クルーガー国立公園の人工水場で給水するアフリカゾウ(写真:『私の職場はサバンナです!』より ©YukaonSafari)

幼い頃から大の動物好き、「環境保護を仕事に」と決意した太田ゆかさんは、大学在学中に参加した「サバンナ保全ボランティアプロジェクト」をきっかけに、2016年から南アフリカでサファリガイドとして活動を開始。現在は南アフリカ政府公認、唯一の日本人女性ガイドとして、世界中に日々サバンナの魅力と現状を発信し続けています。

知られざる動物たちの生態、環境保護の最前線、人と自然が共生していくために大切なことをつづった初の著作『私の職場はサバンナです!』には、多種多様な生態系を持つサファリの世界から教わった様々なメッセージがこめられています。「人間と自然のつながり」がリアルに描かれた同書より、一部抜粋、再構成してお届けします。

100年前はアフリカ大陸に20万頭いたとされるライオンは、現在およそ2万頭まで激減し、26カ国ですでに絶滅してしまいました。かつて10万頭以上いたとされるチーターも、過去40年間で13カ国から姿を消し、その数は、現在7000頭前後まで減ってしまいました。

一方で、アフリカの人口は世界トップクラスの勢いで増え続けています。野生動物が暮らす保護区と人間が暮らすエリアの境界は徐々に狭まり、開発の手は保護区の中にまで伸びてきています。

広大な自然や野生動物の生息環境を守りたいと思った時に、人間の生活と切り離して考えることはもはやできません。サファリガイドとして働き始めた当初は、ここまで人間が介入していいのだろうか、と悩み戸惑うことの連続でした。

私が現地で暮らしていて、中でも最大の課題だと感じているのは「生息地の減少」です。これは数多くの動物に共通している問題です。数十年後、数百年後まで豊かな生態系を守るには、どうしたらいいのか、人間と野生動物の関係性に触れながら、一緒にサバンナの未来について考えていきましょう。

人と野生動物が隣り合わせで生きる場所

サバンナでは、以前は野生動物が生息するエリアと、人間が暮らすエリアの間にはいわゆる「緩衝地帯」があり、ある程度の距離が保たれていました。しかし、現在はそういったエリアもどんどん開発が進んでおり、人と野生動物が隣り合わせで生活をしています。

私が暮らしているクルーガーエリアも、保護区のすぐ近くに村、牧草地や農耕地、大規模農園(プランテーション)、鉱物資源の開発エリアなどが広がっています。特に、私が住むサバンナの周りでは、オレンジやグレープフルーツなど柑橘類の大規模農業が盛んで、農業エリアはどんどん拡大してきています。

現在、南アフリカの保護区のほとんどは電気柵で囲われています。柵を設けることで野生動物が人間のエリアへ入ってしまったり、密猟者が保護区に侵入したりするリスクを抑えることができます。しかし柵があるからといって、野生動物と人間の共存が完全に実現するわけではありません。ヒョウやハイエナ、リカオン、チーターなどは柵の下をくぐって簡単に保護区と人間のエリアの間を行き来できてしまうのです。

保護区の柵沿いを車で走っていると、柵の下の地面が掘られているような箇所をよく見かけます。イボイノシシやツチブタなどが柵の下に掘った通り道の穴です。その部分を観察すると、比較的小柄なジャコウネコから大型のヒョウまで様々な足跡が見られ、実にいろいろな動物たちがこの通り道を利用して自由に保護区を行き来していることがわかります。またゾウが力ずくで柵を押し倒してしまい、どんな動物も通り放題、なんて状況になっているケースもあります。

生態的重要性を無視したオレンジ農地開発


雨水の浸食により柵の下に空いた穴(写真:『私の職場はサバンナです!』より ©YukaonSafari)

また、開発をめぐる問題もたくさん起きています。2021年には私がガイドとして働くクルーガーエリアでも、私有地の土地開発をめぐって大きな論争が起きました。

クルーガーは、南アフリカでも有数の規模を誇る私営保護区であり、多くの野生動物が暮らしています。その中心部にある私有地で、環境面への配慮もなく、その土地の生態的重要性を無視したオレンジ農地開発の話が進められていたのです。

それを知った現地NGOが、開発計画の見直しを求めて訴えの声を上げましたが、開発許可を担当している局から十分な説明はないまま、エリアの一部が農地となってしまいました。開発が進められているエリアにはクラセリー川という多くの野生動物たちを支える水源となっている川があり、周辺の保護区までつながっています。そんなエリアで農地開発が進むと、どうなるでしょうか。

まず、農薬や殺虫剤の利用により、周辺の生態系はもちろん、人々の生活にも悪影響を与える可能性があります。また、周辺に暮らすゾウがオレンジの匂いを嗅ぎつけて、餌ほしさに保護区を出て農地に入ってしまうことも懸念されます。ゾウの侵入は、農作物や人にとって危険なだけではなく、そのゾウが射殺されてしまうことも心配されます。

ちなみに、この開発を進めた大規模農業の会社の主な輸出先は、日本やヨーロッパ、中東です。南アフリカのサバンナで巻き起こっている論争も、日本とは無関係とは言っていられないのです。

開発を進めるのは悪なのか

アフリカは鉱物資源豊かな大陸です。石炭、金、ダイヤモンド、そして私たちの生活に欠かせない携帯電話やパソコンに使われるレアメタル(希少金属)などの資源が見つかると、目先の経済的利益が優先され、野生動物たちの生息域が開発されてしまうという事態はアフリカ各地で起きています。

