ぶっちぎり日本1位をひた走るNetflixシリーズ「地面師たち」。作品を手掛けた大根仁監督がインタビューで明かした制作秘話をご紹介します(写真:Netflix)

Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

間違いが起こる「皮肉」を追求

ぶっちぎり1位をひた走るNetflixシリーズ「地面師たち」(全7話)。7月25日に世界独占配信が開始されて以降、Netflix公式ランキング「今日のTV番組TOP10(日本)」で首位をキープし、グローバルでは週間3位に浮上。見始めたら止まらない中毒性の高さが話題です。不動産詐欺を題材に、皮肉な面白さを作り出していることがヒットの理由の1つにあるのかもしれません。作品を手掛けた大根仁監督がインタビューで明かした制作秘話から読み解いていきます。

東京都品川区五反田の土地をめぐる2017年の事件当時から、不動産詐欺師を指す「地面師」という存在に大根監督は興味を持ったと言います。大根監督の代表作と言えば、サブカル系TVドラマ「モテキ」。犯罪ものを扱うイメージはそう強くはありませんが、聞けば、事件の特殊性に惹かれていったそうです。


不動産デベロッパーを物腰柔らかに騙しまくる地面師詐欺メンバー役を演じる綾野剛(写真:Netflix)

詐欺の被害額としては史上空前の規模です。「なぜ何十億も騙されてしまった?」と思い、「日本の大企業がなんで⁉」というシンプルな疑問がドラマ化の原点となり、新庄耕の同名タイトルの小説を読んで、ある種の“面白み”を確信したというわけです。新庄耕の小説を原作にドラマ化を進めていくなかで、関連資料やルポルタージュも読み漁ったとか。

大根監督は独自に取材も重ねます。1話で登場する東京・恵比寿の土地をめぐる詐欺事件は、不動産業者から直接話を聞いていくなかで着想を得たそうです。

なかでも、取材をするなかで重点を置いたのは騙される側の不動産デベロッパーでした。大根監督曰く、「(地面師詐欺の)犯罪手口は何かを読んだりすればわかること。でも、不動産の仕事に就いている人たちのマインドというか気持ちはというか、その辺りははかりかねるところがある」というのが理由です。

また騙されてしまう心理や状況を追求していくうちに、気づいたことがあったそうです。

「映像業界でも『なんでこんなドラマができちゃったのか』っていうことがなくはない。それはたぶんきっと主役のスケジュールを押さえてしまっているとか、上からGOサインが出て、準備不足のまま現場はヤバいと気づいても走らざるを得ないみたいな。だから、大きな会社に勤めた経験もなければ、サラリーマンという職業に就いたことがない僕でも想像しやすくもありました」

すり抜けて間違いが起こる皮肉さは、まさにドラマの中で表現されています。エンターテインメント作品としてデフォルメはされているものの、社内派閥の存在や通りにくい稟議書が社内で通ってしまうある種の生々しさが描かれています。

ジャンルは「ドッキリ」?

ドラマ「地面師たち」で感じる皮肉さは他にもあります。まず、単純な面白さとして、綾野剛や豊川悦司らが演じる地面師集団の騙す側と、山本耕史が登場する騙される側の不動産デベロッパー、そしてリリー・フランキーが警察役で地面師を追う側という3つの視点が混合し、さらに大根監督が演じる役者を想定して脚本を書き上げた、いわゆる当て書きならではの魅力があります。


地面師詐欺のリーダー役、ハリソンを演じる豊川悦司(右)となりすましのキャスティング担当役の小池栄子(写真:Netflix)

にもかかわらず、大根監督の言葉を借りると「まともな奴(キャラクター)が1人もいない」のです。結果として、それが「面白い」と思わせるのはある意味、皮肉。大根監督が狙ったことでした。

