人型ロボット「零式人機」とロボットベンチャー、人機一体の金岡博士社長(記者撮影)

労働力人口が減少する時代において、人間の手で行う鉄道の保守作業をロボットが行う日がいよいよ近づいている。

鉄道各社が開発にしのぎを削る中、人型というインパクトのあるロボットを開発するのがJR西日本だ。ロボットベンチャーの人機一体、大手鉄道信号メーカーの日本信号と共同で、鉄道工事用車両に人型重機ロボットを融合させた多機能鉄道重機の実用化を目指す。

150kgを持ち上げる「零二式人機」

人型ロボットの開発に至った背景は2021年11月29日付記事(SFの世界が現実に、JR西「人型ロボット」のド迫力)、2022年5月9日付記事(JR西「人型ロボ」実用化に挑む3人の社長が描く夢)に詳しいが、その後どのように進展しているのだろうか。

この人型ロボットは2023年11月から12月にかけて開催された3つの展示会、鉄道技術展(11月8〜10日、幕張メッセ)、国際ロボット展(11月29日〜12月2日、東京ビッグサイト)、JR西日本グループ・イノベーション&チャレンジデイ(12月12〜13日、グランフロント大阪)に相次いで出展された。

とくにJR西日本の展示会には同社の長谷川一明社長、人機一体の金岡博士社長、日本信号の塚本英彦社長が会場に顔を見せた。各社長に話を聞くことで現在の開発状況が見えてきた。

JR西日本の展示会には人型ロボット「零式人機ver.2.0」と、同じく3社の共同開発によるシングルアームの重量物ハンドリングロボット「零二式人機ver.1.0」が出展された。零式人機ver.2.0はパワーよりも両腕を器用に動かすことを優先しているため、40kg程度の重量しか持ち上げることができないが、アームに特化した零二式人機は150kgの重量物を持ち上げることができる。

高所における重量物の作業はクレーンなどで吊り上げて複数人で支えながら取り付け作業を行っている。零二式人機が実用化されれば零二式人機が重量物を支え、取り付け作業を人が行うといった役割分担となる。その先には高所作業を零式人機と零二式人機だけで行うといった可能性もある。


零二式人機の操縦席に座るJR西日本の長谷川一明社長(写真:JR西日本)

鉄道以外の分野向けも開発

国際ロボット展には人機一体が零式人機と零二式人機以外にも開発中のロボットも出展した。


川崎重工の二足歩行ロボット「カレイド」をベースに人機一体が全身遠隔操作システムの開発を進める(記者撮影)

鉄道以外の分野での開発も進んでおり、たとえば、竹中土木、東北電力ネットワークと共同で開発中の「人機GSP」は土木分野や電力分野で使用を想定している。

橋梁の下部に高重量物を取り付ける場合、クレーンでは取り付け位置まで吊り上げることができないため、デッキリフトで一定の高さまで上げた後、人が高重量物と橋梁下の位置を調整して取り付けている。人機GSPはデッキリフトに搭載し、人に代わって微細な調整を行い、作業効率を向上させる。また、墜落や感電の危険を伴う柱上の配電線や変圧器などの工事での活用も期待される。

また、川崎重工業のヒューマノイドロボット「カレイド」をベースに、人機一体の力制御技術を融合した二足歩行ロボットの全身遠隔操作システムの開発も進めている。金岡社長は「鉄道用途はもちろん、有害物質が懸念される危険な環境など人が行うことが危険な場所での作業を想定している」と話す。

鉄道技術展では日本信号が実用モデルとして零式人機2.0をベースに開発中の「製品試作機」が屋外に展示された。この製品試作機は人型ロボットが「洋服」を着ているのが特徴的だ。「屋外作業を考慮した防水、防塵目的のための着用」と日本信号は説明し、「本品は試作機なので、製品版ではカラーやデザインも多少変わることとなる」という。


日本信号が開発中の製品試作機(記者撮影)

ここでは、樹木の伐採、ボルト締め、ブロックの組立作業などさまざまなデモンストレーションが実施された。JR西日本が営業線で実用化する際には、1台だけというわけにはいかない。日本信号の塚本英彦社長は「複数台を製造する」と話す。

