銀河の中心部には巨大なブラックホールが存在すると考えられています。そうなると必然的に生じるのが「銀河が先か、ブラックホールが先か」という疑問です。これまでは銀河が形成された後にブラックホールが誕生したというのが定説でした。


しかし、ソルボンヌ大学のJoseph Silk氏などの研究チームは、「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」による初期宇宙の観測データとシミュレーション結果を組み合わせた結果、銀河とブラックホールはほぼ同時に誕生し、ブラックホールが銀河の星形成を加速したとする研究結果を発表しました。これはウェッブ宇宙望遠鏡の観測で示された初期の銀河が予想より多く存在する可能性を裏付ける成果です。


【▲図1: 初期宇宙の銀河の活動の模式図。中心部のブラックホールの活動が活発化すると、その放射によって周りのガスが押しのけられ、恒星の形成が促されます(Credit: Roberto Molar Candanosa (Johns Hopkins University))】

■「銀河が先か、ブラックホールが先か」

「鶏が先か、卵が先か」は生物学に絡む哲学的ジレンマとしてよく知られています。これと似たような問題として、天文学には「銀河が先か、ブラックホールが先か」というジレンマがあります。私たちが住む天の川銀河を含む多くの銀河はその中心部に巨大なブラックホールがあると考えられています。では、銀河とブラックホール、どちらが先に誕生したのでしょうか?


ブラックホールが先だとすると、その強大な重力によって周りの物質が引き寄せられ、やがて銀河が形成されたと考えることができます。一方で銀河が先だとすると、銀河という物質の集団内で誕生した巨大な恒星の重力崩壊によってブラックホールができたと考えることができます。どちらも尤もらしいため、順番に関する疑問が生じるというわけです。


これまでは「銀河が先、ブラックホールは後」という考えが定説でした。銀河の中心部にあるような巨大なブラックホールは、初期の宇宙でのみ形成されるような非常に巨大な恒星が起源だと考えられているためです。そのような恒星は “あっという間” に超新星爆発を起こし、中心核が重力崩壊してブラックホールが誕生します。このブラックホールが周りにある大量の物質を引き寄せたことで、現在のような巨大なブラックホールへ成長した、と考えられるためです。


この考えに基づくと、巨大なブラックホールの “種” は巨大な恒星の誕生と重力崩壊なくしては撒かれません。そして恒星はガスの塊から誕生すると考えられます。ガスの塊同士がお互いの重力で寄り集まったものが銀河の最初期の形態であると考えられることから、銀河はブラックホールに先駆けて誕生した、とこれまでは考えられてきました。


■銀河とブラックホールはほぼ同時期に発生?

しかし、2022年に観測を開始したウェッブ宇宙望遠鏡によって、この定説に疑問を投げかける発見がもたらされました。高い性能を有するウェッブ宇宙望遠鏡は、これまで観測することが困難だった初期の宇宙に関する多くの観測データを取得しています。特に注目されるのは、初期の宇宙にある非常に明るい銀河を大量に発見していることです。その数はこれまでの予測をはるかに上回る多さでした。現在の天文学は、これほど多くの明るい銀河がなぜ初期の宇宙で見つかるのかという疑問に直面しています。


ソルボンヌ大学のJoseph Silk氏などの研究チームはこの謎に挑戦するために、ウェッブ宇宙望遠鏡で観測された初期の宇宙に存在する銀河に関する観測データと、初期の宇宙における物質の挙動のシミュレーションを組み合わせ、初期の宇宙で何が起きているのかを調べました。その結果、これまでの定説に反してブラックホールと銀河はほぼ同時期に形成されただけでなく、お互いの進化に影響を及ぼしあっているという意外な結果が得られました。つまり、冒頭の質問の回答は「銀河もブラックホールも同時である」ということになります。


【▲図2: 今回の研究で推定される初期の銀河の進化の予測。ブラックホールと恒星は同時に誕生し(redshift 15)、ブラックホールが成長するに従って恒星も大量に形成されます(redshift 10)。しかし、銀河に含まれるガスの量が減ると今度はブラックホールの活動が恒星の形成を阻害します(redshift 5)。(Credit: Steven Burrows, Rosemary Wyse & Mitch Begelman)】

Silk氏らの研究結果によれば、初期の宇宙における銀河とブラックホールの共進化は次の通りです。まず、宇宙誕生から約3億年後という非常に初期段階の宇宙で巨大なガス雲が集合し、中心部は崩壊してブラックホールが、その周辺では恒星が誕生します。これが銀河の最初期の形態であるともいえます。


次に、ブラックホールは周りのガスを取り込むことでジェットのような激しい放射を開始します。この放射は周りのガス雲を押しのけて密度を高めるため、高密度の場所では活発に恒星が誕生するようになります。この段階ではブラックホールの活動が星形成を促す正のフィードバックが働いています。正のフィードバック時代は宇宙誕生から3〜12億年後まで続いたと推定されます。


しかし、時代が下るにつれてガスは恒星の形成に消費されるか、あるいはブラックホールの放射によって銀河から離脱するため段々と枯渇します。中心部では相変わらずブラックホールの重力がガスを引き寄せることで活動が活発な状態が続くため、放射によるガスの離脱はますます進行して恒星の誕生に必要なガスも枯渇してしまいます。前段階とは異なり、この段階ではブラックホールの活動が星形成を阻害する負のフィードバックが働いていると言えます。負のフィードバック時代は宇宙誕生から12億年後から始まったと見られています。


■ウェッブ宇宙望遠鏡が変えていく初期宇宙の見方

Silk氏らが示した今回のシナリオは従来の定説とは全く異なる一方で、ウェッブ宇宙望遠鏡による観測結果とはよく適合します。ウェッブ宇宙望遠鏡の観測で発見されている初期の銀河は宇宙誕生から9億年後の時代のものであり、Silk氏のシナリオにおいては正のフィードバック時代が終了して負のフィードバック時代へと差し掛かる時代にあたります。


正のフィードバック時代は銀河が大量のガスをまとっているため、ブラックホールの放射は隠されてしまいます。一方で、負のフィードバック時代はガスが枯渇して放射がよく見えるようになります。ウェッブ宇宙望遠鏡より以前の時代の望遠鏡では正のフィードバック時代の銀河はほとんど見えないため、観察できる負のフィードバック時代の銀河の明るさなどから従来の定説が組み立てられてきました。このため、ウェッブ宇宙望遠鏡によって正のフィードバック時代の銀河が観測されれば、定説が覆されるのはある意味で当然ともいえるでしょう。


今のところ、ウェッブ宇宙望遠鏡による初期宇宙の観測は始まったばかりであるため、定説を覆すSilk氏らのシナリオが妥当かどうかの検証は難しいと言えます。Silk氏らは、あと1年程度でさらに多くの観測データが集まるため、今回のシナリオの妥当さを含めた多くの疑問に対する答えが提供されると考えています。


 


Source


Joseph Silk, et al. “Which Came First: Supermassive Black Holes or Galaxies? Insights from JWST”. (The Astrophysical Journal Letters)Kenna Hughes-Castleberry. “New Findings From the JWST: How Black Holes Switched from Creating to Quenching Stars”. (Joint Institute for Laboratory Astrophysics)Roberto Molar Candanosa. “Which came first: Black holes or galaxies?”. (Johns Hopkins University)

文/彩恵りり