「基本的には役者を撮るのが大好きなんですよ。どんなに悪い役でも僕が撮るとチャーミングになると思っています」と前置きしつつ、「今回は、誰一人として感情移入できるキャラクターがいない作りをあえてやりました。感情移入って共感とか応援という意味合いで使われていると思うのですが、そういう意味では『地面師たち』の場合、応援したい奴もいないし、共感もできない。ただ、物語に感情移入できるようにすれば、キャラクターが後からついてくるような気がして。だから、誰が見ても楽しいものになるんじゃないかなって」

実際に中毒性を持った面白さがあり、それが一気見視聴を促しています。続けて説明してくれた大根監督独自の見解も興味深いものがありました。このドラマには「ドッキリ的な要素もある」と言うのです。

「日本はバラエティー番組の中でドッキリというジャンルが長く定着しています。手口からやり方まで新しいものが次々と生まれて、たとえば『水曜日のダウンタウン』のようにドッキリの進化系まである。日本人って騙される人を見るのが好きな国民性なんじゃないかと思っています」


100億円規模の不動産をめぐるストーリーは、大根監督曰く、ある種の「ドッキリ」だという(写真:Netflix)

100億円規模の不動産をめぐり、変装も使って、死体もゴロゴロ出て、あらゆる手段で騙しにかかるストーリー部分は、エンターテインメント作品として成立させた「壮大なドッキリ」として確かに捉えることができます。

日本ならではの特殊性

日本人好みのドラマとも言えるなかで、そもそもドラマ「地面師たち」は映画やテレビドラマでは成立しにくかった企画でもありました。関連事業やスポンサー事情がネックになるからです。「Netflixっていう手があるか――」。そう思って、大根監督が持ち込んだ経緯からも皮肉さあふれます。

Netflixオリジナル作品として企画が成立した背景については、Netflixの高橋信一エグゼクティブプロデューサー(以下、EP)の答えが腑に落ちます。

詐欺の手口としての“なりすまし”に「日本ならではの特殊性」を感じた高橋EPは、話し合いを始めた時点から大根監督がそこに面白さを見出していることに気づき、信頼を寄せたそうです。


大根監督(右)に絶大な信頼を寄せるNetflixの高橋EPが企画の成り立ちを語る(写真:Netflix)

アメリカでも他の国でも不動産詐欺はあるものですが、基本的にはシステム上で騙すものが多い。そもそも不動産取引上で所有者と直接会って“本人確認”するといった手順は多くありません。だからこそ、日本の詐欺には人をすり替えるという発想があり、なぜこんな不動産詐欺が起こってしまうのかという他にはないストーリーが描けます」

盛り上がりが徐々に世界にも拡張

大根監督も「ドメスティック極まりない話も突き詰めていけば、いろいろな国の人に興味を持ってもらえるんじゃないか」という想いを共有していました。ただし、それは海外マーケットを意識して作るものではなかったと言います。

「自分の身の回りの半径1キロ圏内のことを描いたものが結果、海外でも面白いと思ってもらえるのが一番の理想形だと思うんですよね。例えるなら、映画『タンポポ』における伊丹十三っぽさ。どんなことをしている人たちなのか、職業と言うべきか、地面師は国を問わず興味を湧かせることができる題材のひとつだと思って作りました」

結果にもあらわれています。日本のNetflix週間ランキング(シリーズ)で2週間連続1位を記録。Netflix公式の週間グローバルランキングでは順位を上げ、初週の8位から3位に上昇。15の国でTOP10入りを果たしています(7月29日〜8月4日集計/シリーズ/非英語部門)。

アジアでは日本のほか、韓国、香港、台湾、シンガポール、タイといった主要国で反応を得て、アフリカや南米地域でもランキングに上がるほど人気が広がっています。国内での盛り上がりが徐々に世界にも拡張する動きは、これまで各国で生まれた世界ヒット作品によく見られる現象です。大根監督が言うような理想形をドラマ「地面師たち」は歩んでいると言えます。


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(長谷川 朋子 : コラムニスト)