、とにかく味がよくなっていると感じます。決して派手ではない風味ですが、しっかりしていて味わい深い。以前に飲んだことがある方にも、改めて近年ものを飲んでみることをおすすめしたいですね」

【尾鈴山蒸留所(宮崎県)】
「百年の孤独」など焼酎を作る黒木本店が設立し、2019年にウイスキー作りを開始。自前の畑を持ち、そこで育てた「はるか二条」「はるしずく」などの大麦を原料に使っている。2023年には3年熟成の「OSUZU MALT」が発売され、好評を博した。

「OSUZU MALTはまだ若いですが、一度口にすると何杯も飲みたくなるような不思議な魔力があります(笑)。今後の展開が楽しみだし、熟成年数が短いウイスキーだからと言って飲まないのはもったいないことだと、改めて思わせてくれたウイスキーです」

【SAKURAO DISTILLERY(広島県)】
広島県が誇る世界遺産・宮島の対岸に位置し、2017年にオープンした。ウイスキーのほかにジンも製造し、広島産のレモンやユズ、ヒノキなどを使って蒸留。2023年に「ブレンデッドジャパニーズウイスキー戸河内」をリニューアルしたほか、代表ブランド「桜尾」シリーズも根強い人気を誇る。

「『戸河内』に、トンネルの中で熟成させた原酒を使う珍しい蒸留所です。トンネルの両入口から外気を取り入れるため、周囲の自然環境が生かされています。『桜尾』はバランスに優れ、旨味がしっかり凝縮されたような風味があり飲みやすく、シングルモルトが6000円台ほどとお手頃なので、お客様にもお勧めしやすいです」

【吉田電材蒸留所(新潟県)】
産業機器を手がける吉田電材工業が2022年から稼働させており、クラフト規模では日本初のグレーンウイスキー専門蒸留所である。仕込みには荒川の地下水を、原料には国産のデントコーンや大麦麦芽を使用。

「バーボンタイプのグレーンウイスキーを作っており、大きな期待をしています。私は、今後のジャパニーズウイスキー産業のカギを握るのは、まさにグレーンウイスキーだと考えているんです」

日本ならではのグレーンウイスキー、ブレンデッドウイスキーで市場を盛り上げてほしい

 そもそも、「グレーンウイスキー」とは何か。まず、世界敵な人気を誇るウイスキーに共通する要素として、蒸留酒であること/穀物を原料としていること/木製樽で貯蔵され、ある程度の期間、熟成されていること、の3つが挙げられる。その中で、モルト「大麦麦芽」のみを使って、ポットスチルと呼ばれる銅製の単式蒸留器で2〜3回蒸留したのが「モルトウイスキー」であり、一つの蒸留所のみで蒸留されたモルトウイスキーが、近年のウイスキーブームを牽引している「シングルモルトウイスキー」だ。

 対して、大麦以外の穀物も使用し、一般的に連続式の蒸留機を用いて蒸留、これを熟成したものを「グレーンウイスキー」と言う。連続式蒸留機では短時間で効率的にアルコールを濃縮するためコストが抑えやすく、また、原材料の風味が残りにくいため、クリアでライトな酒質に仕上がる。このグレーンウイスキーを、香味は芳醇であるが高価なモルトウイスキーとブレンドしたものが、「ブレンデッドウイスキー」にあたる。

「現在、グレーンウイスキーを製造しているのは、前出の吉田電材蒸留所やSAKURAO DISTILLERYのほかに、嘉之助蒸留所など。これらの蒸留所が主体となって、比較的安価で製造出来るグレーンウイスキーを増産していくのはもちろん、蒸留所間の枠を越えて原料を供給し合い、ピュアな“ジャパニーズ・ブレンデッドウイスキー”を生み出して欲しいなと思うんです。

 海外では、古くから蒸留所やオーナー会社間での原酒交換がなされていましたが、日本では取り組まれてこなかった。でも、前出の三郎丸蒸留所と滋賀県の長濱蒸留所が、2021年に、日本で初めて原酒交換によるブレンデッドウイスキーを製品化するなど、やっと革新的な動きが見られ始めています。諸外国と比べても高いブレンド技術を持つ日本だからこそ、繊細な感性が反映され、期待以上においしい商品も生み出せるはず。いま勢いのあるクラフトウイスキー蒸留所同士が積極的に交流しあって、数年後には、世界に誇れる新商品が店頭にたくさん並んでいる。そんな未来を想像せずにはいられません」

 ウイスキー造りには膨大な初期投資や準備期間がかかるため、昨今に始まった企画が実を結ぶのは、早くて数年後のこと。

「10年以上にわたって続いたジャパニーズウイスキーブームも、いったんは落ち着いてしまうかもしれません。でも、『マッサン』で描かれた日本人のウイスキー作りにかける情熱は、形を変えつつも、確実に現代にも受け継がれています。酒屋やバーテンダーは地道に勉強を重ね、“真にいいジャパニーズウイスキー”を売っていかねばと改めて思いますし、“伝統”と“革新”を融合させた、次世代のジャパニーズウイスキーが市場をさらに活性化していくことに、大いに期待しています」

 ***

 ちょうど10年前にスタートした朝ドラ「マッサン」。前編では、この10年間のジャパニーズウイスキーブームの光と影を紹介している。

(取材・文/篠宮明里)

倉島英昭(くらしま・ひであき)
東京駅八重洲地下街「リカーズハセガワ本店」店長。4代目マスター・オブ・ウイスキー。雑誌『ウイスキーガロア』テイスター、ウイスキーテイスティングクラブBLINDED BY FEAR ディレクター。また、ウイスキー文化研究所ウイスキースクールおよびカルチャースクール世界文化社セブンアカデミーウイスキーの講師も務める。

デイリー新潮編集部