なぜ老親は陰謀論を信じやすいのか…中高年期に突然妄想が出現する「遅発パラフレニー」の恐ろしさ
※本稿は、益田裕介『精神科医が教える 親を憎むのをやめる方法』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■老いた親が陰謀論を信じてしまう理由
親が老年期に差し掛かり、とまどいを感じている方もいると思います。
かつて問題行動が目立った親が「丸くなっていく」こともあれば、昔は折り目正しかった親が、急におかしな言動を示すこともあります。
そうした言動が、ネットとの付き合い方で生まれる場合もしばしばあります。
ネット上のフェイクニュースや、怪しげな陰謀論を頭から信じてしまうといったケースは、最近よく見聞きします。
なぜ信憑性の薄い情報に振り回されてしまうのか。その原因はさまざまです。
■ネット上の情報は玉石混交
人間や社会についての理解が低いのかもしれません。
他者との交わりが少ない場合も考えられます。
ずっと家で子育てだけをしてきた親や、狭い業界で変化のない仕事を黙々とこなしてきた親もいるでしょう。
社会にインターネットが普及しはじめたのは2000年ごろの話です。
親世代がインターネットに順応できていなくても、それは当然のことです。
ネット上の情報は玉石混交です。その中から有用なものだけを選ぶスキルが必要ですが、それが不得手であっても仕方ありません。
■「昭和の頑固オヤジ」ほどネット上で豹変しがち
親がネットで誹謗(ひぼう)中傷を繰り返していることで、悩んでいる子どももいます。
社会の価値観の変化を受け入れられず、ネットに怒りを吐き出してしまうのです。
現役時代にはそれなりの地位にあった人が、そうした行動に出ることも多いようです。
無口で、自分の考えをうまく言語化できない、いわゆる「昭和の頑固親父」タイプほどネット上では豹変(ひょうへん)しがちです。
しかし、ネット上での誹謗中傷行為が問題視されるようになり、対策が取られはじめています。ひどい場合は名誉棄損などに問われる場合もあるため、親にも法的なリスクを理解してもらう必要があるでしょう。
■中高年期に突然妄想が出現する「遅発パラフレニー」
中高年期に突然妄想が出現する、「遅発パラフレニー」という病気があります。
統合失調症の妄想は荒唐無稽なものが多いのですが、「遅発パラフレニー」の場合、もっと日常的で、一見真実のように見えるのが特徴です。
「近所の○○さんに悪口を言われている」
「商店街に詐欺師がいる」
「携帯電話をハッキングされている」
といったものです。
妄想以外に目立った症状がなく、家族もトラブルが起きるまで放っておくことが多いため、診断が遅れがちです。
治療は統合失調症とほぼ同じで、抗精神病薬の投薬が中心ですが、あまり好転しないことが多い印象です。
■認知症の前駆症状の場合も
認知症の前駆症状の場合もあります。
その場合、「前頭側頭型認知症」や「レビー小体型認知症」に診断が変わることがあります。
「前頭側頭型認知症」とは、前頭葉と側頭葉が特に萎縮する認知症の一種で、怒りっぽくなったり、万引きなどの問題行動が特徴です。
難病に指定されているので、治療には医療費助成制度を利用できます。
「レビー小体型認知症」では、「幻視」が見られます。
「庭で子どもたちが遊んでいる」などと言うほか、手足が震える、表情が乏しくなるなど、軽度のパーキンソン病の症状が出ます。
認知症の一種ですが、薬物過敏性があるのも特徴です。
老年にさしかかった親が、問題行動を繰り返したり、言動におかしな点が見られる場合は、「遅発パラフレニー」もしくは「認知症」を疑ってみることも必要かもしれません。
認知症は、うつ、統合失調症、不安障害といった精神疾患と合併して起こることもあります。
また、老年になってから発達障害の特性が強く現れることもあります。
もともと発達障害傾向があった人が、加齢によって前頭葉の機能が低下し、その特性を強く見せるのです。
急に強いこだわりを見せたり、ADHDのような衝動的な行動に出ることがあります。こうしたケースでは、通常よりも手厚いケアが必要となります。
■「理不尽な行為」もかつては当たり前だった
社会の価値観は時代によって変わります。
体罰は、かつては「当たり前」でしたが、今は許されません。
「虐待は許しがたい悪行だ」という価値観が社会に根付いています。
かつての強い家父長制のもとでは、長男が尊重されるのが当たり前でした。
「長男だけおかずが一品多い」といった差別も珍しくなかったのです。今ではそんな家はめったにありませんが。
家庭内での女性の地位もかつては低かったのです。女は家にいるべき、という考え方が当たり前でした。
女性が性的虐待を受けた場合でも、「黙っていなさい、我慢しなさい」と言われることさえありました。
これは娘を世間の目から守ってやりたいという親心でもあったのですが、今の価値観に照らせば、理不尽な話というほかありません。
家の外にも厳しい上下関係があり、「目上の人間には服従すべき」という考え方が当たり前でした。これも今やナンセンスだと考える人が大半でしょう。
社会の価値観は大きく変わっていますが、親子問題においては、これが思わぬトラップとなることがあります。
■親世代の価値観を理解することも大事
子どもの側は、現代の基準で昔の出来事を判断しがちです。
患者さんと話していても、世代差を加味せず判断し、そのせいで余計に親を恨んでしまい、治療は停滞することがあります。
親を許すには「今は許されないけれど、当時はそういう時代だったのだ」という視点も重要なのです。
そのためには、親や祖父母の子ども時代についての本を読むことをおすすめします。
戦中戦後の暮らし、全共闘時代、高度経済成長期、平成バブル期。それぞれの時代を扱ったノンフィクションや小説がたくさんあります。
また、古い日本映画も当時を知るうえできっと参考になるでしょう。
「当時はそういう時代だったのだ」という認識は、「割り切り」であるとともに、ある種、救いでもあります。
親は自分を愛していなかったわけでも、軽んじていたわけでもない。単にそういう時代に生きていた人なだけだ、という気づきになるからです。
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益田 裕介(ますだ・ゆうすけ)
早稲田メンタルクリニック院長
防衛医大卒。防衛医大病院、自衛隊中央病院、自衛隊仙台病院(復職センター兼務)、埼玉県立精神神経医療センター、薫風会山田病院などを経て、早稲田メンタルクリニックを開業。精神科診療についてわかりやすく解説するYouTubeチャンネル「精神科医がこころの病気を解説するCh」を運営。著書に『精神科医が教える 親を憎むのをやめる方法』(KADOKAWA)、『精神科医の本音』(SB新書)、『精神科医がやっている聞き方・話し方』(フォレスト出版)がある。
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(早稲田メンタルクリニック院長 益田 裕介)