スイスのゴッタルドベーストンネルで発生した貨物列車の脱線現場。手前に積荷の食品缶などが散乱している(写真:スイス連邦鉄道 © SBB CFF FFS)

2023年8月10日、アルプス山脈を貫くスイスの鉄道トンネル、ゴッタルドベーストンネルで貨物列車が脱線した。この事故でトンネル内の設備が大きな被害を受け、同区間を通過するスイス―イタリア間の国際旅客列車などは、同トンネルを通らない旧線への迂回運行を余儀なくされている。

脱線で設備損傷、列車は迂回運行

ゴッタルドベーストンネルは全長約57kmで、世界最長の鉄道トンネル。勾配とカーブの多い峠越えの旧線より高速で大量輸送が可能な新ルートとして2016年に開業した。2本の単線トンネルが並ぶ構造で、事故は西側のトンネル内で発生した。現場は2本のトンネルを結ぶ渡り線が設置されている場所で、線路や分岐器、信号装置などのほか、内部の気圧を調整する安全扉も破損したため、全面的に運行休止となった。

その後、東側のトンネルの被害は微少だったことを受け、8月23日から貨物列車限定で東側トンネルによる運行を再開しているが、旅客列車は峠越えの旧線経由での運行が続いている。

これにより、旅客列車の所要時間は通常より1時間以上長くなっており、さらに旧線は車両の建築限界(車体の大きさがインフラ構造物に接触する限界値)の関係で2階建て車両の運行ができないため輸送力が減っており、運行する列車の座席数は通常より30%ほど少なくなっている。


何重ものループ線で峠を越えるゴッタルド旧線(撮影:橋爪智之)

脱線したのは30両編成の貨物列車で、イタリア国内の5カ所から集積した貨車を連ねて走行中だった。途中、イタリア・スイス国境に位置するキアッソ駅での点検時はとくに異常はなく、列車はそのまま発車したが、ゴッタルドベーストンネル手前のティチーノ州南部で、対向列車の運転士が貨車から煙が上がっているのを発見した。

近くのベリンツォーナ駅に臨時停車して確認をしたところ、ブレーキが解除されない状態のまま、車輪とブレーキパッドが擦れた状態で走行していたことが判明。当該貨車のブレーキを解除し、問題はないとして運行を再開した。その後、トンネルの手前に設置している列車の状態をモニタリングする自動監視装置を通過した際も、とくに異常は見られなかったという。


トンネル内で脱線し横転した貨物列車(写真:スイス連邦鉄道 © SBB CFF FFS)

現在、スイス安全調査局(SUST)とティチーノ州検察局は、事故原因の調査を続けている。このブレーキ故障があった貨車と、事故の因果関係については不明で、現段階では事故の詳しい原因はわかっていない。

線路8kmと枕木2万本の交換が必要

スイス連邦鉄道(SBB)によると、トンネル事故による損害は当初の見積もりよりもはるかに大きく、8kmにわたる線路と2万本の枕木を交換する必要があるといわれており、これらの大規模な補修には少なくとも数カ月を要する見込みとなっている。また、大きく歪んだ安全扉の画像も公開された。


脱線事故で破損した安全扉(黄色の部分)(写真:スイス連邦鉄道 © SBB CFF FFS)

事故現場の復旧作業は捜査当局の調査完了後に着手したが、脱線して激しく損傷した貨車が16両も現場に取り残されており、まずはこれらを取り除く作業から開始しなければならなかった。狭いトンネル内で大型の重機を使うことができないため、損傷した貨車を細かく切断し、少しずつ外へ運び出すという気の遠くなるような作業が行われている。また、事故現場の写真を確認すると、貨車に積み込まれていた食品などの大量の積載物が線路内に散乱しており、これらが復旧作業の大きな妨げになっている様子がうかがえる。

安全扉に関しては、とりあえず仮設のものを設置して東側のトンネルは使用できるようになり、当面は1日当たり上下計100本程度の貨物列車を交互通行させながら運行している。


代替ルートとなっているゴッタルド旧線。旅客列車のほか一部の貨物列車も迂回運行している(撮影:橋爪智之)

ただし、旅客列車はゴッタルドベーストンネルを走行する際、非常時の避難経路としてもう一方のトンネルを使用することになっているため、1本のトンネルしか通行できない現段階での運行は不可能という理由で、旧線経由での運行が続いている。また、一部の貨物列車についても、運行本数に制限がある東側トンネル経由ではなく旧線経由で運行している。


ゴッタルド旧線を走る列車。後方、山の中腹に線路が幾重にも見える(撮影:橋爪智之)

SBBによると年内のトンネル開通は困難で、2024年初頭の限定開通を見込んでいる。

「代替ルート」の重要性

事故が発生したゴッタルドベーストンネルは2016年に開業したが、峠を越える旧線もそのまま残されている。旧線沿線にある村へのアクセス維持はもちろんのことだが、最大の理由は何らかの問題が発生してトンネルが使用不能となった際の代替ルートを確保することであった。


代替ルート確保を目的に残されたゴッタルド旧線は、風光明媚なことで知られ観光客にも人気だ(撮影:橋爪智之)

トンネルの開業後7年目にして、早くもその代替ルートとしての役割を果たすことになったのは残念なことだが、こうした問題は事故だけではなく、土砂崩れといった自然災害など回避できない事象も考えられ、世界中の鉄道で常にリスクとして存在する。旅客列車は旧線経由となって所要時間は1時間以上延びているが、それでも乗り換えなしで直通する列車を確保できているのは代替ルートが機能している証しで、リスクマネジメントをきちんとしてきた結果と言えよう。

対照的に、8月27日に発生したフランス東部の地滑りで不通となったイタリア―フランス間を結ぶ主要鉄道ルート「モン・スニトンネル」は、代替ルートもなく、少なくとも2カ月は閉鎖されるとみられる。


イタリア・フランス国境の地滑りによる不通で長期運休となる高速列車フレッチャロッサ(撮影:橋爪智之)

同様に被害を受けた国道と高速道路は、まもなくトラックの通行が再開される予定だが、両国を結ぶ鉄道による旅客および貨物輸送は当面ストップする。ビジネス需要が多いトリノ―リヨン間は、今後数カ月は9時間もかかるスイス経由とならざるをえないだろう。地元の反対などで建設が進んでいなかった、同区間の新たなルートである新モン・スニトンネルは2032年の完成を目指して準備を進めているが、今回の地滑りを受けて、早急に建設する必要があるとの声が上がっている。

今回の事故を受け、改めて代替ルートの重要性がクローズアップされている。


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(橋爪 智之 : 欧州鉄道フォトライター)