アベノミクスの光と闇 ～雇用は回復するのか～「アベノミクスで雇用はどうなる」前編 - BLOGOS編集部
※この記事は2013年06月27日にBLOGOSで公開されたものです
ニコニコ生放送とBLOGOSがタッグを組んでお送りしている「ニコ生×BLOGOS」今回のテーマは、「アベノミクスで雇用はどうなる」。
安倍政権の経済政策「アベノミクス」によって円安・株高となった日本の経済市場。この影響は我々の雇用にどのような影響をもたらすのか？また、「アベノミクス」第三の矢と呼ばれる成長戦略に掲げられた女性の雇用促進、育児休暇の３年延長は実現可能なのか？
BLOGOSに寄せられた多くの意見やユーザーのコメントを元に、アベノミクスが雇用に与える影響について雇用のカリスマ・海老原嗣生氏、労働経済学のスペシャリスト・日本大学の安藤至大准教授と議論しました。（後編を読む）
【出演】
司会：大谷広太（BLOGOS編集長）
アナウンサー：山本都
コメンテーター：須田慎一郎（ジャーナリスト）
ゲスト：海老原嗣生（株式会社ニッチモ代表取締役）／安藤至大（日本大学大学院総合科学研究科准教授）
今、雇用が拡大しつつあるその理由とは？
山本：：安倍政権が長期のデフレを脱却し、名目経済成長率３%を目指して推し進める「アベノミクス」。「財政出動」「金融緩和」「成長戦略」の「３本の矢」を柱とする政策ですが、今のところ「円安・株高」と順調に景気が回復しているように見えます。このアベノミクスで何が起きていて、雇用にどんな影響があるのか今日は伺っていきます。
大谷：まず「３本の矢」のうち、１本目に放たれた「金融緩和」がもたらしている効果ですが……。
海老原：最初に、従来のアンチリフレ派がどう言っていたかを整理しましょう。金融緩和をしてお金が余ると、それを原材料に投機して原価が上がり、悪いインフレと呼ばれる“コストプッシュ型のインフレ”になる。なぜなら、商品の値段を上げざるを得なくて、儲けは増えない。つまり、値段が上がって売り上げが減るので、景気は悪化するだろうと。
一方、円安は輸出産業に良いと言われていますが、日本は今や貿易で儲けている国ではありません。所得収支といって、海外にも工場を作り、海外で作ったものを海外で売って、その上がりだけ日本に来る。そういう国なので、輸出もそんなに増えないと考えられる。国内にある工場は国内需要向けと考えると、輸入物価があがると原材料もあがり、国内の商品価格が高くなるから、売れなくなる。よって、円安の国際消費は結局減って、どちらにしろ、景気は悪化する。……と、これが最初に言われていた話です。
ところが実際は、リクルートキャリアで求人が増加しています。では、どうして増えたかをリフレ派の説明に沿ってお話ししましょう。まず、円安で株や土地など資産価格が上昇し、小金持ちが増え、ぜいたく品需要が増えた。コストが上がったのではなくて「贅沢品を欲しい」という人が増えたから、ディマンドプル型（※）のインフレがちょっと始まるのかなと。
※景気の拡大によって全ての需要が増え、全般的な価格上昇を引き起こすことで生じるインフレのこと。
次に、貿易立国ではないけれど、現地で作って現地で売って、儲かったものだけ連結決算で国内の本社につく。１ドル儲かった時、昔は76円だったのが今は101円入ってくるので、儲けだけで３～４割増える。これで決算すると結構儲かっているとわかり、賞与や再投資に反映され、贅沢品だけでなく日用品需要も喚起されつつあると。
さらに、生産の国内回帰が起きている。国内にもたくさん工場があるのに稼働率が下がっていると言うと、「円安とはいえ、まだまだ中国には敵わない」という話になるんですが、実は違う。確かに人件費は、中国なら10分の１、ミャンマーなら20分の１。だけど、日本人の監督官をつけ、ナショナルリスクの保険をかけ、場合により部品を日本から輸出して輸送費がかかったりで、人件費が10分の１でも全体でみると日本の３～４割なんですね。
一方で栃木や沖縄で作ると５～６割で作れてしまって、これが円安で３分の１か５割かというせめぎ合いになってきた。そこで、「日本の稼働していない工場を、派遣社員を雇って動かしたら？」という話が出てきて、派遣や非正規系の雇用が随分改善しつつある。このようにある面で雇用改善が進み、非正規の求人が増えて、日用品需要につながっていると。さらに、あと２年ぐらいアベノミクスがそのままなら、昔、北九州に自動車工場がたくさんできたように、国内に本格的に設備投資が始まるかもしれない。こういうことで、本物のディマンドプル型インフレになるのではないか。
