■備え付けのシートヒーターを使うだけで月額料金がかかる

欧米の自動車メーカーを中心に、自動車に搭載される一部機能を月額課金制(サブスクリプション)に切り替える動きが広がっている。

米Teslaは2021年7月、自動運転プログラム「Full Self-Driving」(FSD、フル・セルフ・ドライビング)のサブスク提供を開始。これまでFSDは1万ドル(約135万円)の買い切りで提供されてきたが、月額199ドル(約2万7000円)で利用できるようになった。

BMWやアウディなどもこの動きに追随。BMWは運転補助サービスに加えて、座席を温めるシートヒーターもサブスク化した。しかし、これにはユーザーが猛反発し、炎上状態になった。

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シートヒーターははじめから全車に搭載されたハード装備だ。ユーザーは「購入したクルマに装備されているのになぜ使えないのか」と不満を爆発させたわけだ。

「とりあえず全車に装備してあとで課金する」という手法は、使う見込みのない装備を搭載する無駄を生んでいるとの指摘もあり、浸透への道はスムーズではない。

無理を承知でサブスクモデルを推進する一部メーカーだが、その胸中には、避けがたい昨今の事情により低下した収益性を少しでも回復したい思惑があるようだ。

■“幼児連れ去り事件”でサブスクが問題になった

アメリカでは今年2月、車内に残された幼児がクルマごと連れ去れた際、車両追跡機能のサブスクに加入していないことを理由に自動車メーカーが同機能の有効化を拒否したとして、大きな問題となった。

米CBSニュースは、その顚末(てんまつ)を報じている。記事によると、中西部イリノイ州で妊娠中の女性が運転していたクルマが盗難に遭い、乗っていた幼児の息子が連れ去られた。

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保安官代理は米フォルクスワーゲンに対し、迅速な解決のため、当該車両の追跡機能を有効化するよう要請。ところがフォルクスワーゲン側は、オーナーがサブスク費用を支払うまではサービスを提供できないと述べ、これを拒否した。

母親は以前からサービスに加入していたが、このところ支払が滞っていたという。同社は150ドル(約2万円)を支払うまでサービスを再開できないと告げた。

母親が残債を支払ったあとでサービスは復帰し、幼児とクルマは無事に回収された。フォルクスワーゲンはその後、対応について釈明。緊急時のために警察との連携手順を定めていたが、これが遵守されなかったと説明している。

この一件は、サブスクに対する消費者の歯がゆさを象徴する出来事となった。仮に、追跡機能に必要なシステムがそもそも搭載されていなければ、追跡不可能だったとしてもフォルクスワーゲンが責められることはなかっただろう。

■車両追跡、遠隔操作、自動運転もサブスク

しかし本件では、すでにオーナーが手にしている機能を、あたかもメーカー側が悪意をもって制限しているかのような印象を帯びて世に受け止められた。ハード的にそこに存在するのにブロックされて使えないという状況は、想定以上の苦痛を消費者にもたらすという教訓を物語る。

オプション装備のサブスクは追跡システムにとどまらない。米インサイダーは2022年夏の騒動を振り返り、BMWがシートヒーターのサブスクを発表して反発を受けたと指摘している。米CNNによると、同機能は月額10ユーロ(約1500円)を要する。

CNNはまた、メルセデス・ベンツが加速度の向上に追加料金の支払いを請求しているほか、スウェーデン・ボルボと中国・吉利グループのEVブランド「ポールスター」も、1度のみの買い切り料金でエンジン出力を解放していると実例を挙げる。

米著名テック誌のワイアードは、「ほぼすべての世界の自動車メーカーが、何らかの形でサブスクを提供している」と言えるほどになったと述べている。

同誌によると、Teslaの自動運転が月額99〜199ドル(約1万3000〜2万7000円)で提供されているのを筆頭に、GMの衝突検知・ロードアシストシステムの「オンスター」が月額8ドル(約1100円)、遠隔スタートなどが可能なトヨタの「リモートコネクト」が8ドル(約1000円)などとなっている。なお、一部は年払いで2割ほど安価になる。

■「ソフトウエアを売れば、Googleのような利益が得られる」

一連の動向についてワイアード誌は、各社がソフトウエア業界のサブスクの流れを取り込もうとしているのだと分析している。

記事は、「世界の自動車メーカーが、MicrosoftやAppleなどの大手テック企業の超常的な収益に嫉妬するのも無理はない。ソフトウエアを売れば、Googleのような利益が得られる――そんな理屈だ」と論じる。

だが消費者の理解は、メーカーが想定するほど深まっていないようだ。米自動車情報サイトのカー・スクープは今年3月、アメリカでのアンケート調査の結果を報じている。「ショッキングなことに(またはそうでもないことに)、あらゆる年齢層の消費者が車内サブスクを受け入れていない」との見出しだ。

