シロサイ(左)とクロサイ(右)。口元に注目(写真;『私の職場はサバンナです!』より ©YukaonSafari)

地球温暖化、大気汚染、森林破壊……、自然をめぐる環境問題は世界的にますます注目を集め、喫緊の対策が求められています。

幼い頃から大の動物好き、「環境保護を仕事に」と決意した太田ゆかさんは、大学在学中に参加した「サバンナ保全ボランティアプロジェクト」をきっかけに、2016年から南アフリカでサファリガイドとして活動を開始。現在は南アフリカ政府公認、唯一の日本人女性ガイドとして、世界中に日々サバンナの魅力と現状を発信し続けています。

知られざる動物たちの生態、環境保護の最前線、人と自然が共生していくために大切なことをつづった初の著作『私の職場はサバンナです!』には、多種多様な生態系を持つサファリの世界から教わった様々なメッセージがこめられています。「人間と自然のつながり」がリアルに描かれた同書より、一部抜粋、再構成してお届けします。

私の思い入れの深い動物、サイをご紹介します。南アフリカにはクロサイとシロサイの2種類のサイが生息しています。ところで、みなさんはクロサイとシロサイの違いをご存じでしょうか?

白くないのになぜ「シロサイ」なのか

「名前の通り、色が違うんでしょ?」と思ったかもしれませんが、実は皮膚の色はまったく一緒、茶色がかった灰色をしています。体の大きさで比べると、シロサイはクロサイよりもひとまわり大きな体をしています。ぱっと見ると、頭の真ん中に生えた立派な角、ごつごつした皮膚など、とても似ているように思いますが、その生態には様々な違いがあります。
 
最大の違いは、食べ物です。シロサイは草を主に食べますが、クロサイの主食は葉っぱや枝です。そのため、それぞれ主食となるご飯が食べやすいように、口の形も異なって進化しました。シロサイは地面に生えている草を効率的に食べられるように、頭が縦長で口の位置が低く、横長の大きな形をしています。一方で、クロサイは上手に木から葉っぱや枝をもぎ取れるように、おちょぼ口になっています。

では、なぜクロとシロという名前で区別されるようになったのか、気になりますよね。

私も気になってサファリガイドの師匠に質問したことがあります。一般的には、シロサイの口について説明する時の「広い」という意味の英語「ワイド(wide)」が、白色という意味の「ホワイト(white)」と聞き間違えられて、シロサイという名前にたどり着いたという説が広まっていますが、実はこれは間違いなのだそうです。

シロサイという名前の歴史は、ヨーロッパ地域から多くのハンターたちが南アフリカにやってくるようになった1690年代まで遡ります。この時代のハンティング日誌に「シロサイ」として狩猟の記録がすでに残っているのです。

当時サイのハンティングが行われていた北ケープ地域は、炭酸カルシウムを多く含む石灰質の地層が広がっています。そのため、このエリアではサイが白い色をした石灰質の泥を体中につけて泥浴びをしていたことから、白色の泥をかぶったサイを見て、「シロサイ」と呼ぶようになったと言われています。

ちなみにクロサイの由来はというと、シロサイが「シロ」なので、対称になる色として「クロサイ」としただけ。予想以上に単純な名づけの理由、これもまた面白いですね!

赤ちゃんサイ・オリビアとの出会いと別れ

昔からハンティングの標的となっていたサイですが、1880年代の植民地時代も乱獲は続き、大量のサイの角が闇市場に流れていきました。中国では頭痛からガンまで様々な病気を治してくれる健康促進の伝統薬として信じられており、今でも根強い需要があります。ベトナムでは「富の象徴」として、置物や装飾品として富裕層に求められています。現在でも闇市場では、サイの角1本あたり2000万円近くの値段で取引されていると言われています。

こうした需要により、サイの角取引が国際条約により禁止された現在も深刻な密猟問題が引き起こされています。かつては世界に50万頭いたサイですが、現在は3万頭もいないと見られています。サイの密猟が一番酷かったのは、2013年から2017年にかけてで、南アフリカでは毎日なんと3頭ものサイが密猟の犠牲になっていました。

密猟者の多くは夜保護区に侵入し、サイを見つけると、銃で撃って動けないようにします。その後、斧やチェーンソーなどの道具をつかって、角を顔から切り取ります。サイは撃たれて即死することもあれば、中にはまだ生きているのに角と一緒に顔の一部まで切り取られ、ゆっくりととても苦痛な死を迎えなくてはならないサイもいます。私が暮らすクルーガーエリアはサイの密猟のメッカ(中心地)となっていて、夜銃声が聞こえるたびに「またサイが犠牲になったのか」と、心が暗くなったのを覚えています。