これが大きな流れですが、安倍さんはアベノミクスと違うところで、得しています。過去、景気が回復しても、そう簡単に求人需要は回復しませんでした。その理由は日銀が出す「過剰雇用指数」を見るとわかりますが、不況のどん底だと過剰雇用が多くなって「人はいらない」という状況になる。これが景気回復をしながら徐々に下がってきて、初めて求人に結びつくと。
ところが去年の12月頃は、不況のどん底にも関わらず過剰雇用が全くなかった。人不足だけど、企業は不況でお金が無いから雇わず我慢してきたんです。こういう状況で景気が回復した時は、求人がドンとくる。決算をしてみなければ分からないので５月まで発令されず、また、４～５月は新卒採用と新卒入社があって、大企業が動けなかったという理由からすぐにきませんでしたが、６月から手が空くのでこれから来くると思いますよ。
と、入り口は随分良かったというのが、僕の見立てですが、ここから先どうなるかは須田さんの領域ですね。
給料が上がるのはいつ？
須田：非貿易立国か貿易立国じゃないかは、あまり関係ありません。なぜなら日本のGDP成長率のうち６割を、輸出関連産業が占めている。輸出関連産業は業種が限られていて、自動車、エレクトロニクス・家電、建設機械・重機の３業種で成り立っていて、これらはピラミッド構造になっています。例えば、自動車業界なら、ピラミッドの頂点に「TOYOTA」「日産」「HONDA」がいて、その下に一時下請けがあり、さらにその下に２～５次まである６層型のピラミッド構造です。
一番最初に利益を上げ始めるのは、当然ピラミッド頂点の大手メーカー。私に言わせれば、これらは「完成品メーカー」といって、部品を作っている下請け企業から材料を買ってきて、組み立てているだけのメーカーです。こういう企業は、円安で製品の販売個数も売り上げも増えるわけではないですが、単純に為替差益で利益が増加しています。ただこれでは、利益の分配をしようがない。
利益の分配・配分には「給料・ボーナスを上げる」「下請け企業に対して部品単価をあげる」「株式の配当」の３つのパターンがありますが、「株式の配当」はあまり経済に影響がないので、「給料・ボーナス」と「部品単価」の引き上げに目を向けるとタイムラグがある。アベノミクスで競争力を増した企業がもっとたくさん既成品を作って売って、それで利益が上がって初めて、利益分配が起こります。
それから、1991年にバブルが崩壊して日本はデフレに突入した際、名目賃金こそ横ばいだったものの、実質賃金的には上がりました。ところが、企業は賃金を下げたいのに、実質賃金の上昇を下げることができなかったんです。それに対し、ここ数年は賃金が下がってきたにも関わらず、インフレになって賃金をアップするかといえば上げない。大手企業のトップに聞くと、「かつての過払いをようやく回収できる」と。給料を上げるには売り上げが増えなければならないけど、アベノミクスで販売個数が増え、利益が上がるのに１～２年のタイムラグが出るだろうと。
もう１つ、内部留保の問題がある。私はこれを「ダムの理論」と呼んでいますが、水が貯まっても、すぐに放流しないダムのように、大企業も内部留保が一定水準まで上がらないと、利益配分という放流を始めません。そして、ダムの下流には「下請け企業」や、「そこで働いている労働者」がいます。今年１月に、日本経団連の賀詞交換会を取材をしましたが、大企業の経営トップに「アベノミクスで利益が上がって、いつ利益分配を始めるの？」と聞くと「うちは２年後」とか「うちは５、６年」と、大体そのぐらいなんですよ。今あげるつもりなんて全くないわけです。
大谷：アベノミクスの第三の矢「成長戦略」では、制度面で雇用の改革をしようとしています。
須田：雇用の改革は、“利益配分”をスムーズに促すものと受け止めていいんですか？
海老原：それだけでなく、日本型のいびつな構造をちゃんと直しましょうと。確かにそれで利益配分がうまく行き、今苦しんでいる正規社員の人達に良い給与がいけば、消費も増えるはずですが。
「長期雇用＝安定」の時代は終わった
大谷：成長戦略として「雇用調整助成金の大幅縮小」「労働移動の促進」「限定正社員の普及」があげられています。「雇用調整助成金」は、中小企業の経営が苦しくなって「もう雇えない」という時、そこを調整するために政府が支援するもの。「労働移動の促進」は、転職を促して労働社会を行き来しやすくするもの。そして、「限定正社員」は、準正社員と昔でいう一般職とどこがどう違うのかという理解がまだ進んでいません。海老原さん、このあたりどうなんでしょう？
