戦闘休止合意の期限直後に攻撃を再開(12月1日ガザ南部、写真:Ahmad Salem/Bloomberg)

イスラエル軍によるガザ攻撃が再開され、状況の悪化がさらに深刻になっているイスラエル・ハマス紛争は、収束の道がまったく見えない状況が続いている。

そんな中、主要国の間で「イスラエルとパレスチナ国家が平和共存する」という「二国家解決案」が活発に議論され始めた。激しい戦闘のさなかに、互いに相手を国家として認めるという現実離れした夢物語のような話がなぜ今、国際社会で取り上げられているのか。

パレスチナと認め合った30年前の「オスロ合意」

二国家解決案の歴史は古く、最初は1947年、独立を求めるユダヤ人とパレスチナ人の緊張が高まる中、国連が総会でこの地域を2つの国家に分割する案を採択した。

パレスチナは領土の半分以上を奪われる案だったために当然、反対したが、ユダヤ人はこの案を受け入れて翌年、イスラエルの独立を宣言した。ユダヤ人とパレスチナ人の緊張はここから一気に高まってしまった。

世界的に注目されたのは1993年の「オスロ合意」だった。

この合意でパレスチナ側を代表するパレスチナ解放機構(PLO)はイスラエルを国家として認め、イスラエルもガザとヨルダン川西岸にパレスチナ暫定自治政府を置くことを認めた。同時にイスラエル軍が占領地から撤退することも盛り込まれた。明文化されなかったものの、パレスチナ人が将来独立国家を手にすることが期待できる内容だった。

当時、イスラエルがPLOをテロ組織と非難する一方で、PLOはイスラエルを国家と認めず激しく対立していた。にもかかわらず両者はノルウェーの首都、オスロを舞台に水面下で極秘の接触、交渉をしていたのだ。

残念ながらオスロ合意の描いた平和への道筋はわずか2年後、和平推進の中心人物だったイスラエルのラビン首相が暗殺されたためにあっけなく頓挫してしまった。

以後、イスラエルは和平に積極的だった労働党が国民の支持を失い、代わりにパレスチナに対する強硬論を掲げる右派が台頭してきた。現在のネタニヤフ首相もその勢力の一人で、極右政党や宗教政党と組んだ連立政権はイスラエル史上最も右派の政権と言われている。

ガザの非人道的状況を国際社会は放置できない

一方のパレスチナ側はヨルダン川西岸とガザ地区が分裂し、ガザはイスラエルの存在を否定するハマスが支配し、イスラエルに対する攻撃やテロを続けている。オスロ合意にかかわったPLOのアラファト議長も死去し彼を引き継ぐ有力な指導者は登場していない。

イスラエルとパレスチナの間で和平の動きは完全に消えてしまい、国際社会も次第にパレスチナ問題に対する関心を失っていった。そればかりか同じ民族でパレスチナを支持していたアラブ諸国からは、イスラエルとの国交を樹立する国も相次ぎ、パレスチナ側は孤立感を深めていた。

そうした空気が今回のハマスのイスラエル攻撃で一変した。イスラエル軍による攻撃によって生まれたガザの非人道的状況を国際社会は放置できなくなった。かといってイスラエルやハマスの攻撃を止める手立てもない。

そこで浮上してきたのが「二国家解決案」である。

アメリカのバイデン大統領はネタニヤフ首相に繰り返し「二国家解決案が唯一の答えだ」と主張している。EU(欧州連合)のボレル外交安全保障上級代表をはじめ英仏など欧州の主要国首脳も相次いで二国家案の支持を表明している。

11月末には、スペインで開かれたアラブ・EU外相会合で、参加国は二国家解決案が必要という意見で一致した。さらに国連安保理の議論では、インドネシアやロシア、ガーナなども二国家解決案への支持を表明した。

多くの国が二国家解決論を唱えたからといって武力攻撃が止まるわけではない。にもかかわらずなぜ今、セピア色を帯びたような二国家解決案を持ち出したのだろうか。

イスラエルに対して手を打てない国際社会

最大の理由は、イスラエルの攻撃がガザ市民の危機的状況を生み出していることに対し、国際社会はなにかメッセージを出さざるをえないためだろう。どの国の指導者もネタニヤフ首相の軍事行動やハマスの攻撃を止めることができない。また歴史的経緯もあって欧米など多くの国はイスラエルをあからさまに非難することもできない。