1機あたりの価格についても検討項目だ。零式人機ver.2.0はアイデアやコンセプトが実現可能か、どの程度の効果が得られるかを検証するために開発された試作機であり、その製造費用については「開発のための費用もあり、いくらかかっているか想像もつかない」と人機一体の金岡博士社長は話す。製品試作機では、量産化が容易になるよう製造工程を工夫しているほか、製造コストの削減にも取り組んでいる。

JR西日本は「2024年度中の実用化・営業線への導入を目指す」としている。2022年4月時点では「2024年春の実用化・営業線での導入を目指す」としていたので、時期が少し後ろ倒しされたが、導入されれば鉄道の保守作業の現場を革命的に変えるインパクトを持つだけに、期日を急ぐあまり拙速は禁物。開発には万全を期してほしい。


日本信号の塚本英彦社長(写真:日本信号)

JR東海はトンネル検査ロボ

2023年9月26日、JR東海は開発中のトンネル検査ロボットを愛知県小牧市にある同社の研究施設で報道公開した。敷地内に設置された長さ約10mの試験トンネルの中に、大型トラックが停められており、荷台にロボットが据え付けられている。零式人機のような人型ではないが、高所での作業を想定しているという点ではJR西日本と同じだ。

トンネル内の検査はコンクリート表面の目視検査に加え、検査員がハンマーで壁面を叩いて、打音により内部の状態を把握するという検査も行っている。高所での作業は危険を伴うほか、天井を叩くため腕を上げている必要があり、長時間の作業は身体的にもつらい。


トンネル内の検査は目視と打音検査で行っている(記者撮影)

そこで、JR東海はこの作業をロボットに代替させることを考えた。2015年から開発を始めて足かけ8年。6.5億円の費用を投じ、ようやく実用化が見えてきた。

ロボットを載せた大型トラックをトンネル内に据え付けると、ロボットアームが動き出し、レーザー測量機を使ってトンネル内壁と装置の位置関係や壁面の状態を自動計測する。続いて、アームが接触式の検査装置を壁面に押し付け、打撃を加え、振動を直接取得してコンクリートの内部の状態を評価する。


JR東海が開発したトンネル内検査ロボット(記者撮影)

「機械がこのような作業を連続して行うのは日本初だろう」とJR東海総合技術本部技術開発部土木構造物技術チームの吉田幸司チームマネージャーが話す。打音検査だけではない。目視検査についても「撮影した画像からひび割れの判断は技術的にできると考えられるので、今後検討していく」とする。


JR東海が開発したロボットのアーム先端には接触式の検査装置が付いている(記者撮影)

具体的な運用は今後決めるが、省力化の効果としては、従来5人1組で行っている作業が、3人1組ですむようになるという。作業時間の短縮については「現場では人がやる場合に10〜15分かかっていた作業が10分程度ですむ」という程度。しかし、現在のやり方では現場作業後に人がデータを持ち帰って整理する作業があったが、機械化により自動で計測できるため、「トータルでの作業時間にはより効果がある」(吉田氏)。

メリットは省力化だけではない。目視や打音での検査は検査員の経験に基づく技量も求められ、一人前になるまでには3〜5年の実務経験が必要という。しかし、このロボットを使えば、熟練した検査員でも検出が不可能な微細な欠陥の検出が可能であり、検査の精度が高まるという。「検査の安全性、効率性が高まるほか、検査員の経験に依存せず正確かつ均質な検査を行うことができる」と吉田氏が自信を示す。

リニア新幹線での導入目指す

今回のトンネル検査ロボットはリニア中央新幹線での導入を目指している。リニアは大半がトンネル区間となるだけに、このロボットが導入されればメンテナンスにかかわる人手をぐっと減らすことができる。

とはいえ、リニア開業を待っていると、このロボットが実際に稼働するのは2027年以降ということになる。そこで、「東海道新幹線や在来線への導入も検討していきたい」と吉田氏は話す。

新幹線や在来線では上部に張り巡らされた架線がロボットアームの支障になるという課題があるが、それを解決できればこのロボットの用途は大きく広がる。JR東海はその日に備えてさらなる開発を続けている。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)