渋野日向子の全英女子3位。現場にいた村口史子プロが見た「凡人とは違うところ」
2019年にAIG全英女子オープンを制した渋野日向子が再び同メジャーで躍動。スコットランドの名門ミュアフィールドで開催された今年の大会で3位という結果を残した。そこで今回、テレビ中継のラウンドリポーターとして現場で見守っていた村口史子プロに、渋野の奮闘ぶりについて話を聞いた――。
渋野日向子が取り組むスイング改造について、「苦労して形にしてきたものが、結果に結びついてきた」と村口プロ
渋野選手は初日を8バーディー、2ボギーの「65」で回って、単独首位スタートを決めました。この日、私は渋野選手のラウンドにはついていなかったのですが、ミュアフィールドは、かなりの難コース。風が強いのはもちろんのこと、フェアウェーからグリーン周りまで数多くのポットバンカーが配置され、グリーンも微妙にアンジュレーションがあって、セカンドでグリーンをとらえたとしても、難なくパーがとれるコースではありません。そこで、8つもバーディーを奪えるのですから、単純に「すごいな」と思いました。
初日に好スタートを決めたのは、優勝した2019年大会と同じです(首位と1打差の2位タイ発進)。しかし、同じ全英でも今年の舞台はリンクスコース。さらに、先にもふれたように屈指の難コースです。
翻(ひるがえ)って、2019年大会はロンドンに近いコースでの開催。風もそれほど強くなく、日本のコースに似たタイプだったことが、渋野選手にはよかったと思います。
現にリンクスコースで行なわれた2020年大会は予選落ち。昨年の大会も34位と苦労していました。ですから、初日に好スタートをきれたからといって、「もしかして......」といった希望が湧くことはありませんでした。強者が集まる全英での2勝目を「そう簡単には手にできないだろう」と、その時は思っていました。
ボギー発進となった2日目は、一日を通じてショットが安定せずに「73」。2つスコアを落として、順位も7位タイに後退しました。
しかし、予選落ちが続くなかで、久しぶりの決勝ラウンド進出。それで、気持ちも吹っ切れて、前向きになれたのか、3日目には再び「66」の好スコアをマークして2位に浮上しました。
トップとは5打差ありましたが、何が起こるのかわからないのが全英です。風が強く吹けば、トップに立つ選手はどうしても守りに入ります。そこに、つけ入る隙が生まれるかもしれない――初日トップに立った時には抱くことのなかった"期待"が、その時には膨らみ始めていました。
最終組で首位のアシュリー・ブハイ選手(南アフリカ)とのラウンドとなった最終日。出だしの1番ホール、渋野選手はティーショットをいい感じで打っていきました。とにかくドライバーは振れていて、アゲインストの風にも負けない強い当たりでした。
前日、ティーショットでミスをした2番でも同じミスを繰り返さず、冷静にスイングできているように見えました。結果、バーディーが先行。いいスタートがきれて、ますます楽しみになりました。
その後、3番、4番とボギーを打ちましたが、5番でイーグル。ブハイ選手にプレッシャーをかけていきます。5番も前日はバンカーに入れて、ボギーにしてしまったホール。そこでイーグルを決めるのですから、「持っているな」と思いましたね。
以降、ブハイ選手と一進一退の戦いが続くなか、14番で渋野選手はダブルボギー。再び5打差に開いて、やや苦しい展開になりました。
ところが、やはり全英では何が起こるかわかりません。今度はブハイ選手が15番でまさかのトリプルボギー。一気に2打差に縮まり、いよいよ渋野選手にもチャンスの目が出てきました。本人もそう思ったのではないでしょうか。
惜しかったのは、2オンに成功した17番パー5。10メートル以上の長いイーグルパットではありましたが、決めればトップに並ぶ状況でした。
しかし、そのパットは打ちきれずにショート。バーディーパットを決めて1打差まで迫ったものの、最終ホールのセカンドをグリーン奥に外して万事休す。ブハイ選手、チョン・インジ選手(韓国)に1打及ばず、3位となりました。
わずかに優勝に届かなかった要因を挙げるとすれば、パッティングでしょうか。
