「勝った人間が独り占めを続ける社会」の秩序はいつか崩壊する―結城康博氏インタビュー - BLOGOS編集部
※この記事は2012年12月26日にBLOGOSで公開されたものです
BLOGOSが「知」のプラットフォームSYNODOSとタッグを組んでお送りするインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。 社会保障や世代間格差と言った文脈の中で登場する「再分配」というキーワード。再分配には、どのような機能と理念が込められているのでしょうか。いわゆる新自由主義的な考え方には、どのような問題点があるのでしょうか。淑徳大学の総合福祉学部で准教授を勤める結城康博氏に聞きました。（取材・執筆：永田 正行【BLOGOS編集部】）“運によって発生するリスク”を社会全体で共有する
―まず非常に基本的で、ざっくりとした質問ですが、「再分配」とは、どういうことなのでしょうか？
結城康博氏（以下、結城氏）：まず、いわゆる「新自由主義的な考え方」というのを最初に説明しますね。
再分配という文脈で非常に簡略化していうと、病気の人・障がい者などといったギリギリの生活福祉は一応担保するけれども、他の部分においては個々人の努力がものをいう社会。これが新自由主義的な社会です。「商売で失敗したり、失業したりしても自業自得でしょ」というのが新自由主義的な福祉国家。つまり、国による福祉は最低限でよいという考え方です。
市場経済の中で、一生懸命働いたり、良いアイデアを出して、上手くいったから自分が収入を得る。これは、フェアな市場経済の中で得る富なので、もちろんフェアだといえます。ただ、基本的に富の配分はそれで終わりとなる、いわゆる「小さな政府」という考え方ですね。
それとは反対の「大きな政府」では、市場経済で配分された富を、もう一回税金として国に納めて、困っている人やいわゆる弱者に分配し直す。市場経済の中で負けた人間も、もう一回再起をはかれるような仕組みをつくっていくのが、再分配社会です。要するに最初の市場経済による配分で負けてしまい、それによって貧しくなったり病気になったりした人たちも救おうとする考え方です。逆に市場経済で勝った人たちは、勝ち取ったものをもう一回税金や保険料として納めて、負けた人達にも援助をする。
このように、再分配が小さな社会と大きな社会という、二つの考え方あるわけです。例えば、「生活保護制度の充実といった再分配はしなくていいんじゃないか？」というのは、いわゆる新自由主義的な考え方です。市場経済によるパイの切り取り合いを基本として、あまり負けた人までは救う必要はないという考え方。その対極として、結果として負けたとしても、やっぱり困っているんだから、きちっとセーフティーネットを張るべきじゃないかという考え方があるのです。
―市場経済による配分というのは、ある意味ではフェアですよね。なぜ、再分配が必要なのでしょうか？
結城：国全体の構成員が同じメンバーであり、みんなで助け合うというのが再分配社会の考え方ですね。もちろんお金持ちには、それなりの累進課税があるので一概には言えませんが、なぜ再分配が必要なのかという議論は、「なぜ勝った者の独り占めじゃいけないのか」という議論になると思います。
一生懸命やった結果、勝つ人もいれば、負ける人もいる。しかし、この場合の「勝った」ということ、市場経済で金を儲けて富を自分で得たということは、「本当に自分の実力だけで得た成果なのか？」。市場の中で勝つ要因として「たまたま運だった」というのがありますよね。あるいは、実は負けた人達が縁の下の力持ち的に努力した結果、自分が勝ったかもしれません。
つまり、「本当に全部自分の能力のおかげで勝てたのか？」ということは究極的には分からない。負けた人達も本当にたまたま運が悪くて負けたという場合もある。一生懸命努力したけれども、運で負けたという場合があるので、そういう運や偶然性という部分に左右されるのであれば、やっぱり全員でリスクをマネジメントした方が良いんじゃないですか、ということで、再分配機能があるのです。
よく新自由主義の人達は、「負けた人間が悪いんだし、自分の家族と自分のことなのに備えをしなかったのが悪いんだから、それはしょうがないんじゃないの？」といいます。もちろん、「何でそんな人達が困った時に助けなきゃいけないんだ」という議論はあると思いますし、それはそれで私もある程度正しいと思います。
ただ私は、再分配が機能する国にしたい。なぜなら、偶然的に自分は一定の富を得ているけれども、その偶然と運によって発生するリスクをある程度共有しなければならないんじゃないかと考えているからです。そのためには、やはり再分配が必要なのです。
―よく「機会の平等が担保されていれば、あとは競争でOK」といった言説がありますが。