記事は、年齢層や所有の車種にかかわらず、新技術への支出に関心を抱く消費者は「ほとんどいない」と指摘する。同誌が取り上げている米コンサル企業のオートパシフィックによる調査では、新車の購入予定者を対象に、どのようなサブスクに興味があるかを尋ねた。

結果、ネット越しのリモート操作などのサブスク機能に興味があると回答した人々は、最も先端技術に興味があると思われるEV購入予定者においてさえ、わずか23%にとどまったという。プラグインハイブリッドを予定している人々では21%、ガソリンエンジン希望者ではさらに落ち込み16%となった。

■EVを作って売るだけでは儲からない

消費者はサブスクに興味を示していないが、メーカー側が強くプッシュしているのはなぜだろうか。

CNNは、「そこには単純な理由がある。EVは自動車メーカーにあまり収益をもたらさないのだ」と解説している。フォードの幹部は2026年までEVが利益を生むことはできないと発言しており、GMも2025年までは収益が立たないとの見解を示しているという。

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記事はデロイト・トーマツのリポートを引き、現状通りのビジネスを継続する場合、業界では将来的に利益の50〜60%が損なわれる危険があると報じている。「業界にはあまり選択肢がないかもしれない」とCNNは述べている。

そこで頼みの綱となるのが、利幅向上が見込めるサブスクだ。ワイアード誌は、GMのメアリー・バーラCEOの昨年の発言を取り上げている。それによると同社は、社内調査の結果を基に、ユーザーは平均月額80ドル(約1万1000円)を支払う意志があると見込んでいるという。

■中古車からも安定した利益を得られる

オプション装備のサブスク化はまた、これまで自動車メーカーの利益外だった中古車の利用からも、安定した収益を生み出す可能性がある。

現状、新車を一度販売してしまえば、メーカーの収益はそれまでだ。傘下のディーラーは中古車の販売や修理サービスで利潤を上げることも可能だが、純粋にメーカーの利益という意味では、中古車がいくら市場で動こうと意味がない。

米会計コンサル会社のKPMGでグローバル自動車部門を率いるゲーリー・シルバーグ氏は、ワイアード誌に対し、「巨大な市場です」と語る。「費用をかけてクルマを生産し、工場の設計と建設にも予算をつぎ込み、それなのに顧客と話す機会がない」という現状を、「馬鹿げている」と氏は表現している。

そこで中古車へもサブスクの提供を広げ、収益源としたい考えだ。記事によると、フォルクスワーゲンのソフトウエア部門であるカリアド社は、フォルクスワーゲン車のインパネやアプリに「高度にターゲティングされたデジタルキャンペーン」、すなわちパーソナライズしたデジタル広告を配信することが可能だと説明している。

無料期間のオファーなどで顧客を引き込み、これまで収益源とならなかった中古車のオーナーからも料金を徴収したい構想だ。

■ユーザーには不利益でしかない

クルマは購入費用だけでなく、維持費用にも相当な金額を要する。毎月のガソリン代や駐車場代、車検代や整備費用に加え、GMが見込むように新たに1万1000円を毎月支払いたいと考えるユーザーばかりではないだろう。

サブスクは本当に「合理的」なシステムなのだろうか。シートヒーターに月額1500円を7年間払い続けたと仮定すると、合計額は12万6000円にも上る。払い切りのオプション装備として2万〜4万円ほどで購入できることを考えると、ユーザーにとって到底合理的とは言えない。

冬場のみ契約すればもちろん倹約は可能だが、一度契約したきり解約を忘れるというのはサブスクのよくある失敗でもある。BMWの場合、はじめから払い切りを選択すれば一般的な価格での購入も可能となっており、もはやなぜサブスクをプッシュするのか不明だ。

アメリカではすでに、議員が車内装備のサブスク化を問題視するようになった。米ABCの系列局は、北東部ペンシルベニア州において、シートヒーターなど車載機器のサブスクを禁止する法案が提出される見込みだと報じている。この議員は、「企業の収益になるが、消費者には不利益」だと指摘しているという。

■何でもサブスク化するのは大間違い

メーカー各社は使いたいときだけ支払う利便性をアピールしているが、消費者は冷静だ。気前よく全車にオプションを事前装備する姿勢には、トータルの金額で回収できて余りあるというメーカーの思惑が垣間見える。

しかし、トータルの支出金額こそ消費者が気に掛けている部分であり、サブスク化は根本的に購入者の利益に反するものだ。

ソフトウエア界のビジネスモデルに影響を受けたものだが、そもそもクルマをソフトと同様に扱うことも、そもそも適切ではなかったかもしれない。

日々アップデートし、新たな機能が増えるソフトウエアならば、月額の支払で最新版を保つことにまだ意義はある。しかし、オプション装備のサブスク化は、クルマを「所有する」という最大の喜びを奪ってしまった。

収益源を模索するメーカーの苦肉の策ではあるものの、世界の反応を見るに、大歓迎からはほど遠い地点にあるようだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)