一度も彼女ができない理由は「顔と家族」…上場企業勤務で年収1000万円の30歳男性が悩む「生きづらさ」の正体
■貧しくなった日本で誕生したネットスラング
まずはじめに、「弱者男性」という言葉が生まれた時代背景に触れてみよう。
急激な社会情勢の変化に伴い、一億総中流と言われた日本は過去の遺物となった。2018年のデータでは、日本人の6人に1人が世帯年収127万円以下の貧困状態にある。なんと、100人に1人の日本人は、1日210円未満で暮らしている。弱者男性とは、こうした社会の荒波にまぎれ、インターネットから新たに誕生した言葉である。
かれらは、日本社会のなかで独身・貧困・障害といった「弱者になる要素」を備えた男性たちだ。ただし、年収○○万円以下といった数値で厳密に定義されているわけではない。
弱者男性がネットスラングから誕生した言葉であるからには、数字で割り切れる定義を持たないのだ。逆に、「誰が弱者男性か」を数量的に定義してしまうことで、弱者男性の枠から切り捨てられてしまう男性が出てきてしまう。
■年収2000万円でも「弱者」な男性はいる
むしろ、あらゆる男性が持つであろう「弱者性」にハイライトを当てるため、この言葉が生まれたといっていい。
たとえば、年収2000万円の男性がいたとしよう。それだけの年収があれば初見では間違いなく「強者男性」と呼ばれるだろうが、その年収の大半を妻からのDVによって奪われ、本人に経済的自由がまったくない場合はどうだろうか。そのような男性のことを、決して「強者」とは呼べないのではないか。
弱者男性とは、こういったさまざまな事情を抱えた男性を包含する、大きな言葉であることをまず明確に示したい。
このような大前提を置いたうえで、それでもあえて本書では「弱者男性の人口」を推定する。背景には2つの理由がある。まず、弱者男性の数を多くの人が少なく見積もっており「気にするほどでもない数」と、切り捨てている可能性があるからである。
■男性の24%、日本人の8人に1人が該当
2点目は、本書を書くにあたり、筆者は500名を超す対象へのアンケート調査、50名以上のインタビューを重ねた。そして、インタビューでは驚くほど「しっかり弱者男性を定義してほしい」との声が上がった。
かれらの多くは「どうせモテないだけの男性が、寝言を言っている」と言われ、過小評価されてきた。そのため、「これ以外は弱者ではない、という切り捨て」は行わないものの、ある程度弱者になり得る要素をカテゴリーとして明記してほしい、という要望があったためである。
結論から書くと、日本には最大1504万人の弱者男性がいる。2022年時点で日本の人口は、1億2494万7000人。うち男性は6075万人。つまり、男性の約24%は、何らかの弱者性を抱えている。計算式は本書巻末の付録に記載したため、ご確認いただきたい。「弱者男性」はマニアックな少数派ではない。私たち日本人の、8人に1人の話なのである。
■「自分は弱者だ」と思う理由トップ3
とはいえ、上から目線で勝手に「この条件があるから弱者男性だ」と決めつけるのも望ましくない。そこで、本書では別途15〜99歳の500名の男性へアンケート調査を実施し、男性の何割が「自分は弱者男性だ」と感じているかを確認した。
その結果、男性の約26.2%が自分を弱者だと認識しており、全国に当てはめると約1600万人が該当することがわかった。推計値と矛盾しない結果である。人口全体では12.8%、つまり日本人の8人に1人、男性の4人に1人が、弱者男性を自認している。
また、自分で自分を弱者男性だと認識する理由の最たるものには「年収が低い、貧乏である」が挙げられており、続いて「友人が少ない」「人と話をするのが苦手だ」がトップ3に入った。つまり、男性は自分の年収が低く、さらに人の縁に恵まれないと「自分は弱者である」と認識しやすいと考えられる。
なお、筆者は「男性が、自分を弱者男性だと思っている割合」をそのまま弱者男性の比率とみなすこともしない。なぜなら、男性は自分が弱者であると認めづらい、認めることが恥ずかしいとされる社会の中で育っており、その精神そのものが、弱者男性差別の重要な要素となっているからである。自分が弱者男性だと感じている方、認められる方「だけ」でも1600万人である。
■年収1000万円の「勝ち組」に見えるが…
30歳、年収1000万円超え、プライム市場上場企業に勤めるエリート。それがサライさん(ハンドルネーム)だ。キラキラした経歴とは裏腹に、サライさんは「弱者男性」でもある。
こう書くと“そんな弱者男性がいてたまるか”という読者の声が聞こえてきそうだ。しかし、いわゆるエリート層にも、弱者男性は存在する。それを明らかにしてくれたのが、サライさんだった。
「私は大阪の高専を卒業しました。それから新潟の国立大を卒業し、現在はITエンジニアとして働いています。もともと博士を目指していたのですが、ラボで深夜3時まで研究する暮らしを続けたら、心身を壊してしまって。休みの日もまったく眠れなくなってしまったんです。それで博士進学を諦め、就職したかたちです」
■彼女ができない理由は「顔と家族」
しかし、さすがというべきか。彼は休んでいる間も英語やプログラミングの難関資格を取得した。そして、研究室のコネがもらえないハンディを抱えつつも、財閥系のメーカーに内定する。研究で挫折したとはいえ、大逆転を果たしたと言えるだろう。
SIerからコンサルティングまで幅広い経験を積みたいと期待して入社したが、縦割り社会で思ったよりジョブローテーションを期待できない。そこで、現在の職場へ転職し、ソフトウェア開発を担当している。
