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黙秘を貫く被疑者に対し、検察官が「ガキ」や「社会性が欠けている」など侮辱的な言葉を投げかける実際の取調べ映像がYouTubeで公開され、SNSで「恐ろしい」などと話題になっている。

映像は、元弁護士の江口大和氏が起こした取調べの違法性をめぐる国賠訴訟の中で、国側から証拠として提出された2時間半弱の映像を約13分に編集したもの。実際の取調べは合計21日、約56時間に及んだという。

取調べ映像が一般に向けて公開されるのは珍しい。結果として、江口氏は一貫して無罪を主張したものの有罪が確定しているが、取調べの実態に衝撃を受けたのか、ネットでは検察側に対する批判のほうが圧倒的に多いようだ。

無罪判決を複数獲得している中原潤一弁護士は、「警察でも検察でも、このような取調べは少なくない」と指摘する。映像から浮かび上がってくる刑事司法の課題を聞いた。

●取調べの録音・録画自体はよくある

――そもそも取調べの録音はどのくらいおこなわれているものなんでしょうか?

刑事訴訟法では、被疑者取調べでの録音録画を原則として義務付けている事件類型があります。それが、(1)裁判員裁判対象事件、(2)検察官の独自捜査事件(いわゆる特捜事件)です(刑事訴訟法301条の2第1項)。

また、犯罪捜査規範では、逮捕勾留されている被疑者に精神の障害がある場合には、必要に応じて取調べの録音録画をするように努めなければならないとされています(182条の3第2項)。

そもそも、自白というものは、任意になされたものでない疑いがある場合には、証拠とすることができません(刑事訴訟法319条1項)。任意になされたものかどうかの立証(任意性の立証と言います)のために、録音録画をしているわけです。

ですので、上記の法律で義務付けられていない類型であっても、たとえば否認事件などは任意性の立証のために警察や検察で録音録画を実施することは多いです。

【編註:検察庁では2022年度、身柄事件での取調べの94.2%で録音・録画が実施されている】

●録画で浮かび上がる「検察と裁判所のおそろしい関係」

――今回の映像を観て、どのような感想をお持ちになりましたか?

かなりショッキングな映像ですよね。ただし、残念ながら警察でも検察でも、このような取調べをおこなうケースは少なくありません。黙秘をしている被疑者に対して、本人を侮辱するような言葉、家族を侮辱するような言葉を投げかけることは、令和になった今でもおこなわれてしまっています。

しかも、おそろしいのは、上記の通り、この録音録画は被疑者の自白の任意性を立証するためになされているということです。つまり、この検察官は、あのような聞くに耐えない様々な言葉を投げかけた結果、被疑者が罪を認める供述をしたとしても、それが任意になされたものであると裁判所に認めてもらえると思っているわけです。

あの取調べを、のちに裁判所が見ることになっても大丈夫だと思ってしまっているのです。普通の人は、精神的な拷問だと思いますよね。あるべき健全な刑事司法からかけ離れた、極めて深刻な事態だと思います。

●「真実を守るため」にも黙秘権は重要

――黙秘するのは、やましいことがあるからと感じる人もいると思います

もちろん、実際に悪いことをした人にも、悪いことを本当にしていない人にも、等しく黙秘権は認められます。

我々は、依頼人が事実を否認しているケースでは、原則として黙秘をしてもらっています。その理由は、この取調べ動画を見ていただければわかると思います。

取調べをしている相手は、裁判で対立当事者になる検察官です。動画を見ていただければわかる通り、有罪であることを前提に取調べがおこなわれていますよね。裁判で、何としても有罪を取りたいと思っている人間が相手になっているわけです。

一方で、我々は、起訴されるまでは証拠を見ることができません。過去の出来事を完璧に覚えている人なんて存在しません。証拠を確認していない段階で、誤った記憶に基づいて供述をしてしまった場合、有罪を取りたい警察や検察に供述が都合よく歪められてしまいますよね。

記憶と違うことでも、「ああだったのではないか」「こうだったのではないか」とあの調子で何時間も取調べをされていると、「100%断言できる記憶があるわけではない」「そうなのであればそうだったかもしれない」という気持ちになってきてしまいますよね。そのような供述をポロッとしてしまうと、あたかもその記憶があるかのような供述調書が作成されてしまいます。

そして、それはいくら裁判で違うんだと主張したとしても、裁判で簡単に証拠になってしまいます。そうやって、誤った事実があたかも真実として裁判所に認定されてしまうのです。

黙秘権は、真実を守るためにとても重要な権利なのです。ですから、悪いことをしていない人こそ、取調べでは黙秘をするべきなのです。

●無理に話させれば冤罪を生む可能性も

――相手が黙秘している以上、捜査側が話させようとするのは仕方がない面もあるんじゃないでしょうか?

まったく賛成できません。なぜ捜査機関が被疑者に「話させる」必要があるのでしょうか。捜査機関は人員と税金を使って法律で強制的に捜査をする権限を与えられていますから、客観的な証拠を積み重ねて捜査を遂げるべきです。

「話させる」などという考えがあるから、この事件でトイレから戻ってきた江口さんに対し、川村政史検事が「取調べ中断してすいませんでしたとかいうんじゃねえの、普通」「あんた被疑者なんだよ」などという傲慢な発言が生まれるのだと思います。

そして何より、そうやって「話させよう」とした結果、袴田事件、足利事件、氷見事件、志布志事件といった数々の人の人生を奪った冤罪事件が起きてしまっていることを、我々は肝に銘じなければなりません。

●改善の第一歩は「取調べへの弁護人立会い」

――こうした取調べをなくすためにはどうしたら良いのでしょうか?

とてもシンプルです。裁判所が本件のような暴言を伴う取調べを違法だと宣言することです。精神的な拷問に当たると認定することです。そうしたら、捜査機関はこのような取調べはやめるでしょう。言い換えれば、裁判所がこのような取調べを違法だと宣言しない限り、捜査機関がこのような取調べを止めることはありません。

裁判所は、黙秘権が極めて繊細な権利であることをもっと理解すべきです。裁判所は、今のところ、黙秘を翻意させるための説得は許されるという立場です。

しかし、「説得」の線引きは極めて曖昧です。だからこのような取調べが生まれ、冤罪が生まれるのです。黙秘権を行使することを明確にした被疑者に対しては、一切の説得を許すべきではありません。その時点で取調べを終了すべきです。

その実効性を担保するためには、逮捕された際に、最初の取調べ前に弁護士に相談できるようにするべきでしょう。それを法制度化することが、このような取調べをなくすための最善の策です。

現在は、次善の策として、取調べの全面可視化(全事件で録音録画実施)や弁護士の同席が議論されています。しかし、全面可視化されたとしても、録音録画されているのに平気でこのような取調べがおこなわれている現状を考えると、弁護士が取調べに同席できるようにすることが改善の第一歩かなと思います。

【取材協力弁護士】
中原 潤一(なかはら・じゅんいち)弁護士
埼玉弁護士会所属。日弁連刑事弁護センター幹事。刑事事件・少年事件を数多く手がけており、身体拘束からの早期釈放や裁判員裁判・公判弁護活動などを得意としている。
事務所名:弁護士法人ルミナス法律事務所横浜事務所
事務所URL:http://luminous-law.com/