ドラマ「VIVANT」より。警視庁公安部外事四課の最重要任務は日本へのテロを防ぐこと ©︎TBS

TBS系ドラマ「VIVANT」で、自衛隊の諜報部隊「別班」と双璧を成すオモテの諜報組織「外事警察」。実際の警察もこれと同じような秘密諜報組織を持ち、外事警察活動にも展開していることをご存じだろうか。

知られざる外事警察のリアルな実情を、ドラマの公安監修者・勝丸円覚さんが明かす。

日本に数百人存在する外事警察官

あるときは異国で現地人に変装し、広範な情報網を開拓する、またあるときは数十人のチームを指揮し、捜査対象者への大規模な尾行を展開する――。

いずれも「VIVANT」で阿部寛さんが演じた、警視庁公安部外事四課の外事警察官のオペレーションだが、実はこれらはフィクションではない。日本に数百人存在するとされる公安の外事警察官たちは、日々こうしたオペレーションを密かに行っているという。

「VIVANT」で公安監修を行った勝丸円覚さんは、警視庁公安部の元外事警察官。警視庁に1990年代半ばに入庁し、在職していた半分以上の期間で公安セクションに所属し、任務に当たっていた。ドラマで登場した冒頭の記述のような海外での諜報活動を、実際にアフリカのある国で行っていたそうだ。

「警視庁公安部外事一課というセクションに所属していたのですが、あるときアフリカのある国で情報網を築くよう、極秘指令を受けました。身分は“警視庁警察官”から“外務省在外公館警備対策官”となり、外交官の身分で外事警察官として現地に入り、日本へのテロなどの脅威に関する情報収集をすることを命ぜられたのです」

公安の外事警察官は、実際どのような活動をしているのだろうか。勝丸さんは「日本へのテロ、そして日本の国益を損なうような情報をとにかく集めること」を指示されたという。

「私は2000年代にアフリカに派遣されたのですが、情報収集のため、まずは現地国の情報機関の人間との接触を続けました。当時は現地国の情報機関内で情報漏洩事案があり、こちらが接触を呼びかけても相手がかなり疑心暗鬼になっていた。ファーストコンタクトに苦労しました。こちらが日本警察の外事警察出身の外交官であることをしっかりと伝え、信用してもらいました」

勝丸さんは警察官から外交官に身分を変えて任務に就いていたが、外事警察官でありながら外交官として諜報活動することのメリットは「大きかった」と明かす。

「1つは不逮捕特権があるということ。もう1つは外交機密費という、いわゆる活動費を十分に使うことができたことです」

自身や家族の身辺警護も1人でこなす

海外で諜報活動をする際には、日本国内での公安のオペレーションのようにチームで動くことができない。つまり、自身や家族の身辺警護も含めてたった1人でオペレーションのすべてをこなす必要がある。

「私は家族を連れて現地に赴任したので、自身はもちろん家族に危害が及ばないよう、細心の注意を払っていました。現地では外交ナンバーの私用車を使っていたので、ときどきマークされていました」

車両で移動するときはかなり神経を使っていたという。

あるとき、勝丸さんが私用車で移動していると、後ろの車両が明らかに尾行している様子を見せていた。そこである“点検”をしてみたそうだ。黄色信号で停まる素振りをしつつ、直進する。すると案の定、背後の車も直進してきた。

勝丸さんはここで特殊運転のテクニックを使った。左右の安全を確認し「ジャックナイフ」と呼ばれる運転技法を用いて急ターンをしたのだ。そこから一気に反対車線へ移り、背後の車両を振り切ったという。「家までつけてこられたらアウトですから、絶対に巻かなくてはいけないのです」。

外事警察官にはこうした特殊運転技術を必ず学ぶ過程があり、実際のテストコースを使用して厳しい訓練が行われるのだという。

外事警察官は異国の地で、さまざまなリスクに対応しながら情報収集を進めていく。ドラマで役所広司さんが演じるノゴーン・ベキこと乃木卓も、警視庁の外事警察官として描かれている。

農業視察団の一員という身分で、バルカ共和国に妻の明美と赴任し、明美は息子の憂助を現地で出産した。農業視察のオモテの活動のウラで、当時、天然資源を巡り深刻化していた民族間の争いに関する情報収集を、外事警察官として行っていた。

では、どのように公安の外事警察官は選抜・育成されていくのだろうか?