ところが、サライさんには彼女がいたことがない。結婚相談所に登録しているが、苦戦が続いている。
「理由は2つあって、ひとつは顔。もうひとつが家族です」
外見イジりを笑い飛ばしながらも傷ついていたサライさんは清潔感にあふれる男性である。ジャストサイズのジャケットに、新品のTシャツ。まさに爽やかなITベンチャーの社員を思わせる。強いて言うなら、天然パーマと、少しぽっちゃりした体形が婚活でネックになるくらいだろうか。だが、この取材をしている筆者は80kgを超えている。サライさんに何を言う資格があろう。
■要介護の父親の存在が婚活の障壁に
「中学くらいから、自分は顔面弱者だと思っています。もともとぽっちゃりなんですけど、あだ名が『大福』だったんですよ。それがコンプレックスで。明るく流したかったから、イジられても『何が大福だよ!』って笑って言い返していましたけれども、傷ついてはいましたね」
外見の悩みを相談できる相手はいなかった。というのも、サライさんの家族は、全員が何らかの問題を抱えていたからだ。
「弟がいるんですが、双極性障害のI型で。躁状態のときはまったく寝ないでおしゃべりを続けたり、けんかをふっかけてしまったりする。それで学校にも行けていなくて、現在も実家にいます。さらに、父は若年性認知症で、要介護になっています」
家族に要介護の方がいると、婚活では忌避されやすい。女性は「私が介護を担当させられるのではないか」と警戒するからだ。
「結婚相談所で、いいなと思う女性と何回かデートを重ねても、家族の事情を話すとお断りされてしまいますね。解散してすぐ、LINEをブロックされてしまう。未読のままのメッセージを見て、またダメだった……と、落ち込むのを繰り返しています」
■新興宗教を妄信する母にドン引き
サライさんが抱える苦難は、それだけではない。サライさんは宗教2世でもあったのだ。
「母が入っていた新興宗教は、幼稚園から系列の施設がありました。子どもを幹部にしたければ、系列校へ入れるのが王道です。しかし、私はどうしても馴染めなかったんですね。父は入信していませんでしたし、信仰しても弟は苦しんでいたわけですから。ただ、母は弟のことで病んでしまっていて……。
特に覚えているのは、布教所に一緒に行ったときのこと。母がみんなの前で泣いていたんです。『私が結婚したら、お父さんも信仰してくれると信じていたのに、裏切られた』と。その母を見て、ドン引きしちゃったんですよ。それが、新興宗教のアンチになった決定打でしたね」
学校では体形を揶揄されて傷つき、家庭は宗教と各々の抱える病気で揉めている。安息の地を求めて学問を志すも、大学院で心を病んでしまう。彼が今、無事に働けているのは、強靭なメンタルと努力の賜物としか言いようがない。
■女性だったら、逃げ道があったかもしれない
「もし、自分が女性だったら、結婚という逃げ道があったかもしれないと思うんですよ。というのも、私と弟以外の親族は、全員女性なんですけれども、結婚できているんですね。同じ宗教のトラブルを抱えているし、顔も私と似たりよったりですが」
2021年の出生動向基本調査によれば、結婚相手の顔を「重視する・考慮する」と答えた女性は、過去最高の81.3%。もともと経済力や人柄は高いスコアを出していたが、さらに外見が加わったかたちだ。サライさんは、まさにその外見で劣位にあると感じている。
「家庭環境や顔の要素を挽回したくて、仕事で努力してきたわけです。でも、結婚相談所でデートが続かないんですよね。何度もブロックされていると『こんなに頑張っても、まだ断られるのか。自分はプラマイでいうと、まだマイナスなのか』という、忸怩(じくじ)たる思いがあります」
■ルッキズム、宗教2世、ヤングケアラーの三重苦
男性は男性で、女性に外見や人柄だけでなく、経済力を求める傾向が強まっている。すなわち、両方とも結婚相手に「全部取り」を求めているのだ。欠点がなく、バランスのよい人材を探すなら、わかりやすいマイナスを持つ人間は切り捨てられる。サライさんは、まさに家庭環境や容姿でその「足切り」に遭っているのかもしれない。
フェミニズムの用語に「インターセクショナリティ」という言葉がある。女性だから弱者、貧しいから弱者だと、単一の側面で人を切り分けるのではなく、さまざまなハンディが重なることで差別される現実を反映した言葉だ。
たとえばサライさんは、年収だけを見れば強者だ。だが、外見で若い頃からひどい扱いを受けた、ルッキズム起因の弱者である。そして、宗教2世でもあり、ヤングケアラーとして育ったとも言えるだろう。さまざまな事情が重なったとき、人は簡単に弱者となる。だからこそ、「お前は弱者ではない、なぜなら」と、単一の理由で相手を切り捨ててはならないのである。
----------
トイアンナ(といあんな)
ライター・経営者
慶應義塾大学を卒業後、P&GジャパンとLVMHグループにてマーケティングを担当。同時期にブログが最大月50万PVを記録し、2015年に独立。主にキャリアや恋愛について執筆。書籍『就職活動が面白いほどうまくいく 確実内定』(KADOKAWA)、『モテたいわけではないのだが ガツガツしない男子のための恋愛入門』(イースト・プレス)、『ハピネスエンディング株式会社』(小学館)など。これまで5000人以上の悩み相談を聞き、弱者男性に関しても記事を寄稿。
----------
(ライター・経営者 トイアンナ)