オアシスライフスタイルグループを率いる関谷社長。もともと家業の水道事業を継いだが、事業を拡大していく過程でさまざまな衝動に突き動かされ、気がつけばそれが本業に(写真:尾形文繁)

コロナ禍以降、ビジネスシーンでのスーツ離れが進む一方で、伸縮性や軽さなどを追求した「機能性スーツ」の堅調な人気が続いている。そのパイオニアはワークマンでもユニクロでも大手紳士服チェーンでもなく、実は「水道事業会社」なのをご存じだろうか。

それが、2018年から「WWS(ワークウェアスーツ)」を展開するオアシスライフスタイルグループだ。累計販売数は22万着を突破し、アパレル業界では異例のリピート購入率を誇る。

WWSを展開する関谷有三社長 は、ほかにもタピオカミルクティー発祥の店として知られる「春水堂」 を日本に紹介した、タピオカブームの火付け役でもある。水道屋がなぜスーツ? なぜタピオカ?……異分野で次々ヒットを仕掛ける関谷社長を突き動かすものとは何なのか。

クラウドファンディングで1200%の資金を獲得

オアシスが展開するスーツブランド「WWS」の新商品「WWS Health+(ヘルスプラス)」。特許技術のミネラル結晶体「IFMC.(イフミック)」を生地に採用し、温泉に浸かっているのと同様の血行促進効果が期待できる、リカバリー機能を備えたスーツだ。

着るだけで疲れを軽減する効果をうたった「リカバリーウェア」は、アパレル、下着、スポーツなどあらゆる分野の企業が続々と参入する成長市場だ。ルームウェアやパジャマなど、休息や睡眠時に着用する商品が一般的だが、仕事で着用する「スーツ」にフォーカスした商品はまだ例が少ない。


絶大なリピート率を誇るWWSのスーツ(オアシスライフスタイルグループ提供)

「休息時の疲労回復ではなく、そもそも仕事で疲れなければ休息もいらないんじゃない? という逆転の発想から『ワークリカバリー』というコンセプトを打ち出しました」と関谷社長。

10月17日にクラウドファンディングサイト「Makuake」でファンディングを開始したところ、目標額50万円に対して、12月4日時点で620万円の応援資金を獲得している。「予想外、と言いたいところですが、ここまでの反響はある程度予想できていました。というのも、WWSには根強いファンが多いんです」(関谷社長)。

実際、同社によると、WWSのリピート購入率は75%。しかもリピーターのほとんどが7回以上購入するという。アパレル業界では35%前後のリピート率が一般的といわれる中、 WWSの突出ぶりは際立っている。


WWSを愛用する実業家の堀江貴文氏がWWSのモデルに公式に就任した(オアシスライフスタイルグループ提供)

発端は作業着の社内プロジェクト

伸縮性にすぐれ、軽量で、毎日洗えて、アイロンがけがいらない――従来のスーツに比べてこれらの機能性を打ち出した「機能性スーツ」は、特にコロナ禍以降、人々のワークスタイルの変化とともにビジネスパーソンの間に浸透しつつある。

「感動ジャケット」(ユニクロ)、「リバーシブルワークスーツジャケット」(ワークマン)、「ゼロプレッシャースーツ」(青山商事)など 大手アパレルメーカーや紳士服チェーンなどが続々と参入し、1つのカテゴリーを形成している。

その機能性スーツの“元祖”は、2017年に販売を開始したWWSであることは意外と知られていない。しかも、そのWWSを開発したオアシスは、もともとはアパレルとは無縁の「水道事業会社」(現在は事業を売却)だった。

大学卒業後に栃木・宇都宮で父が営む水道工事会社に入社した関谷社長。「下請け依存から脱却したい」と、大学との連携でオゾン洗浄技術を独自開発。水道管のメンテナンス事業を立ち上げ、ビジネスモデルを大きく転換した。

その後、同事業をスピンアウトさせ起業。全国に拠点を増やし、水道事業という地味な領域ながら旧帝大やMARCHなどの学生を次々に採用する異色のベンチャーとして存在感を高めていった。