ある朝、私がサファリをしているエリアで、メスのシロサイが密猟にあったとの報告が入りました。そのメスにはまだ小さな赤ちゃんがいたので、どうなってしまったのか不安でいっぱいでした。密猟取り締まり隊が駆けつけた時には、赤ちゃんサイは母サイの死体の横で途方に暮れたように立ち尽くしていました。密猟者は角のために母サイを殺しましたが、幸いまだ小さな赤ちゃんには角が生えていなかったため、そのまま放置されていたのです。

この赤ちゃんサイは「オリビア」と名づけられ、野生動物リハビリセンターで人間がお世話することになりました。トラウマになるような事件があったにもかかわらず、オリビアはすくすくと元気に育ち、独り立ちできる大人のサイに無事成長してくれました。

密猟者の犠牲となったオリビア

そこで、オリビアは私たちの保護区のもといた野生の中に戻されることとなりました。自然界に戻っても、たくましく生き抜くオリビアの姿をサバンナで見かけるのは、いつも勇気をくれる嬉しい瞬間でした。しかし、その時間も長くは続きませんでした。保護区に戻った数年後、オリビアも密猟者の犠牲となり殺されてしまったのです。


野生に帰されたシロサイの孤児・オリビア(写真:『私の職場はサバンナです!』より ©YukaonSafari)

この悲劇は、大量に起きているサイの密猟事件のたった一例にすぎません。私がサファリガイドになった2015年頃には、1日サファリに出かけたら必ず一度はサイに出会えるといっても過言ではないくらい、頻繁にサイを見かけました。しかし2022年現在、同じクルーガーエリアを走っていてもサイに出会うことはなかなかなく、1カ月間まったく見かけないこともあるくらいです。現地にいると、このようなサイの生息状況の変化をリアルに肌で感じます。

このままでは絶滅してしまうという危機感が高まり、南アフリカでは様々なサイの保護活動が行われています。

今有効な密猟対策として、ほとんどの私営保護区や国立公園で行われているのが「除角作業」です。英語ではDehorning といい、言葉通り「サイの角を取り除く」という作業です。文字だけで見ると、「それじゃ、密猟者とやっていることは同じじゃない?」と感じてしまうかもしれません。

密猟者の場合、見つかってしまう前に、なるべく早くサイの角を取って逃げることしか考えていないため、サイの多くは角のためだけに殺されてしまいます。

しかし、獣医立ち会いのもと麻酔を打ち慎重に作業すれば、サイを傷つけることなく角を取り除くことができるのです。伝統薬として信じられているサイの角ですが、実際には人間の爪や髪と同じケラチンという物質でできていて、その効果は科学的に証明されていません。

人間が爪や髪を切っても痛くないのと同じように、サイも痛みを感じずに角を短くすることができるのです。角がなければ、密猟者の犯行動機もなくなるため、格段に密猟被害を抑えることに成功しています。

絶滅までの時間稼ぎとしての「除角作業」

今のところ、角がなくなったからといって、ライオンに襲われるといったリスクが高まるわけでもなく、サイはこれまで通り健康に暮らしています。しかし、サイのオスはメス獲得競争の際、角を使ってオス同士で戦います。そのため、より角の立派なオスがメスと交尾し、子孫を残していきます。除角作業によりどのサイにも角がない状況下では、長期的に見るとこうした自然繁殖の掟に影響を与えてしまう可能性も否定できません。

こうした懸念もあるため、除角作業はしないにこしたことはない活動ではありますが、次々とサイが殺されていっている厳しい現状では、絶滅までの時間稼ぎには大きな効果がある活動であるとも言えるのです。


サイの角だけを慎重に取り除く「除角作業」(写真:『私の職場はサバンナです!』より ©YukaonSafari)

除角作業に加え、密猟を取り締まるための地道なパトロール活動もとても大切です。現在クルーガー周辺エリアではパトロール体制改善のために、より多くの資金と人手がつぎ込まれ、密猟者と闘うために最新のテクノロジーが活用されるようになりました。セキュリティーがかなり強化されたことで、密猟被害は大幅に減少しました。


しかし、油断は禁物です。2022年に入ってからの半年間ですでに259頭のサイが殺されています。クルーガーで密猟しづらくなった密猟者たちは、これまでターゲットとなっていなかった新たな州や別の保護区のサイを狙うようになりました。やはり需要が無くならない限り、根本的な解決には至らないのです。

また、密猟を横行させる要因となっている国際犯罪組織や汚職の存在、密猟者として雇われている現地住民の教育や雇用機会の改善など様々な社会問題の解決も求められています。将来、博物館でしかサイが見られないなんてことにならないように、サイや彼らの生息する生態系全体を守っていくための活動を続けていきたいです。

(太田 ゆか : 南アフリカ政府公認サファリガイド)