鉱物採掘や大規模農業の開発が進めば、その資源を運送するための道路や線路がつくられます。開発と共にそのエリアに暮らす人々の数は一気に増え、人間と動物が共存できるように電気柵が設けられます。しかしこういった道路や線路、柵は野生動物たちの生息域を分断してしまいます。かつては広大なエリアを移動しながら生きていた動物たちは本来の移動ができなくなり、分断された限られたエリアの中で生きていくことになります。それはつまり、限られた集団の中で繁殖が進むことを意味します。

血縁関係などでつながった同じ種の遺伝子間のみで繁殖が進むと、特定の病気や気候の変化に適応できず、全滅してしまうリスクが高まります。ある種が存続していくためには、遺伝的多様性はとても重要です。今サバンナで起きている、開発にともなうエリアの分断は、種の遺伝的多様性を大いに損なう可能性があります。今後何世代にもわたって健康的な生態系が存続するためには、こうした生息地の減少や分断が大きな課題となってくるのです。

しかし、こうしたリスクをあまり考慮せずに、農業や鉱業の開発を進める人々は果たして「悪い人」なのでしょうか? この問題について考える時、同時に覚えておかなくてはならないのは、これらは南アフリカの経済成長を支えてきた主要産業であるということです。どちらも雇用創出に大きく貢献しています。

私が働くクルーガーエリアの付近には、南アフリカの中でも特に雇用率の低い地区が存在しています。コロナ禍の影響で、観光業は大打撃を受け、サファリ産業に従事していた人の多くが職を失い、雇用率はより一層低くなりました。コロナ禍以降、食肉を狙った密猟も増加しています。仕事がなく、人々の生活が貧しい状況が続く限り、なかなかこういった密猟がなくなることはないでしょう。

環境保護は地域の人々との連携があって初めて成り立ちます。理想を言えば、手付かずの大自然の生態系を守ることをなによりも優先したいところですが、現実的には産業開発、観光業、環境保護すべての分野が歩み寄り、妥協しながらベストなバランスを探っていくしかないのです。

射殺された1頭のヒョウ

2021年の一時期、グレータークルーガー保護区の周辺エリアで、1頭のヒョウが射殺されたことが話題になりました。このヒョウは、怪我により片目を失っていましたが、それでも立派にサバンナを生き抜いている姿がサファリマニアの中で人気を呼び、有名な存在になっていました。

「フクムリ」というニックネームが付けられ、みんなこのヒョウを一目見たくて、この地域のサファリに来ていたほどです。しかし、どんなヒョウでもいずれ老いてくれば、最盛期の若いオスヒョウとの縄張り争いには勝てなくなっていきます。フクムリも案の定、歳をとるにつれ、自分の縄張りを他のヒョウに奪われ、行き場を失い、村の近くのエリアまで追いやられてしまいました。

そこでフクムリが見つけたのは、ヤギや豚、鶏など、自然に暮らすインパラを狩るよりもずっと簡単に手に入るたくさんの獲物でした。味をしめたフクムリは、夜になると村に入ってくるようになり、短期間で2頭のヤギと豚、さらには番犬まで襲って食べてしまいました。おそらく保護区と村の間の茂みに隠れ、夕暮れ前からずっと狙いを定めた家を観察し、チャンスを窺っては犯行を繰り返していたようです。

村の子供たちはよく家畜を世話するお手伝いをします。このままでは次は子供の命が犠牲になってもおかしくありません。彼らにとっては自分や大切な家族の命に関わる問題です。そこで州の担当チームが動き、最終的にフクムリは射殺されてしまいました。

このフクムリ射殺の件が明るみに出ると、フクムリのファンだった人たちは、「ヒョウを殺すなんてありえない!」「村の人たちの方がいなくなるべきだ!」などと非難し、過激なコメントがネット上を飛び交いました。

私はこの事件の直後、被害にあった村を実際に訪問しました。トイレもないような貧しい家が並ぶエリアで、フクムリに家畜を食べられてしまった家の庭には木の枝で作られた小さな囲いがあり、その中にヤギが数頭入っていました。

私が訪ねた時はちょうど、この家のおじいちゃんが番犬を連れてハイエナ退治のパトロールから帰ってきた時でした。おじいちゃん曰く、フクムリによる被害だけではなく、毎週のようにハイエナが村の家畜を食べに来るとのことでした。

地域住民にも保護活動の輪に

今回はたまたま有名なヒョウが射殺されたため、これほど話題になりましたが、ここに住んでいる住民たちは日々こういった危機にさらされながらも、自分たちの貴重な財産を守り、一日一日を生きていくために必死に生活しているのです。


クルーガーエリアには保護区と地域コミュニティでうまく連携が取れているところもたくさんあります。しかし、すべてのエリアでこうした連携が取れているわけではなかったのです。そのため、保護区と地域コミュニティ間の軋轢だけではなく、地域コミュニティの間でも不平等が生まれてしまい、彼らの関係の悪化にまでつながってしまうことがあります。

だからこそ、その地域で暮らす人々の暮らしを尊重しつつ、同時に地域住民にも保護活動の輪に参加してもらう方法を模索し続けなければなりません。私が活動している保護区では、住民に無償で観光業(サファリ業)に従事できるようなトレーニングや教育機会を提供し、その地域から優先的にスタッフを雇っています。また、地域コミュニティ側でも獣害対策が整っており、コミュニティとの良好な関係が築かれています。

(太田 ゆか : 南アフリカ政府公認サファリガイド)