海老原：その前に誤解されて悪者扱いされている「雇用調整助成金」の話をさせてください。これは、お金をもらえるからといって、本来ならクビにするはずの人が留まっているイメージがありますが、通常時だと50～80万人で、この数字は労働者全体ではわずか１％にすぎません。金融安定化法と同じで、「資金繰りに困って潰れる中小企業」が、この助成金のおかげで凌げるんです。リーマン・ショック後の時は、一度280万人にまであがったんですが、半年以内に100万人以下に戻っています。つまりどうしようもない資金繰りの時に、半年間持ちこたえるには、これがすごくいい。
ところが今は雇用調整助成金を３年間も支給してるんですね。僕は３年もあげる必要はないと思っています。条件は緩和せず、期間は短くする。逆に言うと、要件をもうちょっと緩くする。例えば、派遣社員は外部の人で切っても関係ないから、派遣切りという問題が起きる。それを、派遣にもちゃんと適用しない限り、雇用調整助成金はあげませんとするという話です。
大谷：労働移動の促進とセットになっていることに意味があるのでしょうか？
安藤：雇用調整助成金のそもそもの意味は、景気には波があって、人手が必要な時もあれば、あまりいらない時もある。でも、人がいらなくなる度にイチイチ解雇したり、期間をその間だけに限って雇うよりも、ある程度長期働いてもらったほうが、その人の技能もあがって、色んなコストがかからない。しかし、中小企業にその体力がないので、そこを埋めるために使うということだった。
それが、なぜ叩かれるようになったかというと、衰退産業で、今後どんどん業務を縮小して人手が必要ないのに、無理に雇用を継続させるのがゾンビ企業っぽいと。外生的で突発的な要因でトラブルが起こったけど、そのあと復活するとわかっていたら、それは雇用を継続したほうがいいので、そのために適切に使われる分にはいいことなんです。一方で、衰退産業に使われるのはけしからんというのも、それはそれで正しい。つまり、必要という人と必要ないという人では、見ているところが違うので、そこは区別して議論しないといけませんね。
労働移動の話では、「実はこれがいいことだ」という人が結構いますが、私は違うと思います。少なくとも僕個人は、不安定な移動なんてできればせずに、安定した生活・収入が欲しい。今までは、一社で正社員として長期雇用が「安定」で、それが望ましいと思われてきたのが、現実はなかなか難しくなってきた。そういうことを前提とするなら、会社を移動しても、収入は途切れずに待遇があがっていく。そういうことを考えないといけないですよね。
昔と違い、１つの仕事が長い間ある時代ではありません。私たちの祖父母の時代は、自分のおじいさんが農業をやっていれば、親も自分もと、“農業”という仕事がずっとあった。しかし今は、産業がどんどん転換して、１つの会社が傾くこともあるでしょ？ 「１社での長期雇用＝安定」でなくなってきたのなら、「人が移りやすく」しても良いという議論はわかります。なので、流動化が目的ではなく、結果的に安定化させるための手段として、人が会社を移る、または仕事の中身を変える支援をするのが大事というのは理解できる話です。
山本：どう支援するんですか？
安藤：労働者の技量を明確にした上で、会社と出会わないといけないので、その人が何ができるのかを今以上に明確化する、出会いの場を増やすなど、できることは色々あると思います。
山本：雇用調整助成金の対象を拡大するということも？
安藤：雇用調整助成金を削り、労働移動の促進の支援に使おうとしていますが、合計額一定で話しをすべき問題ではありません。雇用調整助成金は必要なところで使い、労働移動の促進は無理に流動化させるのではなくて、結果的に人が移ったほうが望ましいところを支援する。これは別立てで考えないといけないですね。
海老原：企業の都合でクビを切りやすくしているわけではないけれど、持ちこたえられなくなった時、他に移動できる仕組みを作ったほうがいい。持ちこたえられないのに無理に保有するから、色んな問題が起きるという話ですね。
須田：もう１つ整理すべきは、産業政策と雇用政策がごっちゃになっていること。私は雇用調整助成金は「雇用政策」というより、むしろ産業政策的な側面が強かったと思います。中小零細企業の現場で働いている技術者や工員さんは、ものすごくニッチな技術を習得しているわけですよね。例えば、金属を研磨するといっても、球面と平面では、研磨する人が分業で、それぞれの独自の技術しか持っていません。雇用する会社側は、そういう人達のクビを切ってしまうと、いざ注文が来た時にニーズに応えられなくなる。だから本来なら、経済がダウンしても我慢して雇用を続けたいのに、リーマン・ショック後、それができない状況になってしまった。そこで雇用調整助成金が効果を発揮した、という経緯があります。
