田澤純一、高木勇人…日本人選手がシーズン途中で次々と戦力外に。意外に厳しいメキシカンリーグの現実
近年、メキシコ野球が注目されている。2015年秋と2019年春には、侍ジャパンのテストマッチとして代表チームが来日。昨年開催された東京五輪では6チーム中最下位に終わったものの、その競技力の高さは強い印象を残した。
そうした交流が活発化するにつれ、日本人選手が当地のプロリーグに挑戦する例が増えている。メキシカンリーグには以前から日本人選手がプレーする事例が散見されていたが、その多くは日本で実績を挙げた選手が、現役生活の最後に国外の野球を体験してみようとメキシコを選んだというものだった。
シーズンチャンピオンを決めるプレーオフ真っ最中のメキシカンリーグ
その流れを大きく変えたのは、昨シーズン、グアダラハラ・マリアッチスでプレーした中村勝(現・オリックス)だろう。
春日部共栄高からドラフト1位で日本ハムに入団した中村は、1年目からプロ初勝利をマークし、5年目には8勝を挙げるなど将来を嘱望されたが、ヒジの故障などもあり2019年限りで自由契約となる。
その後、オーストラリアのウインターリーグを経て、昨年29歳でメキシカンリーグ入りすると、コロナ禍での短縮シーズンながら9試合に先発して8勝を挙げ最多勝に輝いたのだ。これに目をつけたオリックスがテスト生としてキャンプに招き、育成選手として獲得。7月5日に支配下登録された。
中村の事例は、つまりは若い選手にとってのNPB復帰の場としてのメキシコ球界、という新たな道が拓けたのだ。その役割は、これまでは国内の独立リーグが担っていたが、トップレベルの交流によりそのレベルの高さが実感できるようになったメキシコ球界のほうが、NPB復帰への近道とみなされるようになったと言える。
今季、そのメキシカンリーグでは乙坂智(前DeNA)、高木勇人(前BCリーグ神奈川、元巨人など)、小川龍也(前西武)、福永春吾(前四国アイランドリーグ徳島、元阪神)、そして田澤純一(前台湾味全、元レッドソックスなど)、さらにはNPB、メジャー経験のない平間凛太郎(前四国アイランドリーグ高知)の計6人がプレーした。
しかし、このうち8月上旬に終わったレギュラーシーズンで、最後までプレーしていたのは乙坂ひとりだけだった。
元メジャーリーガーから国内アカデミー出身の若手まで"玉石混淆"のこのリーグのレベルをアメリカのマイナーと単純比較することはできないが、一般的には「2A以上3A未満」と言われている。しばし「4A」とも例えられるNPBと比べれば、間違いなく"格下"のリーグである。実際、昨年のメキシカンリーグナンバーワン投手であった中村でさえ、NPB復帰後、バリバリの戦力として活躍しているとは言い難い。
だからと言って、日本でリリースされた選手がすぐに通用するほど甘いリーグではない。
田澤純一は防御率14.92で戦力外にシーズン最終盤のドゥランゴ・へネラレスのスタジアム。ポストシーズン進出の芽が絶たれてしまったこのチームとビジターのレオン・ブラボズのベンチには、メキシカンリーグの"出がらし"しかいなかった。メキシコではシーズン半ばを過ぎると、ポストシーズンを狙う上位球団が下位球団の成績好調な選手を引き抜き、交換要員として用済みとなったベテランを放出する。
消化試合のダブルヘッダー第1試合は、中盤に地元へネラレスが猛攻を見せ、逆転勝利を飾った。地元ファンは大喜びだったが、試合内容は"大味"としか言えないお粗末なものだった。2試合目開始まで時間があったのでフィールドに降りると、レオンベンチから英語で声がかかった。
「いま、タザワはどうしてる?」
アトランタ・ブレーブスで3シーズンのメジャー経験があり、過去に日本球界入りも噂された34歳のベテラン、ジョーイ・テルドスラビッチだった。彼はドゥランゴのメンバーに田澤純一の名がなかったことに驚いているようだった。テルドスラビッチはメジャー時代に対戦したことがあると言う。
「あの時のタザワは速かったよ。常に95マイル(約152キロ)は出ていたからね。でも、こっちでは90マイル(約144キロ)がやっとだったけどね」
アマ球界からいきなりボストン・レッドソックスと契約し、セットアッパーとして一世を風靡した姿はメキシコにはなかった。
田澤は2016年限りでレッドソックスを退団後、フロリダ・マーリンズ、ロサンゼルス・エンゼルスで2018年までメジャーのマウンドに立ったが、翌年はマイナー暮らし。その後、日本に帰国したが、田澤をドラフト指名しようとするNPB球団はなく、2020年はルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズでプレー。昨年は台湾プロ野球の味全ドラゴンズで4勝30セーブを挙げたものの、シーズン後にリリース。今シーズン開幕当初は所属球団が決まっていなかったが、5月初めにドゥランゴと契約しメキシコに渡った。
しかし、メジャーの舞台から3年も遠ざかっていた36歳のベテラン右腕が通用するほど、メキシカンリーグは甘くはなかった。13度のリリーフ登板で2勝3セーブを挙げたが、大量失点を許す機会が多かったのだろう。防御率14.92ではブルペンを任せることはできず、シーズンをまっとうすることはできなかった。
シーズンをまっとうしたのは乙坂智だけ5月に田澤が入団した際、入れ替わるようにドゥランゴを去ったのは福永だ。高校でドロップアウトしながらも、独立リーグからドラフト6位で阪神入団を果たした苦労人だったが、阪神では在籍4シーズンで一軍登板は7試合のみ。昨年は台湾球界入りが決まりかけたが、コロナにより頓挫してしまい、古巣の徳島インディゴソックスでクローザーを務めた。
