遂に最終回を迎えるVIVANT(写真:VIVANT予告YouTubeより)

キャスト生出演の特番も高視聴率を記録するなど、視聴者を巻き込んで異例の盛り上がりを見せている『VIVANT』(TBS系)。

これまでの連続ドラマの枠を超えたエンターテインメントコンテンツとして楽しまれている本作だが、そこには原作や演出を手がける福澤克雄氏の意向がそのまま反映された“福澤ドラマ”になっていることが背景にある。

脚本、配役、オマージュ演出など福澤節が随所に

TBS局員である福澤氏は、これまでに演出家として『3年B組金八先生』シリーズ(1995〜2005年)や『GOOD LUCK!!』『砂の器』『華麗なる一族』など高視聴率をたたき出した人気ドラマを数多く手がけている。

さらに、『半沢直樹』をはじめ、『ルーズヴェルト・ゲーム』『下町ロケット』『陸王』『ノーサイド・ゲーム』など作家・池井戸潤氏の小説を原作にした連ドラ化で辣腕を振るい、骨太な重厚感のあるドラマ制作の名手として知られてきた。日曜夜9時枠のTBS日曜劇場を確固たるブランドに育て上げてきた立役者の1人になる。

『VIVANT』がこれまでのドラマと異なるのは、そんな福澤氏の意向がそのまま反映された“福澤ドラマ”になっていること。原作と演出を自ら手がけ、キャスティングでもこれまでの人脈をフル活用。メインから端役までの豪華配役を実現した。

大規模な予算をかけた海外ロケを含む大掛かりなロケ地の選定から、ナレーションや重厚な劇中音楽まで、制作のほぼすべてに福澤氏の意向が色濃く反映されている。

劇中にも、自身の好きな映画のワンシーンのほか、キャストの過去の代表作の仕草など、演技を含めた過去作、名作へのオマージュがあり、料理や小道具など細かな演出においても福澤節が随所に見られる。

放送開始日(7月16日)に配信されたTBSオフィシャルサイトの福澤氏へのインタビュー記事では、『スター・ウォーズ』シリーズのファンであることを語っているが、砂漠のシーンの風景イメージのほか、まるでダースベイダーとルーク・スカイウォーカーのような乃木卓(役所広司)と乃木憂助(堺雅人)の親子の関係性と、その衣装からも『スター・ウォーズ』を彷彿とさせる。

さまざまな惑星でミッションをこなしながら、次々と進むストーリー構成も似ている。『スター・ウォーズ』旧3部作のラストのように、柚木薫(二階堂ふみ)が憂助の妹だったという展開を期待してしまうファンも多いかもしれない。

ドラマ制作だけではない、コンテンツとの関わり方

監督が自身の嗜好を色濃く反映させる制作手法は、映画ではよくあることだが、公共の電波を使用するテレビ局の連続ドラマとして、ここまで振り切るのは珍しい。来年定年退職する福澤氏への、TBSからの最後の作品としてのはなむけとも伝えられているが、福澤氏の人脈と経験値、スキル、エンターテインメント感度がなければ作れなかったドラマになっている。


福澤克雄氏(写真:TBS公式サイトより)

ただ、そんな恵まれた環境であっても、そこには責任が生じる。なにより桁外れの大きな予算の責任を背負う胆力と、それを楽しんで乗り越える人間性の大きさがある福澤氏だからこそ作り上げることができたエンターテインメントショーと見るほうが正確だろう。

そんな福澤氏が登壇するファンミーティングが東京・IHIステージアラウンド東京にて9月17日に開催されるほか、福澤氏と島根県のロケ地をめぐるツアーも企画されている。福澤氏はドラマ制作にとどまらず、コンテンツとしての360度ビジネスにも、自ら積極的に動いている一面もある。

バラエティでは、元テレビ東京の佐久間宣行氏(現フリープロデューサー、演出家)が自身の個性を反映した番組や映画作り、イベント化によるマネタイズなどで実績を作っており、現在はテレビ界を飛び出してメディアで幅広く活躍している。

ドラマでは映画を手がけるテレビ局員こそ多くいるが、ここまで全面的に制作を担う、突き抜けたアイコン的な存在はいなかった。そこに福澤氏が風穴をあけたことは、この先のドラマ界にとって大きな意義があるだろう。

それができたのも、もちろん福澤氏のこれまでの実績があってこそ。TBSは好きにやらせることのリスクよりも、それがヒットし大きなリターンを得ることを確信していた部分もあるだろう。

実際にそれが見事に当たった。数々の伏線をちりばめ、視聴者がドラマの考察を楽しむ、新たな視聴者参加型のテレビドラマフォーマットの成功事例を作り上げることができた。また、本作は福澤氏にとっても、今まで以上に知名度を高めるきっかけの1つになったのではないだろうか。

福澤氏の今後はどうなるのか

今回のヒットから、福澤氏は『VIVANT』の映画化を含めたシリーズ構想を練っているとの報道もある。

そうしたなか注目されるのは、福澤氏のTBS退職後の活動だ。これまでのようなテレビドラマ、テレビ局制作の大規模映画という枠にとらわれない、幅広いジャンルやカテゴリーの映像作品への参入と、これまでの知見を活かしたそこからの新たなヒット創出が期待される。

現在の日本映画界には、是枝裕和監督や濱口竜介監督、黒沢清監督など世界的な評価が高い監督は多い。一方で世界から注目を集めても、制作予算の限られた作品の場合は、日本では大きくヒットしない構造がある。

今年の興行では、「第76回カンヌ国際映画祭」で脚本賞を受賞した『怪物』(是枝裕和監督・坂元裕二氏による脚本)は興収20億円ほどだが、TBS日曜劇場の映画化となる『劇場版 TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』は45億円ほどになっている。

世界で評価される作家性の高い作品と、国内でヒットするエンターテインメント作品を1つの作品にできるかどうか。福澤氏には、両者の壁を超える作品作りの懸け橋になるネットワークとスキル、クリエイティブがある。

『VIVANT』の視聴者参加型フォーマットを映画にも広げ、ユーザーを徹底的に楽しませる、エンターテインメント性を追求する映像コンテンツの可能性に挑んでほしいと、筆者は期待を寄せている。

ドラマの世界進出の可能性も?

同時にドラマの世界進出の可能性も考えられる。たとえば、NetflixやAmazonプライムなどグローバルプラットフォームで『VIVANT』のフォーマットを世界中の人にぶつけたらどうなるのか。そこには、日本の映像エンターテインメントが世界中の人を巻き込んで楽しませる、ショーとしての新たな世界標準フォーマットを生み出すポテンシャルがありそうだ。

福澤氏はエンターテインメント業界で、世界にもっとも近い人物になるかもしれない。狭い日本を飛び出して、この業界の世界的プレイヤーの第一人者として羽ばたく未来が期待される。

(武井 保之 : ライター)