知名度の高い市販薬を多数展開する大正製薬。創業家が4割の株式を握る、典型的なオーナー系企業だ(撮影:尾形文繁)

7000億円超を投じる過去最大のMBO(経営陣による買収)は、安すぎるのか。

「リポビタン」や「パブロン」などで知られる市販薬国内最大手の大正製薬ホールディングス(HD)は11月24日、MBOを行うと発表した。

創業家出身で、現社長の息子の上原茂副社長(47)が代表を務める会社が11月27日から2024年1月15日まで、TOB(株式公開買い付け)を行う。TOB価格は11月24日終値を約5割上回る、1株8620円。買収総額は約7100億円に達する見込みだ。

国内におけるMBOでは、11月上旬に発表されたベネッセ(総額最大2079億円)を上回り、過去最大規模とみられる。しかし今回のTOB価格をめぐり、市場からは「少数株主軽視だ」と批判の声が上がっている。

創業家一族が4割の株を保有

ビオフェルミン、リアップ、大正漢方胃腸薬――。知名度抜群の製品をたくさん展開する大正製薬だが、業績は長らく停滞していた。非上場化後は茂副社長が社長となり、中長期的目線での経営立て直しに集中する構えだ。

「もともとオーナー色の強い会社だったし、まったく驚かない。財務体質も良く、今の環境なら(資金が必要となっても)銀行が喜んでお金を貸すだろう」。ある製薬関連企業の幹部は、今回のMBOを淡々と受け止める。

大正製薬株の2割弱を保有する最大の株主は、上原記念生命科学財団(現社長の上原明氏(82)が理事長)だ。創業家一族はこの財団などを含めて約4割の株式を保有し、今回のTOBへの応募契約を結んでいる。

国内の製薬業界では、エーザイや沢井製薬などオーナー系企業はほかにも複数存在する。しかしその中でもここ最近の大正製薬は、株式市場との向き合い方をめぐり独自のスタンスが際立っていた。

象徴的だったのは、2022年に行われた東京証券取引所の市場再編時の対応だ。当時、東証1部に上場していた大正製薬は、プライム市場上場の条件を満たしていたにもかかわらず、あえてスタンダード市場を選んだ。

理由として挙げたのは、プライム市場が海外投資家の呼び込みを重視しているのに対し、大正製薬は国内中心に事業を展開し、株を保有する海外投資家は少数であるということ。プライム上場を維持するために必要となるコストを、既存の事業領域に集中させようと考えたようだ。


昨今、改善圧力が高まる株価向上や資本効率見直しへの対応策も乏しかった。

大正製薬の株価は、1万4000円近くを記録した2018年をピークに下落。2023年に入ってからは5000〜6000円の間を推移していた。株価低迷に伴いPBR(株価純資産倍率)も1倍割れが続き、9月末時点の同社のPBRは0.60倍だった。

東証からの改善要請を受け、PBR1倍割れの企業の間では3月以降、増配や自己株取得などの対応策を検討する動きも増えている。

大正製薬は長年有利子負債がゼロ、2023年3月期末の自己資本比率は82.9%と、好財務体質だ。ところが同社は配当と自己株買いについて従来方針を維持。他社のように、株主還元を強化するような姿勢はみられなかった。

上場企業に求められる経営のあり方と同社の方針のズレが目立つ中、ピーク時から株価が6割も下落した今は、経営陣にとって“買い時”だったとも言える。

医薬事業は2期連続で赤字

大正製薬の株価が低迷してきた背景には、市販薬や、医師が処方する医療用医薬品を取り巻く環境の変化への対応の遅れがある。

医療用医薬品を扱う医薬事業は、ジェネリック薬の参入や薬価引き下げのあおりを受け、直近では2期連続で赤字となっている。こうした状況の中で同社は今年、早期退職優遇制度を実施。応募した645人の多くは医薬事業の社員だったという。

他方でリポビタンやパブロン、リアップなどが支える柱の市販薬事業も、最近は収益の悪化が目立つようになっていた。

市販薬の国内市場は、人口減少でそもそも縮小傾向にあるうえ、ドリンク剤や育毛剤は競争も激しい。そこにコロナ禍の外出自粛が重なり、ドリンク剤と風邪薬が打撃を受けた。2018年度以前は安定して300億円以上の利益を上げていた市販薬事業だが、2019年度以降の3年間はその4〜5割減に落ち込んだ。

同社はMBOに関するリリースで、中長期的な成長のためには、ネット販売への対応や海外事業拡大など、事業構造の大きな転換と先行投資が必要であると説明。それらの投資を「株式市場からの評価にとらわれず」迅速に行うために、非上場化を決断したとする。

東海東京調査センターの赤羽高シニアアナリストは「資金調達に困らない企業では、上場コストを広告や製品価値向上策に振り向けたほうがいいという考え方もある」としたうえで、「大正製薬をカバーするアナリストは少なく、IR(投資家に対する情報開示)などに必要なコストが見合わなくなっていることも理由の1つではないか」と分析する。

PBR1倍割れのTOB価格に批判

しかし創業家のもくろみどおり、MBOが滞りなく成立するかは不透明だ。

というのも、MBO発表後に大正製薬の株価は急騰。足元では8700円前後と、TOB価格(8620円)を上回る水準で推移しているからだ。

さらに12月1日には、マネックスグループの投資助言会社、カタリスト投資顧問が今回のMBOについて「少数株主を軽視した判断である」との意見を表明した。同社が投資助言を行うマネックス・アクティビスト・マザーファンドは大正製薬の株式を以前から保有しており、今年7月末時点で同ファンドの純資産総額に対し5.26%を投資していた。

【2023年12月6日10時06分追記】ファンドの保有株に関する初出時の表記を上記の通り、一部修正いたします。

カタリスト投資顧問が問題視したのは、PBR1倍を下回るTOB価格だ。発表前営業日の終値に5割超のプレミアムをつけたTOB価格でも、PBRは0.85倍にとどまる。

マネックスグループ会長の松本大氏は、「東証がPBR1倍割れ企業に改善を求め、もはやPBR1倍は達成すべき最低基準ということが社会通念となっている中で、少数株主に純資産価格以下でのエグジットを半ば強制するようなことは合理的とは考えていない」とコメント。今後も同様の事例が続く可能性を懸念し、今回の意見表明に至ったとする。

大正製薬は創業家が約4割の株式を保有するほか、取引先との持ち合い株も多く、TOBの成立条件として設定した買い付け予定数の下限(66.57%)をクリアするハードルはそこまで高くない。マネックス・アクティビスト・マザーファンドも現時点では、TOB価格引き上げなどの具体的な要求を行っているわけではない。

アクティビスト出現の可能性も

とはいえ油断は禁物だ。

敵対的買収からの企業防衛について助言するIBコンサルティングの鈴木賢一郎社長は、買い付け価格の引き上げを求めるアクティビストが出てくる可能性を指摘する。

「株価がTOB価格を上回っているのは、TOB価格が企業価値より安いと見なされているということ。時価総額の大きい企業の場合、大量保有報告書を出すレベル(保有割合5%以上)までいかなくとも、1〜4%取得したことをアピールし、経営改革を求めるアクティビストもいる」(同)

実際、市場関係者の間では「MBO発表後、株式取得に向けて動いているファンドもいるようだ」との声も聞こえる。株価が急騰している背景には、こうしたファンドの動きが関係している可能性もある。

国内過去最大のMBOは、無事に成立するのか。先行きは波乱含みだ。

(兵頭 輝夏 : 東洋経済 記者)