『虎に翼』ロスの人におすすめ! 世界を深める「3冊」

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 ついに最終回を迎えたNHK連続テレビ小説『虎に翼』。日本初の女性弁護士で裁判官の一人である三淵嘉子さんがモデルのこのドラマには、戦争、女性差別、婚姻制度、性的マイノリティ…さまざまな視点が日々盛り込まれ、朝ドラを観る習慣のなかった人まで夢中にさせた。「ロス」を嘆く気持ちはとてもわかるが、せっかくならドラマが蒔いてくれた種をヒントに、本で世界を深めるのもおすすめだ。

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家庭裁判所設立はドラマ以上にゴタゴタだった! 『家庭裁判所物語』

 戦後、法曹界に復帰した主人公の佐田寅子(演:伊藤沙莉)が、上司・多岐川幸四郎(演:滝藤賢一)の情熱に振り回されながらも設立に奔走した「家庭裁判所」。課題が山積みの日々には毎朝ハラハラしたが、今振り返ると困難だが未来への希望に満ちていた。

『家庭裁判所物語』(清水聡/日本評論社)は、そんな家庭裁判所の歴史を振り返る一冊。多岐川のモデルで「家庭裁判所の父」といわれる宇田川潤四郎さんが、満州から戻って「街に溢れる浮浪児たち」に衝撃を受けることから始まるこの本には、設立当時のゴタゴタだけでなく、宇田川さんの情熱と決意がいかに強度のあるものだったのか、ドラマでは描ききれなかった「リアル」な姿が描かれている(ちなみに宇田川さんご本人が多岐川よりさらに濃いキャラだったことに驚くだろう)。

 ドラマの終盤には「少年法改正」もテーマとなったが、本書でも法務省と最高裁の激しいやり取りを克明に描き出し、「改正」がもたらす深刻な意味を教えてくれる。法を司るのはあくまでも「人間」であり、そこには熱い「信念」があることを知るのも大きな発見だろう。

日本国憲法の草稿作成に関わっていた、22歳のアメリカ人女性の自伝 『1945年のクリスマス』

 寅子が法律を学ぶきっかけになった衝撃的な言葉がある。それは「婚姻状態にある女性は無能力者」というもの。戦前、既婚女性は準禁治産者と同じく責任能力が制限されており、それを「無能力者」と言ったのだ。こんな差別が当たり前の社会を変えたのは、皮肉にも「敗戦」だった。「(基本的人権は)自分たちの手で手に入れたかった」と悔しがる寅子の友人・山田よね(演:土居志央梨)のセリフを覚えている方もいるだろう。

 さて、この「日本国憲法」の制定をGHQが主導したのはよく知られているが、特に24条で保証された男女同権について、草稿作成に22歳のアメリカ人女性が深く関わったのはご存じだろうか。その女性はベアテ・シロタ・ゴードンさん。自伝『1945年のクリスマス 日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝(朝日文庫)』(平岡磨紀子:構成・文/朝日新聞出版)には、長くトップシークレットだった憲法草案作成の日々が克明に綴られている。

 少女時代に長く日本に住んでいたベアテさんは、戦前の日本女性の被差別状況をよく知っており、「女性が幸せにならなければ、日本は平和にならない。男女平等はその大前提」と草案作成に全力で向かったという。日本が戦後に歩んできた道の原点を辿る上でも読んでおきたい一冊だ。

「総力戦研究所」の謎に迫る 『昭和16年夏の敗戦』

 寅子の再婚相手・星航一(演:岡田将生)が涙ながらに「総力戦研究所に所属していた」と過去を告白したシーンでは、「そんな組織があったのか」と初めて知った方も多く、X(旧Twitter)でも大きな話題になっていた。猪瀬直樹さんの『昭和16年夏の敗戦(中公文庫)』(中央公論新社)は、この「総力戦研究所」がいかなる組織だったのかを詳しく教えてくれる一冊。

 30代を中心としたエリート文官、武官、民間人を招集して作ったこの組織は、内閣直属で秘密裏に「アメリカと開戦したらどうなるか」と現実的なシミュレーションを行っていた。1期生の招集は開戦8カ月前の昭和16年4月で(航一のモデル・三淵乾太郎さんも1期生だ)、開戦前に「日本は負ける」との結論を出していたというから驚き。ただ開戦の気運がすでに高まっている中では結果は重んじられることなく開戦へ――こうした「データより空気」を重視する感覚は、今も日本社会に存在しているのが恐ろしい。

 ドラマの航一は「結果がわかっていたのに何もできなかった」と自分を責め続けていたが、この組織に関わっていたエリートたちは同じような戦後を生きたのかもしれない。

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 以上の3冊は、いずれも寅子のモデルとなった三淵嘉子さんを中心に書かれた本ではないが、あのドラマが描き出した「社会」を深く理解する上で助けになるのは間違いない。現代を生きる私たちは何を大切にしなければならないのか――歴史を知ることは、原点に立ち戻って考える力にもなる。

 寅子の「はて?」はもう聞けないけれど、今度は私たち自身が「はて?」と立ち止まる番。さまざまな知識を得て、自分の頭で考えるクセをつけていきたい。

文=荒井理恵