おふたりが先ほどお話していたように「その企業や産業は将来有望か」「必要とされているか」を吟味せず、必要ないのに、そこへ分配するのはナンセンスですよね、と。加えて、必要とされていないところから、必要としているところへスムーズに人材が移動するように雇用調整助成金を使うなら、そちらに使ったほうがいいということですよね。
海老原：再訓練のための費用や、ある程度年配の方を雇用した時の助成金に使うのはわかります。ただ３年は、本当に長すぎると僕は思います。
「限定正社員」が日本を崩壊させる
大谷：もう１つ「限定正社員」の普及を広めていくことが提案されています。限定正社員は、「クビを切りやすくする制度」として報道されているように思えるのですが、そもそも限定正社員と準正社員とかつての一般職とでは、何が違うのでしょうか？
安藤：正社員は法律用語ではありませんが、正社員の基本条件は「雇用が無期」「直接雇用」「フルタイム」の３つと言われています。法律上は無期限の雇用ではなく、「自動更新」なのでそこに解離が生まれ、「期間を決めないで雇ったら定年までがんばって雇います」となっている。直接雇用は、派遣ではないということで、フルタイムは、９時～17時のように働くこと。
世界的な正社員の条件も今話した３つと言われていますが、日本型の場合はこの３つに加えて会社側が労働者に命令して自由な使い方ができる、「無限定」という言葉がついています。「一度雇われたら色んな仕事をさせますよ」と。また、働く場所も東京本社だったり、工場に行ったり、転勤もあれば、単身赴任もある。
今まで正社員のほとんどは「先ほどの３つの条件」＋「無限定」で、無限定だと会社側は使い勝手がいい。その代わり、そういう条件の下で雇っているのであれば「仕事をちゃんと与えないといけない」とか「契約は守りましょう」という前提から、「契約の中に書き込まれている要素は、当然守ってもらいましょう」という話だった。
それが今回の「限定正社員」は「無限定」とは違い、仕事の中身や働く場所を限定すると。限定されたら、会社は好き勝手に使えなくなりますが、代わりに、その仕事や働く場所がなくなった場合に、今までより雇用契約を終了する条件が明確になります。
須田：限定された仕事の中身に不適格だったり、「この仕事はできません」となったら、企業側はその社員をクビにすることもできるわけですね？
安藤：そうです。雇用は「労働力を提供します」という労働者側と、「賃金を払ったり、福利厚生を負担します」という企業側の契約。債務関係があって、契約をしたら守るのが原則。だけど、労働者側が働かないなど、契約が守られなかったら、給料を払っていられないので、そういう場合に債務不履行で解雇ができるわけです。労働力が提供できない理由にも、「病気で会社にいけなくなった」「仕事がなくなっちゃった」など色々ありますが、お金と労働の交換ができなくなったら解雇できます。なので、何が契約の中身なのかが変わってくることが大事なポイントですね。
海老原：少し補足すると、法律上に正社員という言葉があるかないかでいうと、あるんですよ。パート労働の均等法に「パートは正社員と均等にしなければいけない」とあって、そこに「正社員とは無限定」と書いてあります。つまり、法律上にも日本の正社員の概念が入っていて、ちゃんと規定があるんですね。これが１つ目の話。
２つ目に、これを変えることは、本当は軽々と言えない話なんです。なぜなら企業は、無限定の社員ならなんでもさせられるし、どこでも任せられるので使いやすい。つまり正社員に対して「あそこに行きなさい！ここ行きなさい！」という強い人事権を企業側が持っているんです。それが、やることを決めて「これしかやりません。」としたら、企業にとって人事権の放棄につながるんですね。つまり、企業マネージメントが随分変わるんです。
さらに、正社員・総合職は、日本で規定こそされてはいませんが、幹部候補とイコール。全員出世をするという仕組みで、みんながエリートだという夢を見させられる。働く人には、これが案外ラッキーだし、企業側からすると、邪（よこしま）なブラック企業みたいなところが夢を見させて、いくらでも働かせる。こうやって、長時間労働に耐えられるというマネージメントの甘さも出てくるわけなんですよ。
給料が上がっていくから、最終的に奥さんは家に入って子育てをし、お金が足りなくなったらパートをやる。けれど、税金の問題で100万しか稼げない。こういう家父長的な家族形成に対しても、総合職は相当機能しています。つまりこれを壊すことは、日本の企業のマネージメントも、仕事に夢を持って働く労働者側の文化も、家父長制という文化も、すべてが壊れる切り口になります。
