飛ぶ鳥を落とす勢いで業績を拡大しているワークマン。巧みな広報戦略はお手本のようだが、海外進出を果たそうとするなかで意外な「急所」も見えてきている(写真:尾形文繁)

8月30日、ワークマンが秋冬新製品発表会を開催しました。広報上手で知られる同社なだけに、情報量、精度ともに文句なし……と思いきや、筆者は「一抹の不安を感じた」と語ります。

『巻込み力 国内外の超一流500人以上から学んだ必ず人を動かす伝え方』などの著作を持つ気鋭のPR戦略コンサルタント・下矢一良さんによる不定期連載「広報・危機対応のプロは見た!ピンチを乗り切る企業・人の発想」。著者フォローをすると、下矢さんの新しい記事が公開されたときにお知らせメールが届きます(著者フォローは、記事最後のボタンからもできます)。

8月30日、ワークマンが秋冬新製品発表会を開催した。テレビや新聞、専門誌などの既存メディア、そしてSNSのインフルエンサーあわせて250名も招いた大規模なものだった。ワークマンの勢い、そして相変わらずの広報戦略の巧みさを感じさせるものであった。まさに「死角なき広報戦略」ではあるのだが、一抹の不安も感じた。

長年、テレビ東京で経済記者として多くの企業を取材し、現在は独立し企業の広報PRを支援する立場から、ワークマンの広報戦略の巧みさ、そして私が感じた「一抹の不安」を解説していきたい。

ワークマンの新業態「Workman Colors」

ワークマンの秋冬新製品発表会は3250平方メートルの会場を借り切る大規模なものだった。内容も盛りだくさんで、新業態「Workman Colors」を披露。9月1日にオープンする「Workman Colorsイグジットメルサ銀座店」の内覧会も併せて行った。

他にも「新製品コーデファッションショー&ダンスパフォーマンス」「成長ビジョンプレゼンテーション」、9月1日の『防災の日』を意識した「危険エリア脱出体験シミュレーション」「短納期製品や肌着市場への挑戦となる保湿インナーの体験・展示」「自撮り用フォトブース」など、かなりの充実ぶりだ。ワークマンによると「アパレル業界の個展としては日本一の規模」だという。

私は今回の新製品発表会で、ワークマンの広報戦略の巧みさを3点、感じた。

・巧みな点その1:既存メディアとインフルエンサーに対し、一体的に広報施策を展開している

1つ目は、テレビなどの既存メディアとSNSのインフルエンサーに対し、一体的に広報施策を展開してるということだ。

発表会の約3週間前に、ワークマンは発表会の開催を告知するプレスリリースを配信している。興味深いのは、発表会開催を一般公開しているという点だ。


発表会開催を一般公開。プレスリリース的には、「異例」なのは間違いない(出所:ワークマン公式サイト)


プレスリリースの内容も、写真が盛り沢山で、取材するメディアが想像しやすいよう工夫されている(出所:ワークマン公式サイト)

インフルエンサーとマスコミの記者を並列で扱う

通常、記者会見や発表会の開催日時や場所を伝えるプレスリリースは「メディア限定」で配信される。当日「素性のよくわからない人々」が押し寄せたら、対処に困るからだ。だが、ワークマンはそんなことは一向にお構いなしで、一般公開で配信している。

発表会告知のプレスリリースには、インフルエンサーとマスコミの記者を並列で扱った文言が並ぶ。

「発表会の参加者はマスコミ120名、当社アンバサダーと一般インフルエンサー(合わせてクリエイターと呼ぶ)で250名程度になる見込みです」

「発表会のメインテーマは『share! share! share!』で、マスコミとクリエイターに情報と共感をシェアして貰います」

参加者だけではなく発表会の「出し物」も、SNSを最も重視したものとなっている。インフルエンサー100名がワークマンの服に身を包み、プロのヘアメイクとフォトグラファーの手で「キセキの1枚」を撮影してもらえるというブース。あるいは「会場14カ所に設置された自撮り用フォトブース」などだ。

そもそも今回の主役である新業態「Workman Colors」自体が、SNS重視で生まれたブランドなのだ。「Workman Colors1号店が銀座に出店!!」と題したプレスリリースでは、次の「赤裸々な」記載がある。

「インスタグラムをはじめSNS時代には強いビジュアルインパクトが必要なことがColors店の出店背景です。白Tシャツやデニムパンツなどのモノトーンのインスタ投稿では『いいね』が付きません」


(出所:ワークマン公式サイト)

一方、完全にマスコミ向けのイベントと言えば、ワークマン成長の立役者である土屋哲雄専務が出席する「成長ビジョンプレゼンテーション」くらいだろう。

広報で「SNS重視」を掲げる企業は珍しくない。だが、そのほとんどはマスコミ向けとSNS向けの施策を別個に展開し、担当者も別に置いている。ワークマンのように一元的に施策を実行している企業は、それほど多くはない。全社戦略のなかでSNS、マスコミ対策が一体となった広報戦略が練られ、部門間の縄張り争いに侵されることもなく、展開されていることがうかがえる。

巧みな点はまだまだある

・巧みな点その2:マスコミ選別を進めていること

ワークマンの広報戦略の巧みな点の2つ目は、マスコミ選別をかなり進めていることだ。SNSを最も重視したうえで、マスコミでは経済報道としては日経、消費者向けにはテレビに重点を置いている。逆に日経以外の新聞は「軽視」と言ってもいいほどだ。

以前の記事(トヨタ、佐藤新社長就任で「広報戦略」激変の訳)で私はトヨタの「テレビ重視、日経を含む新聞軽視」の広報スタンスを書いたが、テレビ重視という面ではトヨタに近い姿勢を感じる。