結城：それも一つの考え方ですね。ただ、機会の平等が担保されていたとしても、勝負すれば、最後は勝ち負けが発生する。要するにスタート地点だけは、同じにするけども、勝負が終わった後は知りませんというのが機会の平等です。再分配が機能していれば、負けた人ももう一回スタートに立たせるということができます。機会の分配を二回、三回と繰り返すことができる。要するに再チャレンジを何度でもできるということですね。また、最初の勝負で病気になってしまうといったように、再チャレンジできなくなってしまう人もいます。そういう人に対する最低限の保障をしていく。これは「再分配」の効用といえるでしょう。
再分配にはもう一つ効果があります。新自由主義を推し進めて、勝ち組と負け組みが分かれていくと格差が広がります。そうすると社会秩序が必ず乱れる。なぜかというと負け組の人間をそのまま負けたままにさせておくと、社会の底辺層が増えていくことになります。底辺になったグループの力は社会を壊す方向に向かいます。腹いせに、略奪や窃盗などの犯罪が起こるようになっていく。つまり、格差が広がれば広がる程、治安が悪化する。格差の指標であるジニ係数が大きい国では犯罪が多発するようになります。
―それは統計的に明らかなのでしょうか？
結城：明らかですね。ただ、再分配を強化すると経済成長が見込めなくなると主張する新自由主義の人もいます。「一生懸命働かないのに暮らしていけるんだったら、一生懸命働かなくなるだろ！」という批判です。共産主義を非難する考え方と同じですね。そこの調整は難しい。あまりにも「大きい政府」にしすぎて、” ナマケモノ”を作り出してしまうという危険性もある。
市場経済による配分は確かにフェアかもしれません。しかし、10～ 30年というような長いスパンで社会を見てみると、どうでしょうか。負け組の人達も、一定水準の生活ができる再分配組織を作って置かないと、それは社会秩序を壊す要因を残してしまうことになってしまうのです。
―爆弾を社会の中に残してしまうことになるんですね？
結城：そういうことになります。
「今の生活が100％安全だ」という人間は誰もいない
―ただ、セーフティーネットというのは実感しづらい部分があると思います。具体的には、どのような制度が、再分配制度の一環、セーフティーネットなのでしょうか？
結城：今まではどちらかというと理念的な話でしたが、具体的な話をすると、例えば病気になれば医療保険証一枚で、診療を受けることができる。確かに、所得が高い人の保険料は高いし、そうでもない人の保険料は安いという部分はありますが、どんなに金持ちであっても健康保険を使うことができる。
これは「水平的再分配」と言うのですが、とにかく病気というリスクがあれば、取り敢えず社会保険制度を使えるわけです。これが所得の再分配としては一番身近なものですよね。「あなたは年収3000万円貰ってるから、医療保険を使えませんよ」という制度ではないわけです。それは非常に大きいですね。
また、誰でも年をとるので、年金も貰うことができる。所得が1億円ある80歳の人でも、所得が低い人でも貰える。これは誰にでも平等だということです。
所得の再分配で僕が一番必要だと考えているのは、病気に対する備えです。病気になる可能性は誰にでもある。何気なく使っている健康保険制度証は非常に平等だし、困ってる人にとっては、ありがたいものだと思います。
―今、「水平的再分配」とおっしゃいましたけど、「垂直的再分配」もあるのでしょうか？
結城：一番分かりやすい「垂直的再分配」は生活保護制度です。お金持ちが税金を入れて、困窮している人が暮らしていけるようにするという制度ですね。
―お金持ちの側からすると、「貧乏人に足引っ張られてるなぁ」と感じてしまうのは、心理的には仕方ないと思うのですが。
結城：そこは、私が最初の理念の部分で説明したように、「自分がいつか偶然性によって貧困に落ちてしまう」というリスクに対する備えでもあるわけです。今は勝っていて、普通に仕事して、必要ないかもしれないけれど、何かの拍子で負け組に落ちる可能性もある。事故と詐欺に同時にあって、働けなくて、預貯金も全部取られてしまうという可能性だってあるわけです。
「今の生活が100％安全だ」という人間は誰もいないんですよ。だからそのための皆でリスクを共有するという考え方の方が、社会が安定するのではないかと私は考えています。
―現在の日本における再分配というのは機能しているのでしょうか？
結城：今の所、日本の再分配は、費用対効果が高いと思います。国民負担率と言うのですが、保険料や税金といった社会保障に使う国民負担率が、デンマークやスウェーデンといった北欧の福祉国家と比べて、そこまで高くない割には、社会保障サービスが行き届いてる。
もちろん、まだ非常に多くの課題があります。私は、”今のところ”の費用対効果において、日本の再分配制度は優れていると思いますが、小泉政権下以来、段々その社会保障が抑制の方に傾いてきていることは事実ですね。高度経済成長があったという事情もありますが、日本の社会保障というのは、いままで上手く働いていたと思います。ただ段々とそれが押し崩されています。今後の国債償還の問題から抑制の方向に向かっています。
