投資家向け情報の開示には定評のある日立製作所。(写真は2019年の「Hitachi IR Day 2019」で副社長ライフ事業統括本部長として登壇した小島啓二・現社長。撮影:つのだよしお/アフロ)

「正直に言うと、投資家から受け入れられるのか不安な面はある。それでも掲載内容の大幅な絞り込みにチャレンジした」。日立製作所のインベスター・リレーションズ担当部長、谷内由布子氏はそう言ってはにかんだ。

日立は9月13日に最新の「統合報告書」を公開した。統合報告書は財務情報だけでなく、ESG(環境・社会・企業統治)を視野に入れた経営戦略、人的資本などの非財務情報まで記した資料だ。

日立の最新版の統合報告書で刮目すべきは、そのページ数。前年の106ページから53ページへと、一気に半減させたのだ。

各賞で表彰された実績

日立の場合、単純に事業内容を説明するだけでも紙幅をとる。総合電機・重電の分野で国内トップの座を占め、連結従業員数は32万人超。インフラ関係だけでも電力や鉄道など、手がける事業は幅広い。近年はアメリカやヨーロッパで大型買収を行い、海外でも事業を拡大させている。

【9月19日10時22分注記】初出時の連結従業員数を上記のように修正します。

しかも日立は、優れた統合報告書を開示している企業として各賞で表彰された実績を持つ。事業会社や投資家、大学の研究者らが参加し構成されるWICIの「WICIジャパン統合リポート・アウォード」、「日経統合報告書アワード」などで受賞している。

日立はいわば“情報開示の優等生”。それだけに、統合報告書のページ数半減は大胆な施策だった。

大手コンサルのKPMGが行った調査によれば、統合報告書のページ数は年々増加傾向にある。

881社に対する調査では、平均で75ページの統合報告書を作成していることがわかった。「61ページ以上」の企業は調査対象全体の66%。この比率は2年前から4%ポイント増加している(KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン「日本の企業報告に関する調査2022」)。

ページ数が膨らむ傾向にあるのは、非財務情報の開示ニーズの高まりが背景にある。投資家やステークホルダーなどから、人的資本やサステナビリティ、企業が取り組むべき重要な課題を示す「マテリアリティ」などを詳細に記載するよう求められているのだ。

伊藤忠、オムロン、味の素は100ページ超

各賞で表彰されている常連組の企業をみると、100ページ超えは珍しくない。伊藤忠商事145ページ、オムロン124ページ、味の素115ページ(いずれも2022年発行分でA4判換算)といずれも力作だ。


受賞企業では、人材育成のために行っている具体例を紹介したり、従業員へのアンケート結果とその改善などの定量目標を掲げたりして、人的資本に関する記述を増やす動きがみられる。マテリアリティや企業価値をどう生み出すかを示した「価値共創プロセス」にもページ数が割かれている。

また、コーポレートガバナンスの点でも、従来の社長やCEOによる挨拶文の掲載に加えて、執行役員や社外取締役、指名報酬委員会の委員長など、より幅広い経営メンバーのコメントを掲載する企業が出てきている。

日立も例外ではない。最新版では3人の副社長、指名委員会や報酬委員会など各委員会の委員長のコメントを新たに掲載した。価値共創プロセスなど、直近の開示トレンドも押えている。

それでもページ数を大幅に減らせたのは、事業に関する記述を全面的に見直したからだ。脱炭素など環境についての施策を統合報告書と同時に公開した「サステナビリティレポート」に完全移行し、重複部分をなくしたことも大きい。

そもそも統合報告書の制作を担うIR部門は、統合報告書を作るだけではなく、投資家への説明などで「使う側」にもなる。谷内担当部長は、「事業セクターごとに4ページあると投資家に説明しづらい。対話のツールと位置付けて、1ページにまとめたほうが理解してもらいやすいと考えた」と語る。

日立ではIR部門の3人が統合報告書の制作を主に担当する。9月中旬の発行に向けて1月には企画の検討を始め、4月から具体的な制作プロセスに入る。発行後は統合報告書を使いながら統合報告書説明会を開くなど、投資家との対話を行っている。

そうした投資家との対話の中で、「文章量やページ数が多い」「メッセージの強弱がわかりにくい」といった指摘を受けた。それがきっかけとなり、掲載内容の絞り込みに取り組むことになったという。

「統合報告書の見直しを本格化した2019年以降、社内で理解を得るために苦労する場面は多々あった。だが、社外からの評価も受けて、最近では反対に『自分たちの部署についての情報を減らさないでほしい』という声のほうが多くなった。今後も好循環を維持したい」。谷内担当部長は胸を張る。

「使い勝手のよさ」がポイントに

識者や投資家は、日立の統合報告書のページ数半減をどう受け止めたのか。

資産運用業務に携わり、企業の情報開示に詳しい小野塚恵美氏は、「会社の考え方が整理されたうえで、効率的に重要な情報が伝えられている」と評価する。

投資家サイドの評判もよい。「日立の情報開示は近年大幅に改善してきており、これが投資家からの信頼の向上と株価の再評価につながっている」。統合報告書の開示を踏まえたリポートで、マッコーリーキャピタル証券アナリストのダミアン・トン氏はそうコメントした。

日本株への投資が活発化する中で、統合報告書の開示を求める声が機関投資家を中心に高まっている。そのようなニーズに答える格好で、統合報告書を発行する企業の数は2022年12月末時点で872社になり、5年前と比べて2倍超に増えた(宝印刷D&IR 研究所調べ)。

「日立のページ数半減は勇気のいる判断だったと思う。今後は情報の取捨選択やサステナビリティレポートと組み合わせるなど、『統合報告書の凝縮』が1つのトレンドとなりうる」と、小野塚氏は話す。統合報告書で次に求められるのは、読み手にとっての「使い勝手のよさ」になりそうだ。

(梅垣 勇人 : 東洋経済 記者)