今季はドゥランゴのキャンプに招待選手として参加。見事開幕ロースター入りして先発登板も果たし、防御率4.35と"打高投低"のメキシコでは優秀な数字だったのにも関わらず、ひと月も経たない間にリリースされてしまった。その直後、昨年中村が在籍したグアダラハラと契約したが、移籍後初登板で1イニング1失点に終わると、ここでメキシコを去ることになった。
前出のテルドスラビッチがシーズンを過ごしたレオンには、今シーズン2人の日本人がプレーした。名門メキシコシティ・ディアブロスロッホスを開幕前にリリースされた乙坂は、レオンに移籍後、センターのレギュラーとして38試合で打率.361を残し、強豪サルティージョ・サラペロスに"栄転"することになった。
高木は2019年限りで西武を戦力外となり、その後、12球団合同トライアウトを受けたものの獲得球団はなく、メキシコに活路を求めた。2020年に人気球団のユカタン・レオーネスと契約を結んだ。先発投手として期待され、キャンプにも参加したが、コロナ禍で帰国を余儀なくされた上、シーズンそのものが中止となってしまい、結局このシーズンから2年はルートインBCリーグの神奈川フューチャードリームズで過ごすことになった。
そして今シーズン、ベラクルス・エルアギラとの契約に至り、晴れてメキシカンリーグでプレーすることになったが、ベラクルスでは登板することなく、アグアスカリエンテス・リエレロスへ移籍。ここで先発投手として2勝を挙げたが、防御率5.54ではプレーオフを狙うチームには力不足とみなされたのか、最終的には乙坂と入れ替わる形でレオンに移籍することになった。ここでも4回2/3で10失点と結果を残せず、シーズン途中でリリースされることになった。
その高木について、テルドスラビッチはこう語る。
「ホームランをバンバン打たれたんだ。相手が(メキシコシティ・)ディアブロスやモンテレイ(・スルタネス)といった上位チームだったのがアンラッキーだったね」
NPBの第一線で活躍した実績があっても、田澤同様「昔の名前」が通じるほど甘くはないということだろう。
高木はすでにウインターリーグでプレーすることが決まっている。しかし、メキシコではメジャーをはじめ世界各国でプレーする選手が集まるウインターリーグのほうがレベルは高い。高木にとってウインターリーグのハードルはさらに高いものになる。
ほかにも、中日、西武で実働10年、最盛期にはリリーフ左腕としてブルペンにはなくてはならない存在だった小川は、北地区の強豪モンテレイに入団したものの、先発投手としてマウンドに上がった初登板で3回3失点に終わると、その翌日にリリースされた。
またシーズン途中に高知ファイティングドッグスからディアブロスに移籍した平間も、初登板初先発で勝利を挙げたものの、その後が続かずにオアハカ・ゲレーロスにトレードのあと、計5試合の登板で高知に戻っている。
広島、西武でプレーしたデュアンテ・ヒース(写真左)とヤクルトでプレーしたジョナサン・ハースト
「こっちはコンペティティブ(競争的)だからね」
そうメキシカンリーグの特徴を語ってくれたのは、ジョナサン・ハーストだ。メジャーでは花開かなったものの、台湾で通算76勝を挙げ、2001年にはヤクルトのリリーフとしてプレーした。
メキシカンリーグでも4シーズンを過ごし、現役引退後はニューヨーク・メッツのマイナーなどでコーチをしていたが、昨年冬にモンクローバ・アセレロスから若手主体の教育リーグの指導を依頼され、今シーズンからトップチームのコーチに就任している。
ハーストは、メジャーやNPBで活躍した選手でもなかなかシーズンをまっとうできない理由について、このような見解を述べた。
「こっちでは、強い球団はチャンピオンを目指してシーズン途中からどんどん選手を入れ替えてくる。だから故障したり、ちょっとでも調子を落としたら即クビだからね」
メキシコにはメジャーやNPBのような年単位の契約故障はない。報酬は月額で示されるが、支給は2週間ごと。つまり、この2週間単位でリリースのタイミングがやってくる。ハーストによれば、メキシコ人のベテラン選手はひと月単位の契約になるらしいが、日本人選手にそうした待遇は皆無である。
2019年にメキシカンリーグでプレーした久保康友(元ロッテなど)は、メキシコ人の気質についてこう語る。
「日本でいくら実績を積んでいようが、メキシコ人はどんなヤツでも『自分たちのほうが上だ』という態度で臨んできますからね」
片道5時間くらいなら当日にバスに揺られ敵地入りというのが当たり前の、日本よりもはるかに劣悪な環境や待遇は言い訳にならない。実力を発揮できるまでの猶予期間など与えられないというのが現実である。なにしろ、国内に複数のマイナーリーグを抱え、その下にはセミプロリーグも多数存在するほど、人材は豊富だ。
そのうえ、夏季リーグのない中南米各国の選手もメキシカンリーグに集まってくる。シーズンでも、メジャーをはじめ、米球界からあぶれた強者たちがメキシコに押し寄せてくる。だから、メキシカンリーグを単純に"格下"とみなすことなどできないのである。
10年以上前にメキシコで現役生活を終えた吉岡雄二(現・日本海オセアンリーグ富山監督)は言う。
「打者は難しいと思いますが、まだ若い投手ならメキシカンリーグからNPBという可能性はあると思いますよ」
はたして、第二の中村勝は現れるのか。現在メキシカンリーグは、シーズンチャンピオンを決めるプレーオフ真っ只中。これが終わればつかの間のオフに入り、10月からはウインターリーグが始まる。ここにも複数の日本人選手が参加する予定だ。「メキシコから日本へ」という"逆輸入ルート"が確立するかどうかは彼らの活躍にかかっている。