こんにちは、書評家の卯月 鮎です。猫を飼い始めてまだ1年の新参者ですが、絶大的なアイドル時代は過ぎ、最近は猫のいる幸せをじんわり堪能しています。よく「ペットは家族」といいますが、私にはあまりピンと来ず、人生という旅の“良き相棒”という感覚です。

 

まだ1歳なので大げさかもしれないですが、早くも将来のペットロスに怯えています。といっても、命あるものはいずれこの世から旅立つ定め。スタートからゴールまで、一緒に歩める感謝と覚悟が同居する不思議な気持ちですね。

 

ペットロスを経験した著者が語る「その日」

今回紹介する新書は『ペットロス いつか来る「その日」のために』(伊藤秀倫・著/文春新書)。著者の伊藤 秀倫さんはライター・編集者。文藝春秋入社後、「Sports Graphic Number」「文藝春秋」「週刊文春」編集部などを経て2019年フリーに。ヒグマ問題やペットロスなど動物と人間の関わりをテーマに取材しています。

4か月経っても立ち直れない人が約4割!?

本書は伊藤さんの実体験から始まります。2020年5月、愛犬のミントを亡くした伊藤さん。いざ「その日」を迎えてみると、心と身体の反応は激烈で、ほぼ何の備えもできていなかったことを思い知らされたそうです。ほとんど固形物を食べられなくなったミントのために、食欲を刺激するものはないかとスーパーに立ち寄ってしまったばかりに最期に立ち会えず……。2日後にそのとき買ったカブを見て反射的に涙が出てしまった、と伊藤さん。

 

このできごとをきっかけに、伊藤さんは「ペットロス」について取材を始めます。第1章「『ペットロス』とは何か?」では、その定義と識者への取材がわかりやすくまとめられています。ヤマザキ動物看護大学の木村祐哉准教授の推計によると、日本での犬猫の年間死亡数は計約88万頭。

 

また、木村氏が行ったペットロスをテーマにした調査によると、死別直後で59.5%、4か月後でも40.7%の人が「医師の介入を要する精神疾患」のリスク群と判定された、とのこと。4か月経ってもその痛みが抜けないというのが、ペットロスの深刻さを物語っていますね。

 

もっとこうした取り組みが広がればいいのにと私が感じたのが、第7章「アメリカにおける『ペットロス』最前線」の例。欧米ではペットの死とどのように向き合っているのか? アメリカ・オレゴン州ポートランド在住の中田さんの体験がレポートされています。

 

愛犬を亡くして食事も喉を通らない日々が続いていた中田さん。友人から、動物病院が提供する「サポートグループ」を勧められます。そこでは同じ境遇の人が集まり、ファシリテーター(進行役)のもと座談会が行われます。週に1回行われるこの集まりに参加した中田さんにある変化が訪れます……。

 

このほか、カウンセリングを行う獣医師や精神科医への取材、45人の元飼い主たちへのアンケート、芸能人として悲しみを乗り越えた上沼恵美子さん、壇蜜さんへのインタビュー……。綿密な取材と多彩な切り口でペットロスの現実と、喪失への備えが記されていきます。

 

著者の伊藤さん自身がペットロスで苦しんだこともあり、より多くの人に知識や対処法を“伝えたい”という思いが文章からあふれています。知ることは備えの第一歩。また、それぞれの体験談からは、ペットロスの裏側にある強い愛情が伺え、温かい気持ちにもなります。

 

ペットロスに限らず、人は悲しみの淵からどう立ち直るのか、本書は人生の深め方のヒントにもなっていると感じました。私も相棒との毎日を大切に暮らしていきたいと思います。

 

【書籍紹介】

ペットロス いつか来る「その日」のために

著:伊藤秀倫
発行:文藝春秋

年間約36万人もいる予備軍。ペットロスとは何か?重くなりやすい人とは? なったらどうすれば? 和らげる方法は? 著者自身の壮絶な体験と綿密な取材にもとづく、ペットロスになる前もなった後も、まず読むべき一冊。

 

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。