※この記事は2013年11月09日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第297回


「エコノミックニュース」が配信した日本酒の北米輸出に関する記事が、蔵元や業界関係者の怒りを買っている。

　内容としては「北米に輸出されている日本酒には、大量の防腐剤が入っていてマズい。TPPで輸出拡大など現実を知らない絵空事だ」というものだった。現在、該当記事は削除されている。(*1)

　ぶっちゃけ、業界関係者じゃなくても、お酒のことを少しでも知っている人なら笑うしかない内容で、たとえ輸出用であっても日本酒に防腐剤など使われていないのは、少し調べれば分かることである。記事の中には「ワインにも防腐剤が入っているが、防腐剤が入っているのが普通で味を比べられないから分からない」という記述もあった。これもお笑いである。

　ワインには、酸化することを防ぐための「酸化防止剤」として亜硫酸塩などが添加されている。しかしそれは決して近代になって衛生に対する要求が高くなったから添加されているものでは無く、硫黄を燃やして樽を燻蒸し、酸化を防ぐということは、ワインが生み出された頃から行われていたという。

　ハッキリとした文書が残るのは1487年にドイツで硫黄添加の認可(*2)で、当時から添加の必要性が認識されていた。最近は酸化防止剤無添加のワインなども売られているが、長期熟成させた高級なワインには、すべて酸化防止剤が含まれていると思って間違いはない。

　このワインの記述によって分かるのは、問題になった記事では食品添加物を一様に「防腐剤」と呼んで、さも体に悪いように見せかけているということである。

　防腐剤という言葉を使えば、安全安心を過大視するクラスタに発見されやすい。そして更に「輸出する日本酒には防腐剤が使われていますよ」という嘘を通して、さも記事を事情通による正しい批判であるかのように見せかけ、記事を健康志向の人たちに広く売ろうと考えていたに違いない。まぁ、今回は残念でしたね。

　「防腐剤」というと、とんでもない悪質な食品添加物だいうイメージがある。それこそ「コンビニ弁当は防腐剤がたっぷり使われているから体に悪い」という言葉は、そこかしこで耳にする。

　化粧品でも「大手メーカーのものには防腐剤がたっぷり使われていて肌に悪い。うちの商品は使ってないから素晴らしい！」という宣伝文句も珍しくない。

　しかし、実際にはそれらに食品添加物が使われて無かったり、また使われているにしても、当然、体に影響のない範囲で使われている。そもそも食品添加物は通常の使用であれば体に悪影響が無いことが認可の前提なのだから、体や肌に悪影響が出るという根拠は全くないのである。

　「防腐剤」のような、なにやら「意味ありげ」な言葉は、実際は何かをごまかそうとして使われている場合が大半である。
　「業界の裏側」という言葉がある。製薬業界の裏側として紹介されていたものに、こんな話がある。

　睡眠導入剤として大々的に宣伝されて売られているある商品と、じん麻疹や鼻炎などの症状に効くとして売られているある商品は、その成分が全く同じである。にも関わらず、前者の睡眠導入剤は価格が高く、後者は非常に安い。だから前者のメーカーは暴利を貪っている。そんな製薬業界の裏側が紹介されていた。

　しかし、考えてみれば当たり前の話である。睡眠導入剤は、眠気を起こすことを薬効として申請した薬である。そのためには当然、その薬が睡眠導入剤として、十分な薬効があること。また、重篤な副作用が起きないことを厚生労働省に対して示す必要がある。 それが認可されてはじめて睡眠導入剤として発売することができるのだ。もし後者の薬のメーカーが、認可もなしに「この薬は眠気の副作用があるから、それを利用して睡眠導入剤として売りだそう」とすれば、それはアウトである。

　つまり、売価が違う2つの商品の成分が同じであっても、薬効を謳うためには認可を得なければならない。それには当然、研究や申請などの煩雑な手続きが必要になる。そしてそのコストを製品に転嫁するのは企業として当然の行為だ。というだけの話なのである。単に薬品の成分だけで価格は決まらないのはあたりまえのことだろう。

　それは当然、製薬会社としては当たり前の真っ当な商売である。それをさも「製薬業界の裏側」として不当に利益を得ているかのように主張することは、むしろ薬の安全性確認にまつわる事を貶める行為と言えるのではないだろうか。

　このように、「防腐剤」や「業界の裏側」といった、いかにも怪しげな言葉は、他にもたくさんある。
　こうした言葉に出会ったときは、気をつけてその内容を精査するようにしたい。

*1：日本酒に「大量の防腐剤」と仰天記事　蔵元や関係者から抗議や指摘受け、削除 （J-CASTニュース）http://www.j-cast.com/2013/11/06188283.html
*2：基本用語・ワイン（辻調理師専門学校）http://www.tsuji.ac.jp/hp/motto/kihon/wine/home.html