順調に成長曲線を描く一方で、水道工事で着用するダボダボの作業着は、ファッションに敏感な若手社員から「ダサい」「電車に乗るのが恥ずかしい」と不満の声が上がっていた。その声を受け、関谷社長は2016年に「スーツのようなスタイリッシュな作業着」を開発する社内プロジェクトを立ち上げる。

作業服のイメージを変えたかった

その関谷社長の頭の中には、小学生の頃の父の記憶があった。

「クリスマスの日に、家族でイタリアンレストランに食事に行ったんです。そしたら、遅れてきた親父が汚れた作業着のまま店内に入ってきた。それが子ども心に恥ずかしくて……社会課題といっては大げさかもしれないけど、現場で一生懸命働く作業員を『ブルーカラー』と侮蔑するような世間の風潮や職業観を壊したかったんです」


父親との思い出がスーツを作るきっかけになったと話す関谷社長(写真:尾形文繁)

衝動に突き動かされた関谷社長は、リーダーに抜擢した若手社員とともに、その社内プロジェクトに心血を注ぎこむ。大手素材メーカーなどから何十種類もの素材を取り寄せ、サンプルを試作する。しかし、どれも現場の作業員には「動きにくい」と不評を買った。

「当たり前ですが、いくらカッコよくても作業着として機能しなければ作業員たちは着てくれません。でも、水道工事の現場にも耐えうるタフさや耐水性があり、それでいて通常の作業着以上に着心地がいい……その条件をすべてクリアする素材にはなかなか巡り合えませんでした。もっとも、私たち以外にそんな素材を求めている人はいませんから、当たり前なのですが(笑)」

世の中にないのなら、自分たちで新しい素材を作ろう――関谷氏は、大手素材メーカーに「スーツのような作業着」のコンセプトを伝え、開発協力を呼びかけた。しかし、そもそもが社内プロジェクトなので、一定量以上のロットは保証できない。首を縦に振ってくれるメーカーはなかなか現れなかった。

何十もの企業に断られた末に、ようやくある中小の生地メーカーが「面白いね。協力するよ!」と手を差し伸べてくれた。そのメーカーとともに試行錯誤を重ね、関谷氏が追い求めていた新素材がついに実現。「究極の(ultimate)素材」の意味を込めて「ultimex(アルティメックス)」と名づけた。

その新素材「ultimex」を使ってついに完成した「スーツのような作業着」。見慣れないスタイリッシュなデザインにベテランの作業員たちも最初は難色を示したが、着てみると普段の作業着以上に軽く、動きやすい。毎日ガシガシと洗濯できる。支持を獲得するのに時間はかからなかった。

「実は、このWWSを作ったことで意外な変化があったんです」と関谷社長は振り返る。「ボサボサだった髪が整えられ、言葉遣いがていねいになり、丸まっていた背筋が伸びて……無骨な作業員たちの見た目や内面が変わっていったんです。それがお客さまへの評価にもつながりました」


作業着が必要な人だけでなく、一般的なビジネスピープルからも人気が高い(オアシスライフスタイルグループ提供)

「スーツを侮辱」「作業服をなめるな」と各所から批判

その評判が取引先にも伝わり、「このWWSを当社のユニフォームとしてぜひ導入したい」との声がオアシスに相次いだ。

「これは社会を変えるビジネスになるかもしれない」。2018年、関谷氏はグループ内にアパレル会社を立ち上げ、社内プロジェクトとして開発したWWSの商品化に踏み切った。

アパレル業界に突如として現れた「スーツのような作業着」。アパレル業界からは「スーツを侮辱している」、作業着業界からは「作業着をなめるな」と、両方から批判の矢が飛び、大炎上した。 ところが、そんな批判をよそにWWSを導入する企業は続々と増えていき、三菱地所や全日本空輸など大手企業もユニフォームに採用した。

そして、導入企業が500社を超えたあたりから、アパレル業界内の風向きが変わりはじめる。大手作業着メーカーや素材メーカーがこぞってWWSに類似した機能性スーツを投入してきたのだ。

「以前に断られた大手の素材メーカーが、こちらが感心してしまうくらい『ultimex』に限りなく似せた素材を開発してきた。びっくりしましたね。でも、結果として市場が広がったので、今ではポジティブに受け止めています」

