ラグビーワールドカップ2023フランス大会のラッピングを施したトゥールーズの路面電車(筆者撮影)

ラグビーのワールドカップ(W杯)2023フランス大会は9月8日に開幕、10月28日の決勝まで約2カ月間、同国各地で試合を行う。2019年の前回大会で史上初のベスト8まで駒を進めた日本代表は、第1戦となる9月10日の対チリ戦で42−11と大勝。前回以上の活躍が期待される。

日本はフランス南西部のトゥールーズという街で初戦を戦ったが、同試合を観戦した筆者はトゥールーズの交通に関する事情についても垣間見ることができた。大型イベントにおけるフランスでのユニークな取り組みについてもあわせて紹介してみたい。

W杯仕様の路面電車が走るトゥールーズ

トゥールーズはピレネー山脈の東側にあり、スペインとの国境にも近い。都市圏の人口規模ではパリ、リヨン、マルセイユに次いでフランスで4番目、2021年時点での人口は約50万人以上に達する。航空宇宙産業の中心地として知られ、航空機メーカー・エアバス(Airbus)がこの街に拠点を構える。古くは超音速旅客機のコンコルドもここで生産された歴史がある。

市内には公共交通機関として、バスのほかトラム(路面電車)とメトロ(地下鉄)がある。開業はメトロのほうが古く、1993年に運行を開始。2路線があり、無人運転のゴムタイヤ式車両が走る。トラムは最初の区間が2010年に開業し、現在の2路線・27駅のネットワークになったのは2015年4月と新しい。

トラムの車両は、フランスの鉄道メーカー・アルストム製の超低床電車「Citadis(シタディス)302ファミリー」がベースだ。同タイプの車両はフランス各都市をはじめ各国で使用されているが、トゥールーズの車両デザイン決定には地元のエアバス社も関わっており、その旨を示すマークが各車両に取り付けられている。


トゥールーズのトラム車両。フランス・アルストムの「シタディス302ファミリー」を使用している(筆者撮影)

トラムはラグビーW杯の盛り上げにも一役買っており、大会カラーの青色をベースにW杯のロゴや同市で開催される試合の対戦国名などをラッピングした車両が数多く走っている。日本代表の試合についても対チリ戦(9月10日開催)、対サモア戦(9月29日開催)が記されており、日本人として誇らしげな気分になる。


日本代表の試合も記されたトラムのラッピング(筆者撮影)

市内のトラム、メトロ、そしてバスはティセオ(Tisséo)という交通ネットワークに組み込まれている。これらの交通機関は共通の運賃制度となっており、共通乗車券で自由に乗り継げる。

試合開催時の中心部は「カーフリー」

ラグビーW杯の試合開催に当たって、トゥールーズ市当局は大規模な交通規制を行った。市内中心地からクルマを追い出したことはもとより、その中心地からスタジアムに至るエリア一帯について、一部の幹線道路を除いて全面的に自動車を通行禁止にした。

旧市街の真ん中にある市役所の近くにあるキャピトル(Capitole)広場から3kmほどの道路は「ラグビーサポーターが歩く通り」と位置付け、やはり自動車通行禁止の施策が採られた。市役所は、サポーターらに「スタジアムまで一緒にパレードを」と呼びかけ、このルートを大勢で練り歩いた。9月10日の日本対チリ戦の際は、日本代表のジャージを着たサポーター数百人がパレードに参加した。

筆者もこのパレードと共に、中心街からスタジアムへの道のりを歩いてみた。大規模な通行禁止規制について市民からよくも苦情が出ないものだと感心したが、「何万ものサポーターが街をうろうろする日に、わざわざクルマを出してどこかへ行こうと考えるほうがおかしい」と話す市民もいた。「ラグビーの街」を標榜するトゥールーズの人々らしい発想かもしれない。公共交通の充実も、このような施策を可能にしているといえるだろう。

トゥールーズはフランスの首都・パリから約600km離れており、高速列車TGVをはじめとする長距離列車で結ばれている。同市のフランス国鉄(SNCF)の中心駅はトゥールーズ・マタビオ(Toulouse-Matabiau)駅といい、最速のTGV inOuiを筆頭に、TGVの格安列車「OUIGO」、在来線の都市間特急アンテルシテ(Intercités)、そして近距離を走る郊外電車が発着する。


ラグビーW杯の垂れ幕が掲げられたトゥールーズの中心駅、マタビオ駅(筆者撮影)

TGVが主力となり客車列車の減ったフランスだが、ボルドー―トゥールーズ―マルセイユ間を結ぶ昼行のアンテルシテは1970年代製の客車「コライユ(Corail)」で運行されており、寝台車を組み込んだパリ行きの夜行列車も運転されている。


トゥールーズ・マタビオ駅始発のパリ行き夜行列車(筆者撮影)

また、SNCFは本大会のオフィシャルスポンサーにもなっており、駅には横断幕などが掲げられW杯のムードを盛り上げている。

サポーターはどうやって移動?

ラグビーW杯では、各チームの試合は中5〜6日を空けて設定される。日本代表は9月10日のチリ戦の後、同17日に南仏のニースでイングランドと対戦する。せっかくフランスを訪れたのだからと、2試合以上を観戦しようとする日本人サポーターも数多い。中には「退職記念」と称して、W杯の会期中フランスに滞在し続けるという猛者もいるから驚きだ。


トゥールーズとパリ間は高速列車TGVで結ばれている(筆者撮影)

そんなサポーターたちには、試合の間の空き日程にフランス各地を訪れてみようという人も多い。そのほか、隣国スペインのバルセロナや、地中海に沿って南仏からイタリアを目指すといったルートで旅行する例もみられる。筆者にとって意外だったのは、これらのサポーターが欧州の鉄道周遊券「ユーレイルパス」を使って、フランスと周辺国を回るという声が聞かれることだ。かつてはポピュラーだったユーレイルパスを使った長旅は衰退傾向にあると思っていたが、複数のサポーターがこのパスを使って周遊するといい、意外な”需要”に驚きを感じた。

地理不案内な外国からの観戦客を迎えるに当たって、各開催都市や交通運行各社はあの手この手で案内の方法を準備している。幸いなことに、簡単な英語で会話に応じてくれるので、スマートフォンの翻訳アプリや地図アプリも併用すれば、トラブルを回避しながらより安全な移動ができそうだ。

一方、9月17日(日本時間18日)の日本対イングランド戦の舞台であるニースは、交通局と労働組合の対立により、空港に着いたW杯のサポーターがトラムに乗ろうとしても1週間〜10日有効の高いチケットしか販売していないといった状況が発生している。また、W杯に合わせてSNCFが企画した周遊切符も空港のアクセス駅ではなく、市内の中心駅まで行かないと購入できない。トゥールーズのように、市民と行政、警察が連携し、しかも治安がよい街でW杯の関連イベントを行えるのはむしろ異例ともいえる。

ラグビー日本代表の快進撃を楽しみにしながら、各国のサポーターたちが安全にフランスで行動できることを願ってやまない。


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(さかい もとみ : 在英ジャーナリスト)