中国当局は「iPhone使用禁止令」報道を否定して見せたが、同国経済は今後どうなるのだろうか(写真:ブルームバーグ)

米国株市場は8月後半まで調整が続いた。だがその後は、ジャクソンホール会議でのジェローム・パウエルFRB(連邦準備制度理事会)議長の発言が波乱材料にならなかったことなどをきっかけに、再び高値圏で推移している。

筆者は「ジャクソンホール会議後、市場は波乱となるのか」(8月25日配信)で、同会議では新たな材料は示されず無風になるとの見方を述べたが、ほぼ想定どおりの結果となった。

世界的株高から取り残される上海・香港市場の問題点

高値圏で推移しているとはいえ、9月以降の米国株は方向感が定まっていない。経済指標の上振れによって長期金利が上昇、これが株式市場で嫌気される局面が続いているからだ。ただ、同国の10年国債金利は4%台前半での推移が続いているが、この程度の金利上昇では同国経済の緩やかな回復が頓挫する可能性は低い、と筆者は考えている。日々の値動きで金利上昇が株式市場で嫌気されても、株高トレンドを崩す可能性は高くない。

世界の株式市場を見渡すと、米国株の値動きにつれて、多くの国の株式市場は年初からの上昇基調を保っている。年初にやや出遅れた日本株も、代表的な指標であるTOPIX(東証株価指数)の年初来騰落率は、アメリカ(S&P500種指数)だけでなく、ドイツ、韓国、台湾など主要市場の株価を大きく上回っている。

一方、これらの株高に追随できず停滞が続いているのは、騰落率が年初来ほぼ横ばいの中国本土株(上海総合指数)、同マイナスに沈んだままの香港ハンセン指数である。中国経済はゼロコロナ政策撤回をきっかけに回復に転じるかにみえた。だが、4〜6月期に再び経済成長率が停滞した。不動産価格の下落が続く中で、大手デベロッパーの債務返済が滞っているなどの報道が、株式市場の大きな悪材料となっている。

もし、長年上昇が続いた不動産価格が下落し続けるとともに、銀行の自己資本が損われて金融機関の経営問題が深刻になれば、平成バブル崩壊後の日本経済と同じ道をたどりかねない。この懸念が、中国の不動産企業の経営不振が報じられるたびに強まっている。

権威主義下での経済政策の限界が露呈か

筆者は以前「中国経済は今後『共同富裕』の推進で衰退する」(2021年12月12日配信)で、習近平体制の政治基盤が強まる中で、「共同富裕」を掲げる政策について慎重な考えを述べた。

「格差是正」を重視するのであれば市場経済から距離を置く対応が予想されるので、経済成長が抑制されるリスクを指摘した。これを書いてから1年半近くが経過するが、懸念したとおり、中国経済の停滞が長引いている。

筆者は中国経済や政治動向に詳しいわけではないが、金融市場に携わるエコノミストの立場で注意深く観察している。

高成長局面を終えた同国経済が、成長減速の段階にさしかかっているのは明らかである。多くの場合、経済成長率が下方屈折する局面での政策運営は難しい。さらに、同国では、経済成長を軽視する権威主義的な政治姿勢が影響しているためか、経済成長を安定させる経済政策が十分機能していないようにみえる。

同国では4〜6月期に経済成長率が失速したことに加えて、消費者物価が前年対比で一時マイナスに転じた。エネルギー・食料品を除いた「コア消費者物価指数」は前年比+0.8%(8月時点)であり、デフレに至っているとまでは言えない。

ただ、2022年以降の日本を含めて、世界各国でインフレ率が高まる一方で、中国では低インフレが常態化しつつある状況が際立っている。経済活動を抑制してきたゼロコロナ政策が解除されても、さまざまな要因によって国内需要は相当弱いとみられる。

もし、このまま中国で適切な経済政策が行われなければ、平成バブル崩壊以降の日本が経験した、財・サービスのデフレと資産デフレの悪循環とともに、経済成長が停滞する「日本化」”Japanification”が起きる。

なお、「日本化」というフレーズは、金融市場関係者によって、コロナ禍前に米欧諸国で日本のような低インフレ・低金利が続く状況を指して使われた。高インフレに見舞われたことで「米欧の日本化」懸念はかなり低下したが、最近は、中国において日本が経験した長期停滞が訪れるのではないかと懸念されている。

インフレ目標軽視なら「中国の日本化リスク」懸念続く

かつての日本と今の中国に相違点もあるので、単純に対比するのは難しい面もある。ただ、「物価の番人」である中央銀行の政策対応が日本の長期デフレの主たる要因だったと考える筆者にとって、中国も同様のリスクに直面しているようにみえる。

現在のところ、中国人民銀行の政策判断プロセスは不明確である。だが、中国人民銀行は国務院(内閣)に属する26部門の1つであり、政策判断には政治的な意向が影響するとみられる。

政府による年1回の活動報告で、目標とされるインフレ率が提示されているが、現状は3%である。ただ、インフレ目標の位置づけは曖昧であり、中央銀行が、先進国のようにインフレ目標に責任を持って対応しているようにはみえない。

日本では、1990年初頭の平成バブル崩壊後に、マネーサプライが減少するなど日本銀行の金融政策が引き締め的であるとの主張が経済学者などから提唱され、それに反対する日銀幹部との論争が行われた。

日銀は当時の政策対応を正当化、その後も保守的な金融政策の対応が続いた。この対応こそが、1990年代後半以降のデフレと低成長を招いた大きな要因だろう。日本がデフレ克服に向かうには、標準的な経済理論を重視する経済学者の知見をとりいれた政治家が、2%のインフレ目標を明示化するなどで日銀の政策レジーム(枠組み)を大きく変えることが必要だった。

金融政策やインフレ目標の是非について、かつての日本で起きたような論争が中国で行われているのか、筆者はほとんど知らない。ただ、中国では3%インフレが目標とされているが、コアインフレ率については2018年から2%以下での推移が続いている。

そして、コロナ禍後の経済停滞局面でも、中国人民銀行による政策金利引き下げは0.1%ずつの小刻みな対応が続いている。この対応の根拠は明確ではなく、インフレの上振れリスクに過度に配慮した、場当たり的な対応を続けている可能性がある。

筆者が懸念するように、もし中央銀行の政策が経済安定化政策として機能不全に陥っているならば、2012年以前の日本と共通していると言えるだろう。この点が中国経済への期待を低下させる要因になっている、と筆者は考えている。

他国で重視されるインフレ目標が軽視され、低インフレやデフレを許容するかのような中国人民銀行の対応が今後も続くなら、「中国の日本化リスク」に対する懸念はくすぶり続けるのではないか。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(村上 尚己 : エコノミスト)