生成AIを導入した場合、日本の失業率は増えるのでしょうか?(写真:Elnur/PIXTA)

生成AIはホワイトカラーの仕事の半分近くを自動化する。それがただちに失業を増やすことにはならないとされるのだが、その条件は 労働市場が柔軟に働くことだ。 日本は果たしてこの大変化に対応できるのか? 昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第103回。

労働者の3分の2が生成AIによる自動化に直面

ChatGPTなどの生成AIによって、人間の仕事をどの程度、自動化できるのか? そして、人々の職はどうなるのか?

アメリカの投資銀行大手のゴールドマン・サックスが、2023年3月26日に公表したリサーチレポートで、この問題についての分析を行っている。それによると、アメリカでは現存の職業の約3分の2が、AIによる自動化に直面する。影響を受ける職業では、業務の25〜50%がAIに代替される可能性がある。

アメリカ経済全体では、25%の仕事がAIに代替される。

生成AIが仕事に与える影響については、さまざまな議論がなされているが、定量的な評価を行っている分析はあまりない。その意味で、この推計結果は重要だ。そこで、やや長い表になるが、アメリカの場合の推計結果を下表に示す。


表トップにある事務・管理職は、最も影響を受けやすい職業で、業務の46%が自動化される(英語では、Office and Administrative Support。これは、ホワイトカラーの仕事を指すと言ってよい)。

他方、肉体労働を要する職業は影響を受けにくい。労働者の約63%が、仕事量の半分以下しか自動化されない。

事務・管理職と法務では、業務の46%が自動化できる

表の数字は、納得できるものだ。オフィス業務支援や法務に対して生成AIが大きな影響を与えるだろうとは、しばしば指摘されることだ。

また、運輸、生産、採掘、維持補修、清掃で自動化率が低いのも納得できる。このような仕事に対する生成AIの影響が少ないことも、よく指摘される。むしろ、飲食サービス、運輸、生産への影響が10%程度にもなるというのが、驚くべきかもしれない(注)。

このレポートは、ヨーロッパについても推計を行っている。そこでも、事務・管理職が最も影響を受けやすく、業務の46%が自動化される可能性がある。

なお、この推計は、他の類似推計に比べてかなり保守的だ(影響を比較的低く見積もっている)。そのことを、論文は表で示している。

(注)ただし、意外な結果もある。最も意外なのは教育だ。これは最も強く影響を受ける仕事の1つと思っていたので、この推計は意外に低いと感じる。また、コンピュータ、数学も、考えていたより低い。生物、物理、社会科学よりずっと低いのは不思議だ。金融業務は、法務と同じくらいに高いと思っていた。ヘルスケアも、アート、デザインも、考えていたより低い。

表で見たように、ホワイトカラーの仕事の約半分が自動化できる。これによってどれだけのホワイトカラーが失業するか?

さまざまな可能性が考えられる。1つの可能性は首切りだ。簡略化のため、100人の労働者を雇用する企業があり、労働者1人当たり1単位の仕事をしているとしよう。企業全体では100単位の仕事をしている。このうち50単位の仕事は自動化が可能だ。

そこで、労働者を100人から50人に削減し、50人の労働者が1人当たり1単位の仕事を行って50単位の仕事をする。 そして、AIが50代の仕事をすることとする。そうすれば、全体の仕事量はこれまでと同じ量を確保でき、かつ賃金の支払いが半分になる。

すると、企業が必要な労働力は、100人から50人に減ってしまう。つまり50人が失業する。

経済全体を見た場合、自動化可能な労働は、表に示すように25%なので、25%の人が失業することになる。このような事態が実際に生じれば、社会は大混乱に陥るだろう。

実際に失業する労働者は7%程度か

しかし、そうはならないだろうと、この報告書は言う。

まず、ほとんどの職種や産業は自動化に部分的にしかさらされていないため、AIによって補完される可能性が高く、代替されることは少ない。この分析では、少なくとも50%の重要性や複雑さを持つタスクが自動化にさらされている職種は、AIによって代替される可能性が高いと仮定している。

10〜49%の露出を持つ職種は補完される可能性が高く、0〜9%の露出を持つ職種は影響を受けにくいとしている。この仮定に基づくと、現在のアメリカの雇用の7%がAIによって代替され、63%が補完され、30%が影響を受けないという結論になる。

ほとんどの労働者はAIの自動化に部分的にさらされている職種に従事しており、AIの導入後、解放された能力の一部を生産活動に利用すると考えられる。自動化が可能であっても、雇用は減らさず、これまでの仕事に費やす時間を半分にする。 そして、生み出された労働時間で、新しい、より創造的な仕事を行うのだ。

こうしたことを考えるために、失業する労働者は前述のように7%程度に抑えることができるのだという。

さらに、AIによる自動化によって仕事を失った多くの労働者が、最終的には再就職し、新しい職種での雇用によって総生産を増加させると予想している。新しい職種は、AIの導入に直接関連しているか、または、非解雇労働者からの生産性向上によって生じる集約的な労働需要の増加に対応して登場するものだ。

こうして、失業した労働者は、新しい仕事を見つけることができるだろう。だから失業率は高まらず、経済の生産性が高まることになる。

これらの仮定の基で、生成AIの広範な導入は、全体の労働生産性の成長を向上させる可能性がある。これは、電動モーターやパーソナルコンピューターのような先行する変革的技術の出現で生じたのと同じ規模のものだ。

最も必要な経済政策は、労働力の流動性確保

確かに、このようなことになってほしいものだ。しかし、必ずそうなるとは限らない。そのためには条件がある。

最も重要なのは、経営者が労働者を解雇せず、新しい創造的な仕事を与えることだ。また失業する労働者が新しい仕事を見つけられることだ。これを実現するには、労働市場が柔軟に機能している必要がある。しかし、 日本でそれができるだろうか?

日本では、もともと労働の企業間移動が不十分だ。さらに、政策がそれを後押しした。コロナ禍における雇用調整助成金はその典型例だ。さらに退職一時金制度が企業間の流動性を難しくしている。

このような問題を抱える日本が、生成AIによって引き起こされる膨大な労働力移動に対応できるだろうか? もしできなければ、失業率が25%という事態になりかねない。

「それを避けるために生成AIを取り入れられない」といった事態になるのではないだろうか? 生成AIに対して、日本で最も必要とされるのは、労働力の企業間流動化の促進だ。

このレポートは、AIによる自動化の影響度を国別に推計しており、日本は世界で3番目に高い影響を受ける国だとしている。日本についてのAIによる自動化率の数字は、経済全体の平均で見て、アメリカの25%より高い。

その意味で、このレポートは日本に対する警告だと捉えることができる。日本政府は、こうした事態をはっきり見据える必要がある。


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(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)