今では、WWSをユニフォームに導入する企業は約2000社、累計販売数は22万着に上る。スーツと作業着の垣根を破壊した「ボーダーレスウェア」としてWWSが投じた一石は、アパレル業界内に大きな波紋となって広がっていったのだ。

飲食の経験はない。だが、情熱はある

ところで、関谷氏が起こしたムーブメントは機能性スーツだけではない。「タピオカブームの火付け役」としても知る人ぞ知る存在だ。

WWSの開発からさかのぼり、2010年頃。関谷氏は国内で軌道に乗った水道管メンテナンス事業を海外に展開すべく、台湾やシンガポールなどを頻繁に訪れていた。しかし、2011年の東日本大震災の影響で海外プロジェクトは頓挫する。

その一方で、関谷氏が台湾を訪れるたびに必ず立ち寄っていたのが、タピオカミルクティー発祥の店とされる台湾カフェの「春水堂」だった。

「はじめて店内に入って衝撃を受け、同時に日本中でたくさんの人がタピオカミルクティーを楽しんでいる映像が鮮明に浮かんできました。ぜひ日本に紹介したい、という衝動が止まらなくなったんです」

春水堂に何度も通いつめては「オーナーに会わせてください」と頼み込む関谷氏。1年半後、「出店の商談はすべて断っている」というオーナーに面会するチャンスを得る。

「君は日本でどんな飲食業を経営しているんだ?」

「いえ、実は水道の仕事をしています」

「水道? 飲食の経験もないのに、やれる自信はあるのか?」

「やれる自信はないのですが……とにかく、この春水堂が好きなんです!」

そんなやり取りから始まり、その後も頭を下げ、情熱を伝え続けた末に、ついに2013年、東京・代官山に春水堂の1号店をオープン 。後に社会現象ともいえるタピオカブームを日本中に巻き起こしたのは周知のとおりだ。

タピオカミルクティーと機能性スーツという2つのヒットを仕掛けた関谷社長は、背景にある戦略について「戦略的にやらないのが戦略、なんです」と話す。「教科書的に考えれば、経験のない水道屋が飲食やアパレルの世界に飛び込むのはありえない。理屈ではなく、わき上がる情熱が原動力なんです」。


関谷社長(写真:尾形文繁)

理屈はない、と関谷社長は言うが、ここには、実は明確な理屈があるともいえる。

WWSの開発は、もともと社内プロジェクトとして発足し、はじめからビジネスにする意図はなかった。だから、「いつまでに完成させる」という期限も目標も設けず、何十回と失敗を繰り返しても、とにかく理想とするプロダクトができるまで資金と時間を惜しみなく投下し続けることができた。戦略でなく「衝動」に突き動かされたからこそ、ゼロイチのイノベーションを生むことができたのだ。

「スケジュールやゴールをガチガチに決めていたら、間違いなくプロジェクトは途中で挫折していましたね。もともとビジネスとしてやっていないから、時間も予算も自分の裁量で自由に費やせたんです」

「部外者」だからこそ信念を貫けた

関谷社長がアパレル業界の「部外者」だったことも奏功した。WWSがはじめてリリースされた当初、アパレル業界から多くの批判を浴びたが、部外者だったがゆえに、その声に惑わされずに信念を貫いた。そのことが、常識を覆すイノベーションにつながったのだ。

また、アパレル業界では季節に合わせて新作アイテムをそろえるのが常識だが、WWSでは「納得のできるものができるまで商品は出さない」と、ここでも非常識を貫く。いつ新商品がリリースされるかわからないからファンも心待ちにする。冒頭の「ヘルスプラス」が1200%の応援資金を集めたのも、そんなファンの渇望の表れかもしれない。

「非常識なことをやるのだから、反対の声が上がるのは当たり前ですよね。でも、その反対する人に思いを伝えて、協力者に変えていく。それが私のスタイルなんです」

その関谷社長はいま、新たな「衝動」に突き動かされている。アパレル事業で新たなオリジナルブランドを立ち上げるのだ。詳細はまだ明かせないが、「アパレル業界の常識を塗り替える、これまでにないコンセプトのブランド。ショップも準備中」だという。

「やりたいと思うからとことんやる」。ひょっとしたら今の日本企業に足りないのはそんな当たり前のことなのかもしれない。

(堀尾 大悟 : ライター)