そんな中でイスラエルもパレスチナも一度は合意した二国家解決案は、一見説得力を持っているように見える便利な方策なのだ。

残念なことにオスロ合意から30年たち、パレスチナ問題をめぐる状況は大きく変化しており、仮に現在の紛争が停戦にこぎつけたとしても二国家解決案は簡単に実現しそうにはない。

オスロ合意を実現したイスラエルのラビン首相は、1991年の湾岸戦争時にイランがイスラエルにミサイルを発射し若者が逃げ惑う状況を見て、「紛争は自分たちの代に終わらせなければならない」と強く思ったという。和平実現に対する強い意志と情熱を持ったラビン首相がPLOのアラファト議長を説得したことで合意することができた。

それに対し現在のネタニヤフ首相は「パレスチナ国家樹立を阻止できるのは自分だけだ」などと公言している正反対の政治家だ。

そもそも二国家解決案は双方が互いに相手の存在を認めることが前提となる。しかし、イスラエルの現政権は、自国の安全のためにガザとヨルダン川西岸の占領や支配の強化、さらには一部の併合さえ主張している。これでは当事者が話し合いのテーブルにつくことさえ難しい。

またイスラエル政府はヨルダン川西岸でのユダヤ人による入植を積極的に進めている。現在、70万人以上が入植し、約60%の土地は事実上、イスラエルが支配している。その結果、パレスチナ人のエリアは飛び地でわずかに点在しているだけになっている。

新たな対立を生むのか、入植の現状を追認するのか

仮にオスロ合意と同じようにヨルダン川西岸全域をパレスチナ国家にするとなれば、入植した70万人のユダヤ人は出ていくことになるのか。それは新たな対立を生むだけだ。だからと言って現状追認でパレスチナ人が住む飛び地だけを新しい国家とすれば、それはもはや国家としての体をなさない。

つまり入植地拡大が事実上、ヨルダン川西岸のパレスチナ国家樹立を不可能にしているのである。

またパレスチナ国家を作るとしても、現在のパレスチナ側にまともな統治主体がないことも大きな問題だ。

今回の紛争でガザ地区の統治を担っていたハマスは壊滅状態となるだろう。イスラエルは少なくともハマスによる統治は認めない。しかし、ハマスに代わる組織は想像すらできない。一方、ヨルダン川西岸を統治する立場にある暫定自治政府は、汚職と腐敗でほとんど当事者能力を失った状態にある。

統治主体なき国家はありえない。パレスチナ国家を作るためには、気の遠くなるような準備が必要になる。

さらにパレスチナ難民の扱いもある。近隣諸国にのがれているパレスチナ難民は現在、500万人をこえるといわれている。パレスチナ国家が独立すれば難民が戻ってくるのか。現在の人口をはるかに上回る難民の帰還は現実的ではない。

新たな国の安全保障はどうするのか。パレスチナ国家が独自に軍隊を持つことはイスラエルにとっては脅威そのものであり、簡単に認めることはできないだろう。

経済の面では、破壊し尽くされたガザの復興をはじめ、独自の産業も資本もないパレスチナ国家が自立できるまで、国際社会が膨大な支援を求められる。

そもそも国際社会はパレスチナ国家建設のための協力体制を構築できるのだろうか。ウクライナ戦争などで顕在化した欧米と中露の対立は、国連を機能不全に陥らせている。パレスチナ問題で欧米と中露が簡単に歩調を合わせることは想像しにくい。

ガザばかりでなくヨルダン川西岸でも目立つ弾圧

かつては現実的な解決策だった二国家解決案は、30年の時を経ていまや手の届かない「理想」に変質してしまったのである。にもかかわらず多くの国がこの案を持ち出すのは、建設的な姿勢を見せるための方便としか見えない。

ガザでは連日、多くの犠牲者が出ているが、同時にあまり注目されていないがヨルダン川西岸でもイスラエル軍や入植者によるパレスチナ人への弾圧が目立っている。相互不信、憎悪の極限状態にある両者に任せても状況は改善されず、永遠にテロと武力攻撃が続くだけだ。だからと言って妙案があるわけではない。

紛争をイスラエルとハマスの問題に封じ込めないで、深刻な国際問題と認識し、国連など国際機関や主要国が連携して本気で取り組む段階にきている。主要国は二国家解決案などという夢物語でお茶を濁すのではなく、とにかくイスラエルに圧力をかけて戦闘を止めることから始めるべきであろう。

(薬師寺 克行 : 東洋大学教授)