これだから一発勝負は面白く、また怖い。

 今季J1の順位表(8月18日現在、以下同)に目をやれば、横浜F・マリノスの名前が一番上にあるのに対し、ヴィッセル神戸は下から3番目。神戸がこれまでに積み上げた勝ち点24は、横浜FMのちょうど半分にすぎない。

 にもかかわらず、である。

 AFCチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦。日本勢同士でベスト8進出を争うこととなった一戦は、神戸が横浜FMに3−2で勝利した。

「試合はある程度、自分たちのプランどおりにいったところがある。相手は(J1で)首位のチーム。多少やられるのは覚悟していた。それでも、選手は前に行く姿勢を忘れず戦ってくれた。結果が出てよかった」

 今季途中から神戸の指揮を執る吉田孝行監督がそう語ったように、立ち上がりから自分たちのペースで試合を進めたのは、J1では16位に低迷する神戸のほうだった。

 今季J1で圧倒的な攻撃力を誇る横浜FMに対し、神戸は専守防衛策に追われることなく、前線に残したFW大迫勇也を軸に、カウンターをチラつかせることで相手の重心を後ろに下げさせた。


ACLラウンド16で、横浜F・マリノスを撃破したヴィッセル神戸

「少し躊躇していた」

 自らの選手の様子をそう表現したのは、横浜FMのケヴィン・マスカット監督である。

 本来の距離感でパスをつなぐことができない横浜FMは、なかなかリズムがつかめない。どうにかパスをつないで前進しても、攻撃は単発で終了。セカンドボールを回収して連続攻撃につなげる、得意の展開には持ち込めなかった。

 対照的に次々と効果的な攻撃を繰り出したのは、今季J1での総得点数で横浜FMの半分にも満たない神戸である。

 奪ったボールを素早く前線へ送り、大迫が収める。あるいは収められないまでも、相手DFと競り合ったところに、走力に長けたMF佐々木大樹や飯野七聖、テクニックに優れたMF汰木康也らが一気に駆け上がってサポートする。ホール保持率では劣っていても、有効打では横浜FMを完全に上回った。

 なかでも、出色の働きを見せていたのが、右サイドMFを務めた飯野である。

 今夏の移籍でサガン鳥栖から加入した背番号2は、「チームのために、人の何倍も走るのが僕の特長」と自ら語るハードワーカー。守備では二度追い、三度追いで相手ボールにプレッシャーをかけ続け、その一方でマイボールになれば、前線のスペースへとタイミングよく飛び出した。

 実際、労を惜しまぬ上下動は、神戸の3ゴールすべてに直結した。

 まずは前半7分、カウンターで右サイドのスペースへ走り込んだ飯野は、汰木からのパスを受け、先制ゴールを自らゲット。その後、同点に追いつかれて迎えた前半31分には、味方が失ったボールを高速プレスバックですぐに奪還し、勝ち越しのゴールを生むPK獲得につなげた。

 そして、ハイライトは後半80分。ピッチ上の選手の足取りが次第に重くなるなか、飯野は右サイド奥に流れたルーズボールを猛然とダッシュして拾い、試合を決定づける3点目のゴールへとつなげている。

 殊勲の飯野が、ダメ押しのシーンを振り返る。

「(2−1とリードし)守りに入ってもいい時間だったが、相手はマリノス。力のあるチームだとわかっていた。1点のリードでは不安だったので、前へ、前へという気持ちでやった」

 この試合で飯野が残した数字は、記録上1ゴールのみ。しかし、実質的には1ゴール"2アシスト"に値する活躍だった。

 今季の神戸は開幕直後から不振にあえぎ、J2降格の危機に瀕したまま、すでにシーズン後半戦に突入している。

 それだけに夏の補強が、状況を一変させるための起爆剤という意味も含めて必要だったわけだが、「勝ったこともそうだし、自分の特長をチームに還元できたのが大きい」と語る飯野が、まさにその役割を果たすべく奮闘している。

 飯野だけではない。

 同じくこの試合に先発出場したDFマテウス・トゥーレルもまた、今夏加入の新戦力。ブラジルの名門、フラメンゴからやってきたセンターバックは、「フランス(昨季モンペリエに所属)でやっていただけあって、こうしてほしいと話すとすぐにできてしまう」(MF山口蛍)というほど、新天地に短期間で適応する能力の高さを見せている。山口が続ける。

「彼らふたりは新戦力として加わって日も浅いが、チームにパワーを与えてくれる」

 過去、神戸がACLに出場したのは、2020年の一度だけ。その時は初出場ながら、ベスト4まで駒を進めた。

 そして今回は、J1首位クラブを破る番狂わせでのベスト8進出。歴史的に見てもJリーグ勢の苦戦が目立つアジアの舞台で、神戸のACL巧者ぶりはひと際目立つ。

 この大会で神戸が目指すのも当然、アジア王者だろう。

 しかし、現在自分たちが置かれた状況を考えれば、「ACLでいい流れをつかんで、リーグ戦につなげたい」(山口)というほうが、より本音に近いのかもしれない。

 J2降格の危機から脱するべく、相性のいいACLで逆襲のきっかけをつかむ――。

 何とも不可思議な話だが、悩めるスター軍団が現実に描くシナリオである。