安藤：限定して人を雇うことは今もできるけど、世の中にあまり知られていなかったから、あまり望ましくないとされた。正社員だけが望ましくて、非正規はダメという考え方から、結果的に安定を求めますが、そのためには１つの会社に留まるのではなく、“会社を移って安定”という手もありますよと。限定正社員じゃないとダメとなって、正社員はできなくなったら問題ですが、両方可能なわけです。だったら、会社はどちらがより向いているか、考えて選ぶようになりますよね。
大谷：私はネット企業の社員ですが、ネット企業では中途採用が基本で、みなさん自分の得意分野で転職をしていき、その会社でその事業がなくなるとか、自分の力が生かせないと思ったら転職していくというパターンがあります。
安藤：それはネット産業が出来たばかりだからですね。「HONDA」も出来たばかりの頃は、中途採用が多かったと思います。新卒を採用できるようになるのは会社がかなり大きくなってからの話で、普通は立ち上げメンバーがいて、仲間や中途で人を引っ張りながら会社が少しずつ回るようになっていく。自前で人を育てる余裕なんてないですから。それが、会社が大きくなると、会社の中で長い間働く人も増えていく。ネット産業が特殊というより、どんな産業でも出来た時と、成熟していく過程で、働き方・雇い方が変わることがよくあるんですね。
須田：企業が一定規模以上にならないと、限定正社員は出てこないですよね？そうなると、「俺はこれしかやりません」は通用せず、なんでもやらなきゃ回って行かないという状況も出てくるんじゃないですか？
海老原：それ以外の問題もたくさんあるんですよ。例えば、欧米は職務限定で雇われている人と、リーダーシッププログラムみたいな超エリートの２つに分かれるんですよ。こういう超エリートは、眠らないっていうぐらい働いています。ところが、出世もしない、給料もそれほど上がらない、職務限定、整理解雇も速いという人達は、夢がない分そんなに働かなくなってしまうこともあるわけです。ここの部分を考えないといけないんですよね。
須田：お二人からみて、「限定正社員」のテーマが成長戦略の議論に上がってきた狙いはなんだと思いますか？やはり、クビ切りしやすくする意図？
海老原：解雇論議から出てきたんでしょう。不当なクビ切りはあってはいけないけど、会社が苦しい時に整理解雇ができないと困る。欧州は厳しいと言われていますが、整理解雇に関しては緩いんですよね。会社が苦しい時にクビにできるような仕組みを考えないといけないけど、総合職は会社が苦しくても他に配置転換できるのであればしなくてはいけない。それじゃあ、配置転換しなくても済むような仕組みとして、限定正社員はどうか？ こういう玉突き状態で出てきたと思います。
須田：つまり企業側にたっている発想ですよね？
海老原：“働く自由化”の話ではなく、これはやっぱりクビ切りです。その代わり「非正規を規制する」ので、５年を超えたら無期に転換するように変わったじゃないですか。無期転換して、全員「職務限定の正社員」になっていったその時に、「不況がきたら企業はどうするの？」と。どうしようもなくなっちゃうじゃないですか。これはセットの話だと思うんですよね。（後編を読む）
関連記事
・シンポジウム「就活はこれでいいのか？～日本の雇用を考える～」・海老原嗣生氏「岩波書店は、天晴れというべき」
・学生は自分の”キャラクターにあった企業”を探せ！「ニコ生×BLOGOS特別編～就活の真実～」
・解雇規制を緩和しても、若者の雇用環境は改善されない―労働経済学者、安藤至大氏が語る”今後目指すべき働き方”
出演者プロフィ－ル
海老原嗣生 （えびはら つぐお）1964年生。株式会社ニッチモ代表取締役。「Works 」（リクルートワークス研究所）元編集長、「HRmics 」（リクルートエージェント）編集長。２１世紀政策研究所 コア研究員。広島県雇用対策顧問、京都精華大学講師を務める。
・株式会社ニッチモ
安藤至大（あんどう むねとも）
1976年東京生まれ。日本大学大学院総合科学研究科准教授。04年東京大学博士（経済学）。政策研究大学院大学助教授等を経て05年より現職。専門は契約理論、労働経済学、法と経済学。著書に『脱格差社会と雇用法制―法と経済学で考える』（日本評論社、2006年）、『雇用社会の法と経済』（有斐閣、2008年）（いずれも共著）など。
Twitter：@munetomoando