―なぜ、今まで費用対効果の良かったものが、抑制の方向に向かっているのでしょうか？
結城：理由は三つあります。一つは経済成長が行き詰まっていることです。よく指摘されることですが、経済成長がなければ、所得の再分配はできないですよね。今までは上り調子で、外需が相当期待できたのに、それが期待できなくなってしまった。
二つ目は人口動態の問題。高齢者、つまり社会保障の恩恵を被りたい人の増加に、制度が追いつかなくなっている。
三つ目が、企業のグローバル化です。今までは、企業が社会保障の役割を担っていた部分がありました。いわゆる「終身雇用」という形で、実は会社が社会保障をある程度カバーしていたんですよ。終身雇用制度の中にいれば、医療保険も年金もあったわけです。しかし、社会がグローバル化に伴って非正規労働・派遣化にシフトしていった。それによって社会保障、セーフティーネットの仕組みが大きく変わった。
これらの三つの要素があるかなと思います。
―そうなると、現在様々なメディアで報道されているように、新たな社会保障制度の枠組みを作っていかなければなりませんよね？
結城：いままでの社会保障制度は「経済成長期の行き詰まり」「超高齢化」「企業のグローバル化」を前提としていませんでした。超高齢化で、グローバルで、経済成長が見込めない。そうした状況の中で、できるだけサービス水準を落とさないようにしていくかということを考えなければならない。
その時に、新自由主義系の人は、「サービスは自分でやって、我慢してもらっていくしかない。経済成長にもっと労力や金をつぎ込んだ方がいいんじゃないか」と考える。今までが、甘え過ぎていたという考えです。もちろんそういう考え方もありますが、私はそうすると社会秩序が悪化してしまうと考えています。
―そうなると、お互いの考え方の綱引きになりますよね？
結城：相互の見解の違いですよね。繰り返しですが、平等と正義ということを考えた上で、勝った奴が本当にすべて自分の力で勝ったのかというと、私はそう思わない。やっぱりある程度のリスクは、皆で共有した方がいいと思っています。
新自由主義的な考え方で行けば、今のアメリカのような状態に日本がなるわけです。結局、現在のアメリカは世界の覇権から崩れ落ちている。それは、アメリカが「勝ったもん勝ち」「パイを取った者の取りきり」の社会にしてきたからなのではないでしょうか。アメリカでは、負け組となった人たち達が犯罪を犯すようになって、社会秩序自体が崩れてきている。そうなると、結局金持ちは金持ちで警察とは別に個人的にガードマンを雇ったりするといった余計なコストが掛かるようになってしまう。
―あるいは、もう「市場に完全に任せてしまえ」という考え方もあると思いますが。
結城：医療の部分に市場の論理を持ち込むと、現在より給付金が上がると思いますよ。結局、市場経済は金儲けですから、富の奪い合い、勝負なんです。そうすると公的医療費や公的サービスがもっと膨らむ可能性が高い。
アメリカの医療が一番良い例です。原則、アメリカは自由市場なので、民間保険会社の利潤もからみ、新医療技術の市場化が進みます。市場経済というのは、利潤がなければインセンティブが働かないので、なるべく市場を大きくしようとします。そうすると、社会全体で抱えるコストは大きくなると私は思います。
例えば、「治安が悪化してもガードマンを派遣するセキュリティ会社が出てくるし、それが良い産業になるじゃないか」という意見もありますが、そのコストは社会的コストを見ると誰かが負担するわけです。
―つまり、税金によって、警察機構の運営にまわした方が、個々人でガードマンを雇うよりも効率が良いということですか。
結城：そうです。さらに、生活保護制度などで、いわゆる「負け組」に対するセーフティーネットを用意しておく必要があります。犯罪が起きる理由の大半は、やはりお金がないからです。セーフティーネットがないと、失業したら即犯罪を犯すということになりかねない。
「減税！減税！」と言いますが、増税することによって、治安や老後の安心が保障されるのであれば、ある程度取られても良いわけです。北欧の国の人たちはそう考えているわけです。政府を信頼しているわけですよ。日本の場合、これだけ大きな政府が疑問視されているのは、やはり政府と国民が信頼されてないからではないでしょうね。
前編では再分配の理念とその機能を中心にお話をうかがいました。後編では、再分配機能の代表である社会保障の問題点についてお話いただきます。
プロフィール
結城康博（ゆうき やすひろ）:淑徳大学総合福祉学部准教授。淑徳大学社会福祉学部社会福祉学科卒業。法政大学大学院修士課程修了（経済学修士）。法政大学大学院博士課程修了（政治学博士）。社会福祉士・介護福祉士・ケアマネジャー。地域包括支援センター及び民間居宅介護支援事業所勤務経験をもつ。専門は、社会保障論、社会福祉学。