3日目、渋野選手はパットのタッチがものすごく合っているように見えました。そこで私は、ラウンド後のインタビューで「ロングパットがいい感じだった」と本人に伝えると、彼女は「自分ではわからないです」というようなことを言ったんですね。
それを聞いて、私は「そうなんだ」と思いつつ、「わからない」ということは自信がないのかな、と感じて。そしてそれが、最終日に露呈してしまったというか......。
17番のイーグルパットもショートしましたが、最終日は3パットしてボギーを叩くなど、パットがショートするシーンが何度か見られました。結局、パッティングにおける"自信のなさ"によって、トップをとらえることができなかったのかもしれません。
17番のイーグルパットは3年前なら入っていたか? う〜ん、それはどうかわかりません。若いうちは、パッティングでも思いきってガンガン打てるものなんですよね。
渋野選手もあの栄光からさまざまな経験をして、ゴルフの怖さも味わってきたのでしょう。ゴルファーというのは経験を重ねるごとに、怖いもの知らずなゴルフはできなくなるものなんです。
そうした"壁"に直面しているのが、現在の渋野選手かもしれません。それでも、メジャー3位という結果は立派。凡人にはできない芸当です。
継続的に続けているスイング改造に関しては、苦労して形にしてきたものが、結果(スコア)に結びつくようになってきていると思います。スイングを変え始めた頃は飛距離も出ていませんでしたが、今回は振りきれるようになって距離も出てきました。それが、難しいリンクスコースでも上位争いを演じることができた一因ではないでしょうか。
それだけ振りきれるというのは、それだけ自分でも自信を持ててきている証拠。「こうやろう」と思っていることが、体と脳とか、すべてにリンクし始めてきたのかな、と。
プロの場合、通常はトップの位置を変えるだけでも勇気がいること。それを、あそこまでスイングをガラリと変えるのには、相当な覚悟が必要です。メジャーを勝つようなトップ選手であれば、なおさらです。
それでも、彼女はその大胆なスイング改造に踏み切りました。見据えているものが、それだけ高いところにあるのでしょう。
トップの位置が低く、コンパクトに振りきるスイングは、男子プレーヤーに近いスタイルへの改造ですが、体幹が強く、肉体的なポテンシャルが高い渋野選手だからこそ、可能となる力強いスイングです。一般的な女子プロには、まず真似はできません。
渋野選手のスイング改造に否定的な意見が多いのは、そういったことを含めて「結果を出している選手がなぜ?」といったことが理由なのでしょうが、全英の練習場では素振り用の棒をガンガン振って、本番でもショットが振りきれていました。スコアを崩した2日目こそ、右に出ていましたが、それもすぐに修正されていました。
本人はまだ満足していないかもしれませんが、結果が出ると相乗効果で自信にもつながっていくもの。自らが求めてきたスイングに対して、少しずつ自信を持ち始めているのは確かだと思います。ただ、結果が出ないと自信はすぐに消えてしまいます。新たなスイングを自分のモノにできるかどうかは、今後の活躍次第といったところでしょうか。
ともあれ、メジャーの優勝争いというプレッシャーのなかで、自分の求めるスイングを貫き通せる精神力も彼女の武器です。凡人とは、その辺りが大きく異なります。
3年前は、メジャーの舞台でハツラツとプレー。お菓子を食べたりしながら、こんなにも緊張せずにプレーできるプロがいるのか、と衝撃を受けました。日本どころか、世界中探してもそんな選手はいないのではないでしょうか。
そこからまた、さまざまな経験をして、精神的にはさらに強くなっていると思います。その部分が、この3年間で最も成長したところかもしれません。
3位という結果を受けて、インタビューエリアにやってきた渋野選手は、ウルッと泣きそうになっていました。それを見て、私もウルッとなってしまって......。このままでは放送事故になってしまうと思って、私には彼女の涙の意味が聞けませんでした。
悔しさだったのか、それとも3位という結果にホッとしたのか。
いずれにせよ、2週前のエビアン選手権、そして前週のスコットランド女子オープンで予選落ちを喫していた渋野選手にとって、3位という結果は大きな収穫だったと思います。これからまだシーズンは残っていますが、今後の活躍も期待したいです。