勝丸さんは「警察にも自衛隊の秘密情報部隊『別班』のような組織が存在する」とした上で、「この組織の出身者の多くが外事警察官として活動している」と明かす。

その組織は警察庁が全国の公安警察部門から選び抜いた精鋭たちからなり、「専科講習」という名の厳しい訓練が行われるという。招集されたエリート公安警察官たちは所属の警察本部を退職し、特殊な訓練を受ける。

勝丸さんはその組織に関わった経験を持ち、海外での情報収集方法を講義したことがある。ちなみに参加していた公安警察官たちは出席確認の際、「鈴木です」「佐藤です」「田中です」などと、全員偽名を名乗っていたという。

講習では極左暴力集団や世界中のテロ組織の研究などの座学に加えて、特殊な実践訓練が行われる。講習では尾行や秘聴、秘撮、読唇術、そして鍵開けの方法、果てはマジック(手品)を習得する過程があるという。

外事警察官と自衛隊別班との違いは?

外事警察と自衛隊別班との違いは、徹底して法令を順守するという点だと勝丸さんは指摘する。

「外事警察はあくまで法に基づいて権限を執行する警察官ですから、ときに法を無視するドラマで描かれた別班のような行動は基本的にできません。鍵開けの技術も、閉じ込められてどうにもならない、命の危険を感じた際に使うものです。かつては民間企業に警察官の身分を隠して入社し諜報活動にあたるといったケースはあったそうですが、現在ではそうした違法性の高い活動はしていないと聞いています」


ドラマ「VIVANT」より。緻密な組織捜査を展開する事で知られる外事四課 ©︎TBS

ドラマでは別班と公安部外事四課の攻防が繰り広げられたが、2つの組織の関係性は実際どのようなものなのか。

勝丸さんによると、外事警察と別班は同様の業務を行うものの「あからさまな敵対関係にはない」と話す。なぜなら別班は自衛隊の部隊で、 警察が扱う領域と別班が扱う領域は違う。そのため基本的に現場でかち合うことはないというのだ。一体どのような領域の違いなのだろうか?

「別班の強みは、外事警察が触れることができない軍事情報を入手していることです。例えばテロリストの拠点からロケットランチャー3基が発見されたときに、外事警察はその存在はわかっても、性能まではわからない。対して、このロケットランチャーがどのぐらい強い破壊性能を持っているか、具体的には、かなり大きな飛行機まで撃ち落とせるとか、ということは、別班員は瞬時に判別できるんです」

別班は、潜入先の国の軍事情報を入手することを最優先の任務としている。軍の組織形態、キーマンの指揮官、軍の内情をスパイ活動によって入手している。

現地に人を介して情報網を開拓するヒューミントや、偵察衛星を用いた詳細な軍関係施設やゲリラ組織の所在地情報の取得など、自衛隊組織としての強みを活かした活動を日夜展開している。

テロ事件で別班の「影」感じる

勝丸さんは、2015年にシリアで国際テロ組織によって日本人2人が殺害された事件の際に、別班の影を感じたことがあったという。

「2人が殺害される瞬間を映像で公開するなど、日本人の人命が失われたテロ活動ということで、外事警察も現地で情報収集を行って官邸に報告を上げていたのですが、その中に外事警察情報ではない軍事情報が複数報告されていたことを後日、知りました。あれは間違いなく現地に展開する別班からの情報が上げられていたのだと思いました」

外事警察も別班も、過酷なミッションを成し遂げる拠(よ)りどころは一体何なのだろうか。勝丸さんは言う。

「過酷な任務を遂行できるのは、日本をテロの危機から必ず守るという愛国心が支えになっているからです。危険を冒して入手したテロにつながるかもしれない情報が日本の安全に貢献する、あるいは犯罪の流入を防ぐことにつながることを信じて、ひたすら任務に邁進するのです」

いまこの瞬間も遠い異国の地で外事警察官、別班員が日本の危機を未然に防ぐべく動いているのは間違いない。

(一木 悠造 : フリーライター)