ワークマンによるマスコミの選別を詳しく見ていきたい。

今回の発表会に合わせて記事にしたのは、全国紙では日経新聞のみだった。日経の記事のタイトルは「ワークマン海外進出 27年に台湾、沖縄にも24年に旗艦店」。この記事が掲載されたのは発表会当日の8月30日の朝刊だ。これらの内容は発表会で公表されたものなので、日経は発表会「前」に報じたことになる。

日経の記者は発表会の前に、どのように情報を得たのか。真相は当事者しか知る由もないが、記者経験者であれば、十中八九、ワークマン側による意図的なリークを疑うだろう。

仮にワークマン側によるリークだった場合、なぜ日経だけにリークしたのか。理由はシンプルで、日経との関係を重視しているからだろう。さらに言えば、日経に大きく報じてもらいたいからである。「他社が報じる前の情報」であれば、日経としても「独占情報」なので、通常より大きく報じる理由が生じる。

ちなみにワークマンの「日経先行」はこれだけではない。8月10日に女性用肌着に参入することを公式発表しているのだが、その前日には日経電子版で、発表当日の朝刊で報道している。これらの事実からワークマンが広報戦略として、新聞のなかで日経を脈々と重視していることが読み取れる。

一方、テレビはと言うと…

一方、テレビは日本テレビ「news every.」「DayDay.」「ズームイン!! サタデー」、TBS「THE TIME,」「ひるおび」、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」、フジテレビ「めざましテレビ」が取り上げている。

新聞とは対照的に、なぜ多くのテレビ番組が取り上げているのか。まずテレビは異業種である日経の先行を気にしないことがある。

加えて、ワークマンが発表会で多様な切り口を用意しているからだ。テレビと言っても、番組ごとに実際の視聴者層は異なる。新製品発表会は半期に一度のイベントなので、ワークマンとしても半年分の展開をすべて盛り込むことになる。「盛りだくさん」であるが故、どの番組もそれぞれの視聴者層に応じた切り口を見出すことができるのだ。

具体的には「ワールドビジネスサテライト」は経済報道らしく「新業態・ワークマンカラーズ発表」。生活に密着したニュースを報じる「news every.」「ズームイン!! サタデー」では、UNIQLOの新ブランドと併せて「物価高でもお手軽な値段で買えるオシャレなアパレル」。「DayDay.」「THE TIME,」「ひるおび」「めざましテレビ」といった情報番組では、街のトレンド情報として「銀座にオープンするワークマンの新店舗」を紹介している。

最後の「巧みなポイント」はと言うと…

・巧みな点その3:言葉がすべて具体的

ワークマン広報の巧みさ、最後は「言葉がすべて具体的であること」だ。新製品発表会では、新規参入の肌着も初披露された。この場でも土屋専務の言葉は明快だった。

ウェブメディア「Business Insider Japan」によると、土屋専務は発表会で肌着市場についてユニクロを念頭に「日本にはジャイアントがいる」と前置きし、次のように語ったという。

「トップの企業とガチで戦ったら、うちは勝てっこありません。我々が生き延びるための生存最低シェアは5パーセントだと考えている。5パーセントをうまく差別化してくるというのがこの話のミソです」

「例えばその周辺でアトピーがひどい人や、子供の虫刺されを嫌がる人など、ちょっと市場をずらして5%を狙う」

「ユニクロは真ん中で1番良い市場を取っており、そこを取ることはできない」

「価格面でユニクロが高いなと感じる人に来てほしいと思っています」

一見、企業として当たり前の受け答えのようにも見える。だが、実際には「伝統的大企業がなかなかできない応答」でもある。伝統的大企業であれば「他社のことは気にしていません」「すべてのお客様に支持されたい」といった「キレイゴト」を並べ、決して他社に言及しようとはしないだろう。

伝統的大企業のように「当たり障りのない言葉」を並べられても、記者は原稿にしづらいものだ。それゆえ「本音」を引き出すべく、試行錯誤しながら、質問を重ねることになる。だが、ワークマンのように当たり前のことを最初から明快に語ってくれると記者としてはありがたいし、好感を抱くものだ。

このように先駆的で盤石にも見えるワークマンの広報戦略。「一抹の不安」があるとすれば、前述のように一般紙を軽視していることだろう。近年の新聞購読者の大幅な減少、そして高齢化を鑑みれば、ワークマン、あるいはトヨタのように「引く手あまた」の企業から日経以外の新聞が「選ばれない」のは、当然かもしれない。

ワークマンの今後

だが「選ばれなかった側」には、確実に冷ややかな想いが蓄積しているはずだ。記事データベース「日経テレコン」で、ワークマンが今年、掲載された記事を検索すると、日経が朝刊だけで46記事もあるのに対し、朝日・読売・毎日・産経を足しても21記事に過ぎない。

ワークマンの業績が好調なうちは、何の問題もない。だが業績が大幅に悪化、あるいは不祥事が起きたとき、一般紙の論調はかなり厳しくなる懸念がある。そうなれば、テレビも新聞の論調に引きずられる可能性は十分にある。

私は元記者として、そしてPR戦略コンサルタントとして、マスコミ対策を「日経の一本足打法」から「5回に1回程度は他紙にも華を持たせる」関係への移行をお勧めしたい。他紙の「やる気」を喚気するだけではなく、日経も安穏としていられない状態となる。そうなれば、ワークマンの広報戦略は一層、隙がないものとなるのではないか。

(下矢 一良 : PR戦略コンサルタント)