※この記事は2013年06月13日にBLOGOSで公開されたものです

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10数年前に横浜ベイスターズ（当時）からサンフランシスコ・ジャイアンツに転職した私は、渡米初日に日米の球界の違いを痛感したことを思い出す。

新しい勤務先のサンフランシスコ・ジャイアンツは、キャンプ地のアリゾナ州スコッツデール・スタジアムの一室で、異国からやって来た私のために、入社のオリエンテーションを設けてくれた。球団の歴史、ジョブ・ロール（仕事内容やレポートラインの確認）、税の申告やシーズン中の心構えなど、ひと通りの説明を受けたあと、最後にテーブルの隅に座っていた大柄な男性を紹介された。

差し出された名刺にはジャイアンツのロゴマークはなく、見慣れた赤と青のバットマン・マークがあった。彼はメジャーリーグ機構のスタッフだった。

“MLBファミリーへようこそ！君が仕事をしていく上で、困ったことや助けが必要な場合は、いつでも連絡ください。そして一緒にベースボールを盛り上げていこう！”

握手しながら彼が掛けてくれたひと言は、新天地に着いたばかりの私の不安を一層してくれた。右も左も分からなかった私だったが、MLBという大きな組織が自分を守ってくれるような安堵感に包まれた。

彼はそれから「君は知っているかもしれないけれど」とわざわざ前置きした上で、MLB機構全体が抱える問題点や、今後のビジネスプランを説明してくれた。彼の説明はどれも斬新で、メモを取りながら、MLBの掲げるクリアな運営体制と明確なビジョンに心が躍った。

要点をまとめると、その年の夏（2002年8月末）は、機構側と選手会側が交わしていた当時の労使協定が更新となる時期で、万に一つ、合意に達しない場合はストライキの可能性があること。かかる複雑な時期だからこそ、ジャイアンツなど各球団が主体で進める「クラブビジネス」と、それらを最大化してリーグが一丸となって取り組む「リーグビジネス」のバランスが重要であること。そしてリーグビジネスの新しい柱は、インターネットを中心としたネットビジネスであること。そのような話をしてくれた。

あの日耳にしたMLBのビジネスプランは、それから数カ月から数年の間に、実際のビジネスとして次々とローンチされた。また8月末には、恐れていた労使協定の更新がこじれ、ストライキ寸前までもつれた。最終的にはスト突入の数時間前に新労使協定が締結され「あぁ、これで今日もゲームができるんだ」と、遠征先のホテルで安心したことを覚えている。

球団からのオリエンテーションと、その後のリーグからの説明に要した時間は、せいぜい1時間程度だったと思う。彼らは、万に一つの可能性でストライキが起きた場合、球団の収入源が断たれたとしても（佳境を迎える公式戦や、ドル箱カードのプレーオフが消滅する可能性があるのだから相当の痛手だ）、リーグビジネスがきちんと機能していれば、公式戦に伴う現金収入が断たれても、リーグは30球団のスタッフを養う費用を各球団に支払える。だから余分な心配はしないで、目の前の与えられた仕事を全うして欲しい。転職初日のミーティングから、私はそんなメッセージを感じた。


あれから10数年たった今。 果たしてNPBには、明日のビジョンはあるのだろうか？ そして、それを明確に掲げ、牽引していく役割こそが、コミッショナーの仕事ではなかろうか。

MLBの各球団が2000年暮れに2億円ずつ払って新設したMLBアドバンスト・メディア（業界では「BAM＝バム」と称されることが多い）という会社は、前出の彼が語ったネットビジネスに特化した会社だ。年率30％を越える収益拡大を保ち、今や500億円を超す売上規模に迫るまでに成長したという。（出典：プロ野球改造論P61：並木裕太著）

一方のNPBでは、毎年数千万円（億に近い数千万円）の拠出金を各球団から受け取って、リーグ運営がされているのが現状だ。そして悲しいかな、収益を上げたNPBから、主たるコンテンツの源泉である12球団への分配金があるなどとは、聞いたことがない。

各球団からの毎年の拠出金が運営源資となっているNPB。その組織の長であるはずのコミッショナーの昨晩の会見を聞いて、12球団のファン、選手スタッフ、そして苦労して得た「クラブビジネス」の収益から、コミッショナーを含む「リーグ」の給料を肩代わりしている12球団そのものが心穏やかでないのは、当然のことだ。

私たち野球ファンが今、渇望しているもの。 それは、強靭なリーダーシップと共に、明確なビジョンを示せるコミッショナーの出現と、可視化できる本気の組織改革だ。

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プロフィール

小島克典（こじま かつのり）
1973年生まれ。神奈川県出身。アトランタ五輪、横浜ベイスターズ、ＳＦジャイアンツ、ＮＹメッツなどで通訳として活躍。その後ライブドアでスポーツビジネスを統括。立命館大学客員教授、尚美学園大学准教授を歴任。第３回ＷＢＣでは大会通訳として山本監督、前田投手らのコメントを世界に橋渡しした。この春、スポーツカルチャー研究所を設立。著書に「プロ野球2.0 (扶